羞恥心
先手を取ったのは少年である。
獣人の持ち前の運動神経を駆使し、アリエに襲いかかる。
武器は手にしていないが、その爪は並の鉄などは砕いてしまうほどの強度がある。
獣人の中でも、ウルフ系のそれであろう。
それか体に当たってしまえばひとたまりもない。
だが…
「ちっ、すばしっこいな!」
少年の攻撃はアリエにはかすりもしない。
そのすべてが、約束組手であるかのように、躱され、いなされる。
少年にとって、それは初めての経験だった。
「びびってんのか! お前も攻撃して来いよっ!」
その声色には焦りの表情が読み取れた。
打開策の見えない戦闘の中で、相手が攻撃に移る瞬間を狙ったのか。
はたまた、単純に躱してばかりのアリエに腹が立ったのか。
挑発の意味を込めた少年の言葉は、戦略的には間違ってはいない。
しかしながら…
「あらそう、じゃあ終わらせるわね。」
今回の戦闘では、戦略は無意味だった。
なぜなら…
「はい、あなたの負け。」
2人の実力は、天と地ほどに離れていたからだ。
アリエは攻撃に転じたとたん、少年のわきに入り込み、腕を取って地面に転がした。
たったそれだけの動作で、少年はなんの抵抗もできずに地に附した。
あっけにとられるだけで、なんの言葉も発しようとしない。
少年も、それを見つめる周りも。
それほどまでに一瞬の出来事だったのだ。
「じゃあ、約束通り、自己紹介をしてもらいましょうか、全員でいいわよね?」
周りは、みな頷く。
少年は、憮然としながらも、一番に名を名のり出した。
「ダン…この中では一番年上。」
先ほどまで戦っていた少年は、名前をダンというらしい。
その戦いぶりは、粗削りではあるが同世代の人間の子どもの数段上を行く。
獣人の中でも相当なものだろう。
ウルフのようなその見た目は、気性の粗さを物語っている。
「俺は、アスカルト…」
隅の方で他の子どもたちを守るように立っていた女の子は、アスカルトというらしい。
みんなのお姉ちゃんのような存在なのだろう。
タイガー系統の獣人だろうか、体の縞模様はそれを思わせる。
獣人の中でも混血が進んでいるため、純粋な血統の者はほとんど存在していないという話がある。
その中でも、ダンは純粋な血統に近いと思える。
後の3人は、混血が進んでいるせいか、特定の系統が色濃く出ているというわけではない。
「こいつらは、左からゼル、カーマ、キーマ。 3人とも、人前でうまく話せないんだ、許してやってくれ。」
獣人というだけで差別を受けて育つ。
子どものみでは、それを到底受け止めきれるわけがない。
さもありなん。
「カーマとキーマは兄弟なの?」
「そうだな、兄弟というか、双子だな。男と女だけどすごく似てるだろ!」
確かに、2人は性別は違えど雰囲気はかなり似ている。
男の子であるカーマの方が少し大人びている気はするが、誤差の内だろう。
年長組2人の口調に、年少組3人の話し方。
やる前から、課題が山積みである。
「じゃあまずあなたたちにやってもらいたいことは、この部屋を掃除すること! 私も手伝うから、みんなでこの部屋をきれいに整えましょう!」
一転して明るく接してみるも、子どもたちの表情は依然として暗い。
ダンに至っては、アリエをにらむ勢いである。
「別にいいだろ片付けなんて、どうせまた散らかるんだから…」
やはりそう来たか…
アリエは心の中でそう思う。
今まで接してきた者の多くは同じ反応を取った。
仕事場を散らかしている上司や部下、ギルドの受付前のスペースを汚す冒険者などなど。
「分かった、じゃあ片づけてくれたいい子には、全員にいい物をあげるわ!」
言い方は悪いが、子どもは報酬で釣るに限る。
そして、言い方をぼやかせば余計に食いつく。
無理に言い聞かせるよりもはるかに効率が良い。
「いい物ってなんだ!?」
さっそく、アスカルトが食いつく。
彼女は、とても自分に正直らしい。
また、ダンは無視はしているものの、いい物に興味を持っていることはバレバレである。
彼のしっぽが激しく揺れ動いているからだ。
こういう時に、獣人であることは助かる。
彼らほど、自分の感情が外に漏れてしまう人々はいないだろう。
今後の子どもたちの教育にも、光明が見える。
子育てにおいて一番大変なことは、子どもの感情を読み取ることだ(と、子育て初心者のアリエが勝手に思っている)からだ。
「それは終わった後のお楽しみ。さあ、レッツお片付け!」
アリエは恥ずかしさを殺す。
いつものアリエであれば、レッツOOなど決して口にしない。
本当であれば、顔から火が出るほど恥ずかしいが、何とか乗り越える。
ルシエラからなんとも言えない目で見つめられている気がするが、それは気にしたら負けなのである。
アリエの一番の課題は、自分の羞恥心なのかもしれない。




