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プロローグ

 その高校には、ちょっとめずらしい部活が存在していて、名を「広告部」と言う。

 学生にして、広告(クリエイティブ)の魅力に憑りつかれた稀有な人たちが集まって、広告代理店の真似事をしている部活で――いや、真似事というには、あまりにも熱が入りすぎているか。


 今年唯一の新入部員である俺は、すでに日も落ちて闇に染まる窓の外を眺めながら、いつもよりずっと呆けた頭でこの部のことを考えていた。


 * * *


 広告部。

 主に、学内の部活や団体、委員会などの広告制作――ポスターのデザインやプロモーションムービーの編集など――を活動としている。いや、生業と言ったほうが正しいか。

 部活動でありながら、依頼にはすべて対価を支払ってもらう。“タダ”の仕事はするな。それが広告部のルールであり、自分たちの制作物の「価値」を下げないために必要なことだと、入部当初に教えられた。


 教えてくれたのは部長と副部長。


 部長の栗江創磨(くりえそうま)さんは、一言で言い表すならイカれたやつ。広告のクオリティに関しては一切の妥協を許さず、1ミリ・1ピクセルのズレも許さない、非常に細かい男。

 口を開けば「これ右に1ミリずらせ」ふた言目には「なんでこの線、ここに引いた?」もううんざりだ。

 でも、まあ、広告が絡まなければ購買でパンとコーヒー牛乳奢ってくれる優しい先輩。もはや二重人格。


 副部長の柏木朱莉(かしわぎあかり)さんは、一言で言い表すなら可憐な人。いつも楽しいこととお菓子のことばかり考えているほわほわした女性。

 口を開けば「ねえねえ、これ見て」とYouTubeの面白動画を差し出し、ふた言目には「ねえ、お腹すかない?」食いしん坊だ。

 でも、彼女の作るデザインにはいつも圧倒される。いわゆる天才の人。


 と、まあ、この2人を中心に俺を含めて3名で活動している広告部。

 部長は3年生。副部長は2年生。そして、新入部員、俺1人。わりと存続の危機である。


 * * *


 なぜこんなにも部員が少ないのか。めずらしい部活だということも、もちろん要因の一つだが、理由はそれ以外にある。


「蜂谷! 蜂谷自由(はちやじゆう)! ぼーっとすんな! 写真の加工終わったか?」

「ごめんなさい、もう少しです!」

「じゃあぼけっとしてんな、はよしろ!」

「はいぃっ!」


 このスパルタと。


「もう21時だもんね。眠いよね」


 学生にして、この激務である。まあ、ここまで遅いのは納期前だけだが。

 今みたいに忙しい時期は、完全下校時刻の19時が過ぎるとこうして栗江さんの家に集まってその日の仕事を継続する。年間で4回ほどしか発生しないイベントらしいが、俺は運悪く入部2か月で体験する羽目となった。


 制作しているのは、食品研究部のイベント用パンフレット。来月行われるローカルグルメ展に出展する際に配布する資料である。

 16ページA4サイズの冊子で、部長が全体の指揮をしながらデザインをし、朱莉さんがライティング、そして、俺は写真加工をはじめとした雑用全般。料理や食品の写真を何十枚も扱うものだから初めは「めしテロですね」なんてのんきなことを言っていられたが、やがて疲弊してくると空腹なのに「お腹いっぱいです……」と訳の分からないことを言い出す始末。


 そんな仕事も今日で終了。今加工しているこの写真で最後だ。


「部長! 栗江さん! 最後の写真保存しました!」

「そうか! お疲れ! じゃあ、このフォルダに入れた10枚加工しなおしてくれ」

「はい、お疲れ様です……はい?」

「写真の彩度が他のと合ってない。それに、トリミングが甘いのもある。やり直しだ」

「えぇー……」

「なんだ、不満そうだな」


 栗江さんは、腕を組んで俺をにらむ。俺は指定された10枚の写真を開いて確認する。

 うーん、ほかのとそんなに違うか?


「むむむむ」

「お前がやらないなら柏木に頼むだけだぞ。お前の仕事なのに。そして、お前よりも上手く加工した写真が出来上がって、パンフレットにはそれが載る。さあ、そのときお前は完成したパンフレットを見て満足できるのか?」


 栗江さんの小言に思わず耳を塞ぐ。こういうところだ。きっとこういうところが嫌でみんな退部して逃げていくんだ。俺ももう辞めようかな。短い間お世話になりました。


「蜂谷くん」


 朱莉さんが俺の肩に手を置いて、僕を見て微笑んだ。


「もうちょっとがんばろっ?」

「はい、がんばります!」


 即答した俺に、朱莉さんは満足げに頷き、


「おい」


 栗江さんは不満げに睨んでいた。


 * * *


 今日は月が真ん丸だ。真っ黒な布にきれいに穴が開いているように、ぽっかりと真ん丸と。

 結局作業は22時近くまでかかったが、パンフレットは完成し、先ほど印刷通販サービスへ入稿を済ませた。3日後には学校に納品されるはずだ。

 帰り道、俺は自転車を押しながら、横を歩く――何か食べてる――朱莉さんに話しかけた。


「いつもこんなハードなんですか?」


 朱莉さんは、しばらくもごもごして口に含んでいたスナック菓子を飲み込むと、ようやく返事をくれた。


「うーん、今回は特別ハードだったかな。短納期だったし」

「そうなんですね。運が悪かった……」


「私は、蜂谷くん、ラッキーだと思うよ」朱莉さんは微笑みながら続ける――いや、その前に食べる――続ける。「最初にキツい案件を体験しておくと、そのあと余裕を持てるよ」


「そういうもんですかね」

「うん、私はそう」


 ポジティブというか楽観的というか、普段ネガティブ思考が先行する俺は、この人のこういうところをもっと見習ったほうが良いのかもしれない。

 そんな話をしているうちに、朱莉さんの家に着いたようだ。


「はい、これあげる」


 残り少なくなったお菓子の袋を俺に渡すと「じゃあね」と短く言って玄関へと走っていく。俺は、その背中を疲れた両目で見送る。


 朱莉さんと会える部活は楽しいし、魅力的だけど、こんな大変な思いをするなら続けられるかわからないな。俺は元来、パッシブでネガティブで、なにより怠け者なのだ。ほかの部員の様に、そのうちフェードアウトしてしまおうか。頭の中がネガティブに埋めつくされていく。


 すると、その心を読むように、朱莉さんが立ち止まって振り返った。


「また明日ね」


 その笑顔は、月明かりに照らされ、映画のポスターのように美しかった。

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