乙女心とは?
アリエは、まず服屋へと向かった。イリスが着ている服は、変な汚れが至る所についたぼろ布で、一緒に行動しているとかなり目立つ。そのため、服屋で新しい服を買おうとしたのだが、
「わたしのものにお金なんて使わないでください! 服ならこのままで大丈夫です!」
全力で断られた。しかし、アリエもそう簡単に引き下がるわけにはいかない。
「もうあなたは奴隷じゃないのよ! 確かにわたしはあなたを買ったけど、それは奴隷にするためなんかじゃない、一人の女の子としての道を歩んでほしかったからなの。だからもっと自分のことを大事にして! わたしなんか、なんて二度と言わないこと! いい?」
「は・・はい、わかりました、ご主人様。」
「わたしのことはなんて呼べって言ったっけ?」
「アリエさん・・・。」
「分かればよろしい! じゃあ、さっそく服を選ぼうか!」
なぜこんなにアリエはノリノリなのか、それは「イリスにかわいい服を着せたい!」という思いからだ。
イリスは顔が非常に整っており、服さえちゃんとしていれば美女に変身するとアリエは確信していた。子供がいないアリエだったが、まるでわが子の着る服を選ぶように真剣に選んだ。
先ほど大金を使ってしまったので何着も買うことはできない。悩みに悩んだ挙句、アリエが選んだのは、
「これなんかどう? 似合ってると思うんだけど・・・。」
「はい! これがいいです!」
水色のシャツと灰色のズボンである。アリエは自分の選んだものに自信があったが、どこか違和感があるといわざるを得ない。しかしながら、26年間もギルドの制服を着続けたためファッションセンスのかけらもない女性と、物心ついたころから奴隷であった少女には、違和感など感じるはずもない。
そしてなによりアリエがうれしかったのは、途中からイリスが楽しそうに服を選んでいたところだ。
『なあんだ・・・やっぱり服ほしかったんじゃない・・・。』
奴隷時代にはもちろん服なんて与えられた最低限のものだけで、おしゃれなんて考えもしなかっただろう。しかし、女の子は女の子である。年頃にもなってくるとおしゃれもしたくなるのは当然のことである。例外はあるのだが・・・。
「よし、じゃあこれを買おっか!」
「あの・・・でも本当にいいんですか? もしあれだったら一番安いあれでも大丈夫ですけど・・・。」
そういってイリスが指をさしたのは、店の端っこのほうに一緒くたにかごの中に置かれている薄汚れた服である。あきらかに奴隷用だ。いつもあっちの服を着ているイリスには、やはり普通の服を着るのに抵抗があるのだろう。
そこで、アリエはある話をすることにした。アリエの過去の話だ。
「わたしはね、昔はすごい貧乏だったの。父親は早くにいなくなっちゃって母親だけに育てられたから、毎日食べるものがなくて本当に苦しかったんだよねぇ・・・。だけどある日お母さんがお金をためて服を買ってくれたの! その時は本当にうれしかったなぁ。毎日買ってもらった服を着て遊んでね、お母さんが仕事に行ってるときもお母さんのにおいがするその服で寂しさを紛らわせてたのよね。そして、その服は今でも持ってる。お母さんの形見替わりでね。もちろん、買ってもらったから私のものなんだけど、なんかあの服はお母さんの感じがずっとするの。」
「わたしはイリスの母親じゃないし、母親にもなれないと思う。だけど、この服をずっと大事に着てくれればすごくうれしい。もちろんこれからも買ってあげるけど、一番最初に買うこの服は特別なものにしてくれないかな? わたしとイリスだけのものに・・・。」
イリスには自分の中の母親がいない。小さいころにすでに奴隷商に売られてしまったからだ。そのため、母親からのプレゼントがどういう気持ちなのかは想像もつかない。しかし、今、この瞬間だけは、その気持ちが分かる気がした。胸がきゅっとなる、そして抑えきれない笑みがこぼれる。
「はいっ! 一生の宝ものにしますっ!」
「ありがとね! じゃあ次はあそこに行こうかな・・・。」
アリエが次に向かったのは武器屋だ。リッジモンドの話によれば、イリスは冒険者で言うところのCランクほどの実力があるという。道中でモンスターと戦うための武器は、彼女たちにとって必須である。
彼女たち、というのも、実はアリエはBランク冒険者と渡り合えるほどの力を持っている。ギルドに入りたての頃、新人の冒険者に指導をする教官がおらず、押し付けられる形でアリエが教えることになった。そのためアリエは仕事の合間に、冒険者に戦い方を教わったり、非番の日はモンスターを倒しに行っていた。そんなことが何年も続き、Bランクほどの力を手に入れることができた。今でも、モンスターの討伐にはいかないものの、新人冒険者の指導はすることはある、いやあった。
しかし、今の彼女は武器を持っていない。今まではギルドから借りていたものを使っていたからだ。アリエは魔法が使えないため、武器に頼るしかない。そのため、旅に行く前に自分の武器を買うことはマストだった。
武器屋に向かう途中、アリエはイリスの戦いに必要な武器を尋ねた。すると・・・
「わたしは武器はいりません。」
と、言われてしまった。
「もう、また遠慮なの?」
アリエもちょっとめんどくさくなって荒っぽく聞いてしまった。しかし、イリスから帰ってきた言葉は・・・
「いえ、わたしは魔法使いなんです。」
アリエの時は一瞬止まった。