旅立ち
「さてと、お前さんたち、そろそろ外に出てくれ。仕事もあるからなあ。」
泣いていたことを隠すため、ジョシュは二人に背を向けながら言った。しかし、20年以上の付き合いであるアリエには、そんなことでは隠すことなどできない。
「おじさんが泣いてるの初めて見たよ・・・。おじさんでも泣くんだね!」
アリエはジョシュが泣いているところなど今まで見たこともなかった。なぜ泣いているかはよくわからないが、珍しいものを見たと、少しうれしい気持ちになった。
「うるせえ! それより、お前らこれからどうするつもりだ?」
「とりあえず、この町から出ようと思う。そのあとはグリンドに行くつもり。」
「そうか・・・まあ、お前なら大丈夫だ! 俺が保証する!」
なんの根拠もない自信だが、ジョシュが言うのだからきっと大丈夫、そんな気もしてくる。昔から悩みを相談しても、最後には
「アリエなら大丈夫だ!」
といつも力強く言ってくれる。その言葉が聞きたいから相談していたというのもあった。
「ありがと、またいつか帰ってくるからね!」
「そうか、お前が帰ってくるまでは死ねねえな!あと、ずっと気になってたけど・・・お前その剣で旅に出るつもりか?」
「そうだけど。」
「はあ・・・お前旅をなめすぎだぞ・・・。 鉄の剣じゃ旅の途中にさびて使いもんにならなくなるぞ?」
「大丈夫よ。」
そういうと、アリエはジョシュの前で剣を構えて見せた。そして、詠唱を始める。
[古より吹きすさぶ風、今こそ顕現し我が力となれ、セイクリッドストーム]
その瞬間、一陣の風がどこからともなく現れ、アリエの剣を包み込んだ。そして剣を覆うように回転し始めた。
「これがあれば木の枝だって立派な武器になるよ、まあやったことはないけどね。」
「ああ、そうか。お前魔法も割と使えたもんな。しっかし風魔法のそんな使い方初めて知ったなあ、お前以外もみんな使ってんのか?」
「ううん、これは私のオリジナル。昔から魔法の使い方をいろいろ研究してたのよ。」
その様子を、イリスは目を輝かせながら見ていた。
『す、すごいです....。魔導士じゃないのにあんなにうまく魔法が使えるなんて...。しかも魔法をああやって使っている人は見たことがないです...。さすがご主人様...!!』
アリエはいとも簡単にやってのけた風魔法だが、通常の冒険者では魔導士以外には難しい技である。風魔法の緻密な調整、そして魔物の肉に切り込めるほどの風力、どちらもないと会得できない技なのだ。
この技は、アリエが昔ギルドの魔物の討伐依頼をこなしていた時に会得した技である。当時の冒険者ギルドはお金が無く、ギルドが保有する装備も低ランクのものしかなかったため、装備の強さに関係なく魔物を狩れる技を編み出した。
のちに魔闘剣と呼ばれるこの技は、伝説の重戦士でもなく、高名な魔導士でもない、ただのギルド嬢によって創られたのだ。
「じゃあおじさん、またね...次来るときはいっぱいおみやげ話もってくるからね!」
「おうよ! 体には気をつけてな! 無理しすぎるんじゃねえぞ! お前の命は、もうお前だけのもんじゃねえんだからなぁ!」
「分かってるって、じゃあもういくね。」
「絶対に帰って来いよ!」
「もちろん! イリスと二人でまたおじさんの工房に遊びに来るからね!」
二人の旅立ちを見つめる老人の目にはまたも涙が浮かんでいる。今度こそ年のせいだろう、年なんてのは取りたくないな、そう心に思うジョシュだった。
「さあイリス、覚悟はいいかしら。ここを出てしまったらもう戻れないわよ。それでも私についてくる勇気はある?」
アリエにしても脅すつもりはないのだが、問いただす必要はあった。アリエはイリスのことを奴隷から解放しているため、ダーケルスで一生を過ごすこともできる。もしもイリスがその道を選ぶなら、アリエは迷いなく彼女を置いていくつもりだった。だが...
「もちろんですっ! 私のすべてをご主人様にささげますっっ!!」
イリスがそんな道を選ぶはずがなかった。かつてのおどおどしていた彼女はどこへやら、太陽と見まごうばかりの輝きを宿したイリスの目は、まっすぐにアリエを見ている。
ほんの少しの付き合いなのに、イリスの成長に胸が熱くなるアリエ。しかし、旅に出る前にどうしても言っておかなければいけないことがあった。
「よろしい! だけど忘れてなあい?」
「え...?何をですか...?」
「私のことはアリエって呼びなさい!」