02
音楽準備室という、いち部活に与えられる部室としてはあまりに拙劣な空間に軽音楽部の三重奏が響く。
軽音楽部唯一のバンド「クローバー」。部長の藤沢さんがギターボーカルを務めるスリーピースバンドで、爽やかな聴き味が印象的な音楽を奏でている。
俺は窓際の錆びたパイプ椅子に腰かけて、3人の上級生が演奏する姿を眺めてインスピ―レーションが湧く瞬間を待っているのだが、なかなかその時は訪れない。
軽音楽部『新入部員獲得』のためのプロジェクトを任された俺は、栗江部長殿のお達しにより3日間藤沢さんたちと活動を共にすることになったわけだが、1日目はこうして彼らの演奏を聴いているだけで終わってしまいそうだ。
彼らの音楽が悪いわけではない。むしろ良い。
清々しいまでに濁りのない音色と歌声は、心地よく鼓膜を震わせる。生のバンド演奏は初めて聴いたが、これほどまでに高揚するものだったとは。
しかし、だからこそアイデアが生まれない。
「どうかな? 僕らの曲は」
ギターを置いた藤沢さんが、声をかけてくる。
「めちゃくちゃ良かったです。なんというか、胸の奥がぶわーっと熱くなるような……こうぐわーっと……あー、ちょうどいい言葉が見つからない」
両手をわさわささせて、自分の語彙力のなさに煩わしさを感じる。
「ふふ。ありがとう」
藤沢さんは微笑むと、他のバンドメンバー2人に手招きした。
呼ばれた2人と藤沢さんは俺を囲むようにパイプ椅子に腰かける。
「なんかアイデア浮かんだか?」
そう訊くのはドラム担当の枝川さん。
「いえ、まだです。すみません」
「いいっていいって。難しいよな」
枝川さんは、ふーっと息を吐くと前のめりになって俺と向かい合う。
「正直、7月にもなって新入部員が入ってくるなんて不可能に近い話だよな。現実的じゃない」
「でも軽音楽部潰したくないよ」
ベース担当で紅一点の音無さんが枝川さんに反論する。
「せっかく私たちが作った部活なんだから、後輩に引き継いでってもらいたいじゃん」
「そうは言っても、今更入部するような新入生なんていると思うか?」
「それはそうだけど……」
しゅんとする音無さん。
「お、俺がなんとかします」
なに言ってんだ俺……!
いたたまれなくなって思わず口走ってしまった。口に出したその瞬間から後悔する俺に、藤沢さんは穏やかに「ありがとう」と言い、音無さんは今だ気持ちが沈んでいる様子。
枝川さんは俺の肩に手を置くと
「サンキューな。でも、あんまり気負うことないからな」
と。
その言葉になぜだか胸がきゅっと苦しくなる。
思わず口走ってしまった無責任な言葉。それに優しく返されたことに申し訳なさを感じる。
いや、この感情はそれだけじゃない。
「精一杯やります」
俺は、枝川さんに――軽音楽部のみなさんに向かってそう返した。多分、期待されていないことが悔しかったんだ。
軽音楽部の3人は、俺の言葉に驚いたような表情をしていたが、すぐに受け入れてくれたように微笑む。
「蜂谷くんがこう言ってくれてるのに、僕たちが頑張らないわけにはいかないよね」
藤沢さんが鼓舞するように言うと、枝川さんも音無さんもそれに頷く。
軽音楽部の優しさに安心しながらも、出してしまった言葉は引っ込められないなと、よりプレッシャーを感じてくる。
やると言ったからには精一杯やろう。
「新入部員獲得に向けて、まずは色々とお話を聞かせてください」
* * *
広告制作に大事なものその1『ヒアリング』。
その広告が良いものになるかどうかは、ヒアリングでクライアントからどれだけの情報を引き出せるかで大きく左右されると栗江さんは言っていた。
まずはクライアントが求めているものを明確にする必要がある。
「インパクトがあるポスターとかどうだ? こうかっこよさがバンっと伝わるような」
「なるほどポスターですか……」
ここで勘違いしてはいけないのは、クライアントが「かっこいいポスター」が欲しいと言っているからと言って真に受けてかっこよさだけのポスターを作ってはいけないということ。
広告とは、成果物のために作るのではなく課題解決のために作るのだ、とも栗江さんは言っていた。
今回の案件の場合、クライアントが真に求めているのは新入部員であって、ポスターではない。それを念頭に置いてヒアリングを進める必要がある。
「例えば、どんな新入部員に入ってもらいたいですか?」
「どんな……そうだな。入ってくれればこの際どんなでもいいんだが」
枝川さんが顎に手を当てて唸る。
「どんなでもいいってことはないよ。不真面目な子とかきちゃっても困るし」
すかさず否定する藤沢さん。
「でも最重要は廃部を免れることだろ?」
「とは言っても入った子が幽霊部員だったら結局廃部になっちゃうじゃん」
藤沢さんは部長だからか、それとも元々の性格からかかなり慎重に考えているようだ。目先の利益だけでなく、その先のことにも目を向けている。
だからと言って枝川さんの意見が参考にならないわけではない。理想が高すぎて誰も来ないのでは意味がない。まずは誰かに入ってもらうことを重視するのも一つの手か。
「私は、楽器経験者の子が入ってくれるとバンドとしての幅も広がるからいいなって思ってたんだけど、さすがに贅沢すぎるかな?」
音無さんが不安げに言う。
「さすがにそこまでは難しいだろ。なあ?」
この「なあ?」は俺に向けられている。
「うーん、そうですねぇ……楽器経験者ならまず軽音楽部に興味を示しそうなものですからね……」
「そうだよね、ごめんね。余計なこと言った」音無さんは申し訳なさそうに苦笑いを浮かべる。
「いえ、そんなことはないです。参考になるので、なんでも言ってください」
しまった!
ヒアリングのコツは上手くクライアントを乗せて、色んな話を引き出すことだと教わったのに、今の否定で完全に失速してしまった。
気づいたときにはもう遅かった。藤沢さんと枝川さんも腕を組んで「うーん」と唸ったまま会話が進まなくなってしまう。
どうしたら取り返せる? どうしたら話の流れを作れる? こういうときどうしたらいい?
重苦しい空気にいつしか飲まれてしまい、なにも言い出せなくなってしまった。
考えて考えて考えて考えた末に絞り出した言葉は――
「じゃあ、今日伺った内容を参考に明日までになにか考えてきますね」
――この場から逃げ出すための言葉で、自分の無力さに心底情けない気持ちになった。