遠い記憶
「おかあさーーん! こっちにも薬草いっぱいあるよーー!」
「はいはい、ちょっと待っててね。ここの全部とってから行くからね、」
ある晴れた日の山の中、二人の親子は薬草を採取していた。
母親のほうは30才、こどもは10才くらいだろう。
みなりはみすぼらしく、町にいる乞食と大差はない。
しかし、そんなことはどうでもいいだろう。
「おかあさーん、疲れたよぅ、おんぶしてよー…」
「だーめ、もう赤ちゃんじゃないんだから、自分で歩けるでしょ?」
「ぶーー、おかあさんのいじわるー。」
「手ならつないであげるわよ? ほらおいで!」
「しょうがないなぁ、手でがまんしてあげるよー」
「そんなこという子はおいてっちゃうわよ?」
「うそうそ、手つなご! おかあさんの手、あったかくて大好き!」
二人の会話には常に光がさしており、幸せもあふれていた。
そして、少女にはある特技があった。
「あっ! おかあさん! かくれて!」
「分かったわ!」
少女の目の先には、Fランクの魔物、ハウンドドッグがいた。
大人の男でも倒すのには骨が折れる相手だが、少女は動じない。
「これでもくらえーー!」
刹那、太い光の柱がハウンドドッグを突き抜ける。
ハウンドドッグは全身から血が噴き出し、吠えることもできぬまま息絶えた。
光の柱はそのあとも森の木々をなぎ倒し、数百メートルほど進んだところでようやく消えた。
「ふーー、これでよし!」
およそ5さいの女の子が放ったとは思えない、光属性の上位魔法”ホーリーカノン”。
ハウンドドッグにはオーバーキルにもほどがある。
「いつみてもすごいわねぇ、大丈夫だった?」
「あんなよわっちい魔物なら、簡単に倒せるよ! わたしがおかあさんを守ってあげる!!」
「あらあら頼もしいわ、じゃあもう手はつながなくてもいいかしらね。」
「なんでそうなるのーー!」
「冗談よ、ほらおいで」
「もーー、おかあさんのいじわるーー!」
少女は小さいころから魔法を使うことができた。
火属性や水属性の魔法も使えるが、特に得意だったのは光属性の魔法だった。
そして、それらすべてが無詠唱で発動できた。
唯一の欠点と言えば、制御ができないということだ。
薪に火をつけたくても、魔法を使うと薪が消し炭になってしまう。
洗濯の水が欲しくても、洪水のように延々と流れ続けてしまう。
しかしそれは、こと魔物との戦いには不要である。
強ければ強いほど、魔物を倒せる可能性も高くなる。
少女はそう思っていた。
あの時までは。
「おかあさーーん! はやくいこーよー!」
「そんなに急がないの、薬草は逃げないわよ?」
「だって~、はやくいきたいんだもん…」
「分かったから、さあ行きましょう。」
「うんっ!」
いつもと変わらぬ日常、そこに割り込んできたのは一匹の魔物だった。
見た目はハウンドドッグと大差はないが、スピードが桁違いだった。
少女はいつも通り母親を自分の背後に隠し、魔物に向けて魔法をはなつ。
しかし、まったく当たらない。
打てども打てども、そのすべてを見透かされたようによけられてしまう。
しかし少女はあきらめない。
どれだけかわされようと、同じ威力、いやそれ以上の魔法をはなち続ける。
そんな少女をあざ笑うかのように、魔物は咆哮する。
次の瞬間、少女の肩から血が噴き出していた。
少女には何が起こったのか、理解ができなかった。
魔物から攻撃を受けた、それを理解するには少女は幼すぎた。
普通のこどもなら泣き叫び、逃げ回っていただろう。
しかし、少女には守るべき人がいる。
自分の後ろでわたしの勝利を待ち望んでいる。
その想いが、少女に魔法をはなち続けさせた。
…あるいは、少女は魔物を恐れ、逃げ惑ったほうがよかったのかもしれない。
発狂し、我を忘れたまま魔物に食い尽くされたほうが幸せだったのかもしれない。
現実とは、醜くそしてむごたらしいものだ。
いたいけな少女には重すぎるほどの…
「もういいから!私がおとりになるから、あなたは逃げて!!」
「やだっ!!わたしがお母さんを守るの!」
「もう十分守ってもらった! 自分を大切にしなさいっ!」
「そんなこと言ったって… もうっ! どうすればいいのっ!」
瞬間、魔物は少女の視界から消えた。
「やった… 逃げ「「危ないっ!」」
少女には何が起きたが分からなかった。
自分はただ魔物が急に現れたから、思いっきり魔法を放っただけだ。
ようやく魔法は魔物に命中する。
魔物からは血しぶきが上がる。
青色と…赤色の血しぶきが。
青色は、言うまでもない魔物の血だ。
そして赤色は…自分の前にとっさに割り込んだものの血だ。
そのものは、魔法に貫かれると、弱弱しく地面に倒れこんだ。
それが自分の母親だと理解するのには、数刻もあれば十分だった。
少女は、倒れた母親のもとに駆け寄った、いや駆け寄ろうとした。
しかし、そのに駆け寄ったのは少女だけではなかった。
さきほど少女が魔法を命中させたはずの魔物はまだ生きていた。
胴を貫いたはずなのだが、すでに傷口はふさがっていた。
魔物は一心不乱に、倒れた獲物のはらわたに口を沈めている。
少女には、もう魔法をはなてるほどの勇気はなかった。
少女は逃げる、一目散に逃げる。
どこというあてはない、ただあの魔物から逃げるため、ひたすら走り続けた。
足の裏から血が滝のように流れてきても、崖から落ち腕を折っても、ひたすら走った。
そして、ようやく人里と思われる場所につき、力尽きた。
発見したものは、さぞ驚いたことだろう。
少女の怪我? そんなことにではない。
力尽き気絶をしていた、そのはずなのに、瞼から大粒の涙が流れ続けていたことに。
少女の名を、イリスといった。




