奴隷少女との出会い
そこには、大男5人に囲まれて暴行を受けている15歳くらいの女の子がいた。
彼女は抵抗するそぶりも見せず、ただずっと、殴られたりけられたりしている。
あるいは恐怖で体が動かないのか、そう思ったのだが彼女の顔は無表情で、なんの感情もないように思える。
足におもりがつけられているため奴隷なのだろうが、だからと言って暴力を加えていい理由にはならない。
ここリンガルド王国では奴隷の人権も保障されていて、主人が奴隷に対し暴行を加えていたら、主人も罰を受けることになる。
ほかにも奴隷の衣食住の保障を怠ったり、契約にない労働をさせたりしても罰せられることになるのだが・・・それにしても、この場で起こっていることは異常である。
アリエは、野次馬をかき分けて女の子のもとへ急いだ。
実は暴行を加えている男たちを彼女は知っていた。
そしてアリエが女の子のもとへたどり着いたとき、男たちは驚いた顔をしながらもいったん手を止めて、アリエのほうへ向き直った。
「おやおや、誰かと思えばギルドをくびにされたアリエ・ロロットさんではありませんか!」
『ちっ、なんでもう知ってんのよ・・・。』
男たちのリーダーと思われる大男がにやにやしながらアリエに話しかけてくる。
しかも、もうアリエがギルドをやめさせられたことを知っている。よほど、そのことが面白かったのか笑いをこらえるのに必死でいる。
そのことにカチンときながらも、アリエは平気な顔で会話をし始めた。
「久しぶりね、ダーククレイブのリーダー兼奴隷コレクターのリッジモンド・ジェイルさん。」
二人とも笑顔で話しているのだがもちろん、穏やかな雰囲気など一ミリもない。
さきほどまでふざけていたほかのパーティーメンバーはその場の空気にのまれ固まってしまっていた。
ダーククレイブとは、最近ダーケルスにやってきたSランクパーティーである。
しかし冒険者ギルドや町中でたびたび問題を起こし、冒険者ギルドでもたびたび問題となっていた。
アリエも何回もギルドの中で言い争いをしたことがあり、二人は犬猿の仲だった。
さらに質の悪いことに、ダーククレイブのリーダーのリッジモンドという男は奴隷を集めるのが趣味で、何人も奴隷を所有していた。
噂では違法な奴隷商と通じているとのことだが、リッジモンドは全くしっぽを出さないため、衛兵も捕まえることができない。
少しの間、笑顔でにらみ合っていたがついにアリエが口を開いた。
「そこにいる女の子に暴行を加えてたわよね? ようやく逮捕される気になったのかしら?」
「とんでもない、わたしは自分の奴隷にしつけをしていただけですよ! 歩いているときにわたしの足を踏みましてね・・・。奴隷のくせになっとらん!と思って奴隷のふるまいを教えていたんですよ。」
「奴隷のふるまいが主人に殴られることだと? いまここで衛兵を呼んでもいいんですよ?」
「呼びたければ勝手に呼んでください。まあ、わたしを捕まえることは不可能でしょうけどね。」
「ずいぶんな自信ですね、目撃者もこんなにいるんですよ。」
「確かにたくさんの人に見られてしまいましたねぇ、もしこの中の人に今のことを話されたら大変だ・・・。まあ、話すことができるやつがいればの話ですがねぇ。」
ダーククレイブは一部の衛兵ともつながっている。そのことは町の人は全員知っているため、下手に衛兵に話すことができないのだ。
「わたしだって見てましたよ!」
「あなたとわたしが仲が悪いのはこの町ではだれでも知っているでしょう。あなたがひとりで衛兵の詰め所に行ったってだれも相手にしてくれませんよ。いまのあなたならなおさらね。」
もちろん、アリエも捕まえるのができないことは分かっている。
しかしながら、暴行をやめさせるという第一目標は達成した。
次は、どうやって奴隷の女の子を解放するかだ。
いまここで暴行をやめたところで家に帰ったらまた始めることは目に見えている。
公の場所ではない分、もっとひどいこともされるかもしれない。
むろん、リッジモンドの所有する奴隷をすべて解放するのは無謀だが、アリエはなんとかこの子だけでもと思い、交渉を始める。
「その奴隷をわたしに売ってくれないかしら、いまちょうどほしかったんですよ。」
リッジモンドは今までで一番驚いた表情をした。
それも、アリエはいつも奴隷制に疑問を持ち、リッジモンドの奴隷収集の趣味をばかげたものだと言っていたからだ。
しかし、すぐにアリエの真意を読み取ると、
「そうですねぇ、適切な金額を払ってくれるならお譲りしてもいいですよ、わたしもこいつにはそろそろ飽きてきたんでねぇ。」
奴隷を物としてしか認識していないような発言にイラっとしながらも、アリエは交渉を続ける。
「それで、いくらなんですか?」
「120万リンです。」
「120万リン!?!?」
アリエはあまりの金額に絶句してしまった。そもそも奴隷の相場は5~6万リンであり、アリエは幼い女の子であることを考慮すると高くても5万リンくらいだろうと思っていたからだ。しかし、奴隷の価値は、奴隷ができることによって大きく変わる。そして、
「こいつは、戦闘用奴隷なんですよ。わたしが小さい時から戦闘用に育て上げたんですが最近一向に伸びなくてねぇ・・・それでも冒険者だとCランクぐらいの実力はある、それを考えると120万リンでも安いと思いますがねぇ。 あ、無職の女性には高すぎましたか?」
明らかに馬鹿にした言い方だったが、アリエは何も言い返すことができなかった。
120万リンだったら貯金で買えなくもないが、それだけでほとんど貯金がなくなってしまう。
そうすると、グリンドに行くことができなくなってしまうかもしれない。
アリエが呆然としていると、リッジモンドはにやにやしながら話しかけてきた。
「もう用がないなら帰らせてもらいますよ、わたしも暇ではないのでね。」
アリエは人生でもあまりない屈辱を味わった。
金で取引される人間、そして何もできない自分。
仕方のないことだと言い聞かせようとしていたが、やはり納得はできない。
少女が小さなころから戦闘奴隷として育てられる日々、それがどれほどつらいのか、アリエには想像もつかない。
『あの子はどうしても助けてあげたい・・・でも、あの子を買ったらわたしは破滅してしまうかもしれない・・・どうすればいいの、どっちが正解なの・・・・。』
何時間も続くかと思われた逡巡は、あっけなく終わった。
『そうだ、わたしはやりたいようにやっていいんだ・・・。お金なんて、また貯めれば大丈夫。ここであの子を助けないと、わたしは一生後悔する! お金なんて関係ない、わたしは自分に正直に生きるって決めたんだから!』
そして、彼女は吹っ切れた。
「リッジモンドさん、ちょっと待って。」
「まだなんか用ですか、奴隷でしたら120万リンでしか売りませんよ?」
「いいわ、買いましょう。」
「は・・・? 今・・なんて言いました?」
「奴隷を買うって言ったんですよ。120万リンなんでしょう?」
「確かに120万リンですが・・・本当にいいんですか・・・? あなたとはなんの関係もない奴隷ですが、」
「関係なら、これから築きます。」
そう言い切ったアリエは120万リンを押し付けるようにリッジモンドに払うと、少女の手を取って、その場を去っていった。
彼女の顔は、先ほどまでとは違う緊張から解き放たれた疲労感、そして達成感に満ち溢れていた。