クリセルの真実
考えられる2つ目に理由は、
「私たち2人が出会ってから、近づきたかった。それも、理由を明かさず、最も信頼のおける人だということを示したかった、違いますか?」
クリセルの口角が上がる。
もう、気の弱い商人像はかけらもない。
「なぜ私がそんな回りくどいことをしなければならないのでしょう?」
「証拠はありません、なのでここからは私の直感と推論になってしまいますが、よろしいですか?」
「ええ、ぜひお聞かせ願いたいものです。」
クリセルに出会った時からの違和感、積もり積もったそれはクリセルに対する疑念の目に代わる。
「まず1つ目、あなたはイリスの目を見て私たちを雇ったとおっしゃいましたが、あの時点であなたはイリスの目は見れなかったはず、ならば私たちの風貌を見て雇おうとしたか、それとも…」
「別の場所でイリスの目を見たことがあるのかになります。」
「なるほど…それで?」
クリセルはかみしめるようにアリエの言葉を聞く。
反論するような様子はない、ただ単に面白がっている。
「私は後者だと思います。そうでなければ、嘘をついてまで私たちを雇おうとする理由が思いつきませんので。」
「では私はなぜそんなことを?」
そう、それが一番の疑問だった。
なぜ、そのような回りくどい方法で、クリセルは私たちを雇ったのか。
その答えを導き出すには、最もうぬぼれた推論にたどり着かざるを得ない。
「それは、私がイリスの運命を変えられる人物であるから、ではないですか?」
クリセルはただ頷くのみである。
「あなたのジャッジメントアイは、その人の経歴や将来が見えると言っていましたが、それがそこまで正確なものには思えません。そんなことができてしまえば、人は神の領域に入ってしまいます。」
「あなたが見えるのは、その人の可能性の大きさ、そして『運命の人』ではないのですか?」
「イリスにとって、その運命の人が私だった、だから私とイリスが出会うまで泳がせておいた、違いますか?」
「あなたは昨日の夜、キュール鳥を使いました。噂で聞いたことがあるのですが、最高級のキュール鳥は指定した人物のにおいをかぎ分け、役目を終えた後にもその人物がどこにいるかを把握することができるとか…あなたはその機能を使うためにキュール鳥を放ったのではないですか?」
「以上が私の推論です、後半部分は証拠と呼べるものが何一つありません、戯言と同じです。」
確かに証拠はない、だがこれは当たっているような気がする。
アリエの勘は、ここ一番ではあたる。
良い方にも、悪い方にも。
「くくくっ、くははははっ!!!」
うつむき加減で聞いていたクリセルが急に笑い始める。
「いやはや、お見事です! あれだけのことで、ほぼ完ぺきな推理です!」
クリセルの眼光が鋭くなる。
獲物を狙っているような眼だ。
「これだけ知られてしまっては、さすがに見逃すわけにはいきません、さてどうしましょう…」
「あら、大商人ともあろうお方が、約束をたがえるのですか?」
「大商人だからですよ、商人の約束は破ってなんぼのものです、ばれなきゃ問題はありませんからねえ。」
「イリスの可能性はっ!手に入れたかったんじゃないんですかっ!」
「まあできれば欲しかったですが、無理なら仕方ありません、あきらめましょう。」
アリエの頬を冷汗が伝う。
このまま利用されているだけなのは癪だと思い推理を披露してみたのだが、どうやら失敗だったようだ。
ずっとおとなしくしていたイリスだったが、クリセルの変貌ぶりに驚きを隠せない様子だ。
アリエを守ろうと一歩前に出ているが、その足は震えている。
「無駄ですよ。私はアリエさんの言った通り、なかなか腕が立つんですよ。ギルドのランクでいえば、Aランクほどでしょうか。ゴブリンも倒せなかったあなたの相手ではありません。」
なんとかしてイリスだけでも逃がしたい、そう思うアリエであったが、現状勝機などほぼゼロに近かった。
クリセルだけならなんとか逃げ切れるかもしれない、しかし御者の男も来てしまえばその可能性はゼロになる。
そう思っていると、静かに動いていた馬車が止まった。
騒ぎを聞いて御者の男がこちらに向かっているのだろう。
「逃げようとは思わないことです、でなければ楽に終わらせてあげます。」




