「おばさん」
「こちらが広間です、といってもこんなになってますが…」
途中から広間は見えていたのだが、なかなかにすさまじい様子だった。
部屋のいたるところに物が散乱し、足の踏み場がない。
しっかり整理すれば広く感じられるはずの部屋だが、置いてあるものやごみのせいでかなり狭く感じる。
そして、この瞬間にも子どもたちはごみを散らかしている。
ふと、子どもの1人がこちらに気づき、ほかの子どもたちに知らせる。
すると、子どもたちのリーダーのような少年が、こちらに歩み寄ってきた。
「おいルシエラ、そいつは誰だよ。」
これは…やりがいのある仕事のようだ。
何から教育していいか、頭を抱えるアリエ。
「だから先生をつけなさいって言ってるでしょ? こちらは、今日からここで働いてもらうアリエさん、でこっちがみんなの友達になるイリスちゃんね!」
「アリエです、よろしく。」
5人の子どもたちが遊ぶのをやめてアリエに注目する。
遊ぶのをやめてというのは正しくないかもしれない。
やめざるを得なくなったのだ。
アリエの特技、威圧感によって。
荒くれ者ぞろいの冒険者たちでさえ、身がすくんでしまうほどの恐怖を感じる。
子どもであれば、なおさらである。
隣にいるイリスまでも、肩をすくめる。
「ほら、イリスも。」
「あ、えーっと、イリスです。よろしくお願いします…」
子どもたちは、体が固まってしまっている。
しかし、それをアリエは許さない。
「ほら、こちらが自己紹介したのだから、あなたたちも自己紹介をしなさい。」
マナーにはうるさいアリエ。
それは、子どもたちが相手であろうと変わらない。
「ふ、ふんっ。だれがするかよっ!」
先ほどのリーダー格の少年が子どもたちの先陣を切ってしゃべる。
その言葉は、アリエの期待していた言葉ではなかったが、予想していた言葉ではあった。
「あら、いい度胸じゃない。 今のうちにちゃんと自己紹介をするなら許してあげるわよ。」
「何が許すだ! お前の方こそ、怪我したくなかったらさっさと帰れ!」
悪ガキのお手本のような行動をとってくれる。
これは、教育のし甲斐がありそうだ。
他の子どもたちはというと、みな成り行きを見守っている。
先ほどのアリエの威圧感による恐怖でまだ動けていないだけかもしれないが…
「分かったわ、じゃああなたが私に攻撃を当てられたら、すぐにでも帰ってあげる。その代わり、当てられなかったらちゃんと言うことを聞きなさいね。」
「望むところだ! おばさんなんかに負けるかよっ!」
おばさん…
おばサン…
オバサン…
今、少年はパンドラの箱を開けてしまった。
アリエの中で、プツリという音が鳴る。
そしてそれは、その場にいるもの全員にも聞こえた。
「そうね、あなたの歳から見るとそう見えるものね。 そうね、そうね…」
「殺す「殺さないでくださいっ!」
鬼さながらのアリエを、ルシエラは制止する。
その勇気は、賞賛に値するだろう。
そして、その制止はアリエを通常の思考回路へと導いた。
「そんな、冗談ですよ! 実際に殺したりはしませんから。」
「そ、そうですよね! でも少し冗談には見えなかったような…」
「何かおっしゃいましたか?」
「いえっ! 何も!」
地獄耳とはまさにこのことだろう。
ルシエラの声はそれはそれは小さいものだったのだが、確実にアリエに届いていた。
「ごめんなさいね少年君、水を差してしまって。 さて、では始めましょうか。」
少年は、足を震わせている。
武者震いだろうか、いや、単純に先ほど殺すと言われたことが原因だろう。
あれを受け流すのには、少年は若すぎた。
真の意味での恐怖を味わったに違いない。
「なめやがって、後悔させてやるっ!」
そんな中でも、少年は足の震えをおさめ、アリエに立ち向かおうとする。
その胆力はなかなかのものであろう。
かくして、2人の戦いは始まった。




