獣人の子
「獣人、ですか…」
獣人は、人間や魔族と同じ一つの種族で、昔は単独で一つの国を名乗っていた。
【獣国レオ】という国で、大国とまでは呼べなかったが、その軍事力は大国に勝るとも劣らないほどだった。
それは、獣人の身体能力の高さに由来する。
獣人は、人間に比べて基礎的な身体能力が高く、同数の戦いであれば十中八九獣人が勝利する。
我が強いものが多いため戦略や作戦などがほとんど立てられないのが玉に瑕だが。
しかし、現在では獣国は存在しない。
南に獣人が少数集まって生活をしているという話も耳にするが、到底国と呼べる規模ではない。
ではなぜ獣国は滅んだのか。
その原因も、ビクター帝国にある。
ビクター帝国は長い間魔族と戦争を繰り広げているのだが、その戦争に勝利するための切り札として獣人に目を付けた。
獣人の身体能力の高さをもってすれば、魔族に打ち勝つことができる、作戦はなくとも、前線で特攻させればよい、とでも考えたのだろう。
よってビクター帝国は魔族との戦争中でありながら、獣国にも攻め込んだのである。
列国は、その蛮行をあざ笑い、ビクター帝国の敗北を確信していた。
しかしながら、ビクター帝国は勝利した。
それがどのような方法によってなされたのかは、他の国には全く知られていない。
ビクター帝国は、獣国との戦争にたった2日で勝利した。
おそらくかなり外道な方法を使ったのだろう。
知られていることは、現在獣人のほとんどはビクター帝国に奴隷として使用されているということだけだ。
獣人の内、ある者たちは魔族との戦争に駆り出され、ある者たちは貴族たちに残虐非道な仕打ちをされ、ある者たちは街の商店で過酷な労働を課せられている。
獣人が戦争に参加したことにより一時はかなりビクター帝国に戦況が偏ったが、なんとか魔族の国が持ちこたえ、今の戦況は五分となっている。
それも、魔族の国の底力であろう。
魔族の国は、通称【ツォレルン】と呼ばれており、これは魔族の国の建国者の名を冠している。
魔族は一般的に個体名を持たない者が多かったが、魔王ツォレルンは、自らそう名のり出したという。
それ以来、魔族も名を持つようになったのだとか。
現在、ツォレルンの王はカリザリーという名の魔族らしいが、それ以外の情報は一切伝わってこない。
魔族は、生来の魔力量が人間よりも潤沢で、その多くは魔法の扱いに長けている。
人間の魔導士よりも高度な魔法を使うことができる者も多いのだろう。
魔族はその種族の中でも多様な種類のものがおり、それぞれが族を名乗っている。
ヴァンパイア族や鬼族などは有名で、多種多様な国となっている。
「なぜ獣人の子がそんな田舎の孤児院にかくまわれているんですか?」
「アリエさんならおおよそ見当はついているんじゃありませんか?」
実は、アリエはクリセルの様子からだいたいのことは察していた。
商人であれば、他国との交易もするだろうし、それにはビクター帝国が含まれるのもおおよそ見当がつく。
大商人を自認するなら当然であろう。
物が動く、ということは、同時に人も動く、ということだ。
ここでいう人、とは当然に獣人のことである。
商いをしていく過程で、獣人が子供だけでも逃がそうという思いで、クリセルやほかの者たちに我が子を託そうとする姿は容易に想像できる。
通常の商人であればそのような懇願は断るのだが、そこはクリセルといったところか、根が優しいため断り切れなかったのであろう。
アリエの中でクリセルの好感度が少し上がった。
「まあ、そんなこんなで獣人の子どもが私の下に集まってしまったので、仕方なく郊外に孤児院を建設し、そこにかくまっているというわけです。」
孤児院の建設にもなかなかの予算が必要なのだろうが、そんなに簡単に言ってしまうとは…
アリエの中でクリセルの好感度が少し下がった。
金持ちに嫉妬するのは当然の感情である。
「しかしよく村人が許してくれましたね。」
害をなす存在ではないなれど、獣人は身近な存在ではない。
そのうえ、ビクター帝国がこの国に攻め入らんとしたときに、獣人の部隊が国境付近でリンガルド王国の兵士たちと交戦を繰り広げ、双方に多くの死傷者が出た。
それ以来、リンガルド王国でも獣人は忌み嫌われる存在となっていた。
「それが問題なのです…」
やはりそうか、アリエは内心でうなづいた。
「今まで孤児院の存在は村人にも隠していました。少し村の奥まったところにひっそりと配置しましたので、ほとんどの村人はその存在には気づかず、気づいても廃墟同然のものと考えたと思います。」
これから行く場所が廃虚同然とは…
少し行く気が失せたのは仕方がないだろう。
「しかしながら、少し前に孤児院の子どもたちが山に食料を取りに行っていた時、偶然村人と出くわしてしまったのです… 村人はその子を追いかけ、孤児院にいることを突き止めました。以来、毎日のように孤児院に押しかけ、獣人の子どもらを排斥しようとしているのです…」
獣人とはいえ子どもである。
そのような子ども相手になんて非道な行いを…
獣人の子どもたちの心の傷は、簡単に癒せるものではないだろう。
母国を追われ、異国の地で激しい差別の下で暮らし、やっと逃げ出した先でまた差別の対象となっている。
アリエも同情せずにはいられなかった。
「タイミングも悪かったのです、最近キルソ村では魔物に襲撃される回数が増加しているそうです。住民たちはその原因を獣人の子どもたちにあると考えています。」
人は怪異や恐怖の原因を、身近にいる異質なものに押し付けようとする。
今回の場合、獣人という異質なものは、魔物の増加という怪異を押し付けられるには十分な存在だったのだろう。
「実際は、両者の間には何の関係もありません。獣人の子どもたちが暮らし始めたのはずっと前ですから。」
「そこで、アリエさんにお願いがあります、子どもたちを救ってほしいのです。」
クリセルの声には、心からの想いが詰まっていた。
これも演技だとしたら大したものだろう、だが、そうではないと確信できる。
「救う、ですか。そのような状況で私個人に何かできるとは思いませんが…」
「私個人、じゃないでしょう?」
クリセル微笑み、イリスの方を向く。
イリスはすでに、両眼に涙を湛えていた。
自らの境遇と重ねたのかもしれない。
ここで断っては、イリスに合わせる顔がない。
クリセルは、それも折込済みなのだろう。
やはりどこまでも商人のようだ。
「そうですね、イリスとならできるかもしれません。」
急に呼ばれてイリスは驚いたような表情をする。
しかし、その顔からは決意の感情も伝わってくる。
「私も、獣人の子を助けてあげたいです…!」
か細い声ではある、がその声は確かな強さを持っている。
「分かったわ、引き受けましょう。」
もともと、断るという選択肢はない。
獣人の子どもたちを助けたいという気持ちは、アリエも同じである。
「アリエとイリスの名において、獣人の子どもたちを救うと誓いましょう。」




