旅立ち2
「はっ! す、すみません...。ア、アリエさん...。」
もじもじした様子で自分の名前を呼んでくる姿に、アリエはキュンとしてしまった。そして、さらにいじってしまいたい欲求にかられる。
「もしあれだったら、お母さんでもいいのよ?」
「お、お母さんですかっっ!!」
もちろん、アリエは冗談のつもりで言った。しかし、、、
「分かりました。じゃあこれからはお母さんって呼びます!!」
「え?」
そんな冗談がこんな純粋無垢な少女に伝わるわけがない。
「お母さん、これからよろしくお願いします!」
キューーン、ドクッドクッ。先ほどのキュンとは比べ物にならないほどのキュンが、からだ中を駆け巡る。
『な、ナニコレ...お母さんって呼ばれるのってこんなに恥ずかしいの!?!? これはやばいわ...」
アリエは反省した。天罰が下ったのだ。こんなにかわいい純粋な女の子と中年のおばさんの私だったら、神様だって女の子の味方をするだろう。だからと言っていまさら
「さっきのは冗談だから、ちょっといじってみたくなっちゃって! てへぺろ!」
なんてのは言えるはずもなく、お母さん呼びに甘んじるしかない。
しかも親子ということにしておけば、旅でもほかの人に関係を疑われなくても済む。おばさんが少女の奴隷を連れていると思われたら、誰でもなんか怪しい、と思うだろう。
『わたしが我慢するしかないのよねぇ、でも』
「お母さん、まずはどこに行くんですか?」
キューーン
『こんなの耐えられるだろうか...。』
旅立ちからいきなり危機が訪れたアリエだったが、悪い気持ちはしない。”お母さん”にはいつかなりたかったし、あこがれていた。こんな形でなるとは思ってもいなかったが、これでやっと”お母さん”になれたのだ。
町を出るときも、関所の役人たちからものすごい目で見られたが、幸いにも出ていく人が多く、どさくさに紛れて何も聞かれずに抜け出すことができた。
「でもお母さん、ほんとに商人の方は門の外にいるんですか?」
キューーン
『これいつになったらなれるんだろう...』
「今日なんかは商人も多いから絶対にいるはずよ。」
二人が探していたのは、冒険者が付き添っていない商人だった。
通常の商人であれば冒険者ギルドに護衛の依頼を出すのだが、そうするとかなり費用が高額となってしまう。かといって町の中で冒険者にギルドを通さない依頼を出すと衛兵につかまってしまうリスクもある。そのため、ギルドを通さない護衛を希望する者は、門の外で冒険者を待っている場合も多い。
そして、この道を通る商人は十中八九リンガルド王国最大の都市であるベンダンに向かう。ベンダンは二人も目指している街なので都合がよい。
かくして二人の商人探しは始まったのだが、なかなか見つからない。いや、商人はそれなりの数がいる。しかしながら、誰も二人のことは雇おうとしないのだ。それもそうだろう。冒険証を持たない二人、しかも二人とも女性で片方は見た目が子供ときている。なので、
「護衛の依頼? あんたらがやるって? ばかいえ、女二人にまかせられるわけねえだろ!!」
とかなんとか言われて、ほとんど断られてしまう。
「お母さん、ほんとに大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫じゃないかもね、」
さきほどから”女なんかに”という言葉を何回も聞いてきたアリエは、もうイライラがMAXの状態である。お母さんと呼ばれてもキューンとならないほどに。
『これだから商人は嫌いなのよっ! 女、女って。 わたしはあんたらなんかより強いでしょうがっっ!!』
人生で何度も聞いた「女だから」。アリエはこの言葉が一番嫌いだ。自分よりも弱いやつ、能力の低いやつもこぞって「女だから」と言ってくる。そんな過去まで思い出していたアリエは、暴発寸前だった。
だからこそ、、、
「あのー、すみません。」
「何よっっ!!」
突然話しかけられたら切れてしまうのも仕方ないだろう。
「ひゃあっ! い、いえ、もしかして冒険者の方かと思いまして。」
「だったら何?」
「いえ、あのぅ、ご、護衛をしていただけたらなあと思いまして。」
アリエは急に頭の中のもやが晴れていく気がした。
「あ、護衛ですね! 喜んでお受けします!」
「あー、よかったーー! ああ、私はクリセルと申します。」
「私はアリエです。そしてこの子がイリスです。私のむ、むす、む・・・
「娘さんですね、いやはや、なんともかわいらしい。」
娘と紹介するのは初めてだったが、予想以上に苦労した。いや、紹介もできていなかったが。お母さんと呼ばれることはまだ受け身だったのでなんとかキューンだけで済んだが、娘と紹介するのはまるで自分から認めているような気になり、かなり恥ずかしい。
『でも、これもなれなきゃね・・・。』
こういうところが、純粋な子供はうらやましいと思うアリエであった。子供