獣人の子どもたち
「そういえば、アリエさんは旦那さんはどうされたんですか?」
いきなり、かなりの重量級の質問だ。
聞かれることは想定していたが、真実を話すべきかどうか迷う。
「イリスと二人きりで来ましたので、それ以外のことは…」
必殺”ごまかし”。
嘘はついていない、このようにお茶を濁すことで相手は勝手に邪推する。
ギルド嬢時代にもよく使った手だ。
「あ、すみません、変なことを聞いてしまって。 イリスちゃんは何歳なんですか?」
「今年で14歳、だったかしらイリス。」
「は…うん、14歳だよ。」
イリスも空気を読んでくれたみたいだ。
はい、なんて答えてしまったら実の親子ではないことが明らかである。
真実を話すのは、相手を信頼してからでも決して遅くはない。
「14歳か、なら一番大きい子よりも年上になるのかな、一番上のお姉ちゃんになるね!」
「あの、この孤児院には何人子どもがいるんですか?」
クリセルから孤児院の詳細を聞くことを忘れていた。
それもこれも、クリセルの長い説明のせいだ。
とりあえず、脳内で二回殴っておく。
「この孤児院には、9歳から13歳の5人の獣人の子どもがいます。男の子が3人と女の子が2人です。」
思ったよりも少ない。
まあこの施設の規模を考えれば妥当な数かもしれないが。
孤児院とは名ばかりで、やはり実際は世間から獣人の子を隠すための施設なのだろう。
「教育のようなものはされているのですか?」
孤児院では、職員が子どもに教育を施し、将来に街で働けるようにすることが一般的である。
孤児院の子どもは、子どもの頃のつらい経験からか努力が他の子どもと比べて抜きんでている子が多く、聡い者は幼いうちから唾をつけていることもある。
中には、孤児なんか雇わないという強硬な店もあるが、決して賢いやり方とは言えないだろう。
「そうですね… もちろん教えようとはしているんですけどね…」
「何か問題でも?」
ルシエラは深いため息の後、理由を語り始めた。
「実は、生徒が全く言うことを聞いてくれないんです… 元気なのはいいことなのですが、あまりにも元気すぎて、もちろん中には聞いてくれる子もいますが、決して十分とは言えませんね…」
とりあえず、子どもたちの健康状態は、心身ともに健康のようだ。
それさえ保障されていれば、あとはいくらでもやりようはある。
「では、子どもたちの教育は私に任せてください。 これでも昔は冒険者相手に指導も経験したこともありますから。」
冒険者志望の若者というものは、えてして荒くれ者が多い。
彼らはだいたい、アリエが女だということでなめてかかってくる。
そういう者たちを黙らせるには、実力行使に出た方が手っ取り早い。
つまり、鼻っ柱を折るということだ。
それは、獣人だろうが人間だろうが変わらないだろう。
「それは頼もしいです! では、あの子たちをお願いします!」
なぜだろうか、ルシエラの瞳に悲壮の色が見え隠れするのは。
瞳全体を覆っているわけではない。
時より見せる瞳の奥の光が、そう思わせるのだ。
今はただ、事の成り行きを見守るしかない。
「もちろんです。ちなみに、イリスも生徒と混ぜて授業を受けさせてもいいですか?」
イリスは今まで奴隷として育ってきた。
世の中の常識の欠如は、相当なものだろう。
きっと、獣人の子らとそう変わらない。
「大丈夫ですよ! その代わり、イリスちゃんも子どもたちの面倒を見てあげてねっ!」
「は、はい、お任せを…」
全然任せられる感じがしない応えである。
多分、獣人の勢いに飲み込まれるだろう。
だが、初めてできる同世代の友達になる。
『獣人の子と仲良くできればよいのだけど…』
娘の交友を心配する母の気持ちが初めて理解できたアリエであった。
ルシエラが孤児院の扉を開け、2人を中にいざなう。
孤児院の中は、外とは違いこぎれいな印象を受ける。
外見は、やはりフェイクなのだろう。
ルシエラについて奥に進むと、どこからともなく子どもたちの声が聞こえてきた。




