娘の寝顔
「この話、私も聞いて大丈夫だったんですかね?」
クリセルが居場所のなさそうに尋ねてくる。
一応この馬車の主人はクリセルのはずではあるのだが。
しばらくはアリエとイリスだけがいる空間となっていた。
「かまいませんよ、普通の親子の会話ですから。」
さすがならず者の冒険者・商人たちに長い間、相対していただけのことはある、アリエの切り替えは極端に早い。
先ほどまでうっすらと涙を浮かべていた瞳が、一瞬でもと通りとなる。
イリスはまだ涙を浮かべているが、母をまねようと涙を手で拭う。
「それならよかった。」
気づくと、外は暗闇になっていた。
夜道は魔物の出現に気づきにくく、盗賊にとっても絶好の機会である。
宿に泊まろうにも、外に置いておいてはこの高級そうな馬車では盗賊に盗まれることは必至である。
よって、一晩中馬車の中で護衛をすることは必須である。
しかしギルド時代に何回も徹夜で働いていたため、アリエにとっては一回の徹夜はなんてことはない。
はずだったのだが、
「では、キュール鳥を放っておくので寝ましょうか。」
「キュール鳥!?」
「はは、そんなに珍しいものでもないでしょう。いまどき貴族ならみなさん持ってますよ。」
キュール鳥とは主人に対して敵意の持つものが100メートル範囲に入ってきたとき、鳴き声でその存在を主人に知らせる魔法道具である。
一見するとかなり便利そうなアイテムだが、使用できる時間は一体およそ10時間程度で、しかも驚くほど高い。
そんなに気軽に使えるものではないはずなのだが…
「そんなものを使わなくても私がずっと起きていれば十分でしょ?」
「そんなことをレディにさせるほど私は不届き者ではありませんよ、さあ寝ましょう。」
「それならありがたく、私も休ませていただきます。」
確かに最近、徹夜どころか深夜の作業も辛くなっていた。
決して歳のせいではない、断じてない。
イリスも、目をこすりながら必死に起きているが、かなり眠たそうだ。
それはそうだ、今日一日でいろんなことがあった。
話したくない過去の話もして、気がめいってしまったかもしれない。
「じゃあイリスもお言葉に甘えて寝ましょう。」
「いいんですか? 私ずっと朝まで起きてますよ?」
おそらくリッヂモンドの奴隷だった時にはずっと徹夜の見張りをさせられていたのだろう。
奴隷の役割といえばそうなのだが、子供にそんなことをさせるとは。
怒りがぶり返しそうだ。
「でも今日はもう疲れたでしょう、私がいるから大丈夫。」
「…ありがとうございます、では…」
やはり眠気が限界だったのだろう。
話し終わると同時に寝てしまった。
そしてその寝顔は、
とんでもなく可愛かった。
『え、ちょっと、こどもの寝顔って、こんなに、こ、これは』
「寝られないわ。」
優しい寝息。
小さく開いた口。
閉じた瞼。
どれをとっても可愛い。
こんなのが横にいたら、到底寝れるはずもない。
「ううん、お母さんー」
夢を見ているのか。
寝言を繰り返し言っている。
『でも、お母さんの夢は怖いものしかないっていってたような…』
今のイリスの顔は幸せそのものだ。
『そう、ようやくお母さんと折り合いがついたのね。』
きっと、今までは逃げていたのだろう。
無理もない、幼い子供のころから奴隷となり、いい思い出などほとんどなかったのだろう。
辛い現実は、夢にまで影響する。
アリエも、昔は書類の束に飲み込まれたり、部下に殺されたりする夢をよく見てきた。
だからこそわかる。
「お母さんー、だっこー」
寝返りを打ったイリスが、そのまま抱き着いてきた。
「え?、イリ、あ、その…」
顔は真っ赤どころではない。
「ははっ! あなたもそんな顔をするのですね!」
クリセルのことをすっかり忘れていた。
今までのことをすべて見られていた。
「しちゃいけませんか? もう、早く寝てください!」
「ではお言葉に甘えて、おやすみなさい。」
寝たか、寝たのだろうか。
いや、油断はならない。
なんせあの商人だ。
寝たふりをして、また恥ずかしい瞬間をみられたら、
次こそ、確実に、終わりだ。
でも、、、
「はあぁーー、可愛い…」
この可愛さの前には、そんなことを気にしていられない。
結局、徹夜になってしまうのでは?
そう思うアリエであった。
翌朝、朝日と同時に目覚める。
当然一番に起きた、と思っていたのだが…
「あ、おはようございます! よく寝られましたか?」
クリセルには負けていた。
「おはようございます、お早いのですね。」
「ええ、まあ、いろいろありまして…」
何か気まずそうにしている。
こういう時には、決まってよくないことがあるのだが…
「何があったか、もしよろしければ聞かせていただきたいのですが。」
「実はあの… 非常に申し上げにくいのですが…」
「ダーケルスから少女を誘拐した女性がグリンドに入ろうとしていると、ギルドの通知があったと連絡がありました




