イリスの戦い方
馬車から降り、臨戦態勢に入る。
相手はゴブリン、囲まれてしまってはいるが数は一般的な群れの20匹ほどだ。
群れのリーダーである、ゴブリンキングらしき個体もいる。
ゴブリンキングのランクはDであり、この程度の群れであればアリエ一人でも対処できる。
しかし、ここではイリスの実力を見定める必要がある。
「イリス、用意はいい?」
「はい、いつでもいけます!」
少し緊張しているようだ、久しぶりの戦闘だからだろうか。
「じゃあ、後ろのは私が対処するから、その間にイリスは前方のやつらをやってちょうだい。」
アリエは後ろの安全確認をしつつ、イリスの戦闘を見守ることにした。
「りょうかいです!」
瞬間、一閃の光がその場を薙いだ。
その光はひたすらに細く、そして速かった。
そして、ゴブリンのすぐ横を抜けていった。
『あの時も思ったけど…』
イリスが魔術師と証明するために見せた光魔法。
あれは下位魔法の”シャイン”だったが、あのときも無詠唱だった。
通常、無詠唱で魔法を発動させるようになるためには相当の鍛錬が必要である。
詠唱とはイメージを具現化させるためのトリガーのような役目を果たしており、単なるイメージで魔法を発動させるのは、Aランクの冒険者でも難しいとされている。
それにも関わらず、イリスは無詠唱で魔法を発動させている。
『イリスが天才なの…? それとも別の…』
ゴブリンが二匹倒れた。
イリスの放った、光属性の中位魔法”ホーリーレーザー”にやられたのだろう。
しかし残ったゴブリン8匹が、イリスの目の前まで迫っている。
無詠唱だが命中率も低く、威力も小さい。
『もしかしたらイリスの緊張はそういうことだったのかも。』
アリエは、後方のゴブリンを蹴散らし終わり、イリスのほうに向きなおった。
”古より吹きすさぶ風よ。彼の方の刃となりて、今こそ敵を穿ち給え! ウィンドブレード!”
突如、何もない空間から不可視の刃が現れ、ゴブリンたちのはらわたを深くえぐる。
血しぶきと共に、ゴブリンたちは何の抵抗もできずに倒れていった。
ゴブリンキングはしぶとく立ち上がる。
そこに間合いを詰め、剣を抜く。
「やっぱり私に魔法の素質はないわね…」
その言葉を言い終わるころには、ゴブリンキングは地に伏していた。
全ての動きに無駄がなく、美しい身のこなしである。
目にもとまらぬ、というほどではない。
しかし、その剣筋は無駄がなく、分かっていても避けるのは難しい。
これが、かつてギルド嬢筆頭を勤め、Bランク冒険者と同等の強さを手に入れた者の戦い方だ。
「ありがとうございます! これでひとまず助かりました!」
馬車の中に隠れていた御者とクリセルが出てくる。
クリセルのほうはひょうひょうとしており、全く焦った様子などなかった。
イリスはというと…
「やっぱ私じゃあ…。」
今にも泣きそうな表情で下を向いている。
「イリス、一回馬車に戻ろうか。」
「なんで毎回毎回…。」
アリエの声が届いていない。
どうやらイリスは自分の世界に深く入っているようだ。
「イリスっ!!」
「は、はいっ!」
強引に現実へ連れ戻したが、なんの解決にもなっていない。
イリスの表情も暗いままだ。
「とりあえず馬車に戻ろう、ね?」
「…はい。」
景色が移り変わってゆく。
再び動き始めた馬車。
その中は、静寂に包まれていた。
さすがは大商人の馬車だけあって揺れの音も小さいが、今はかえって気まずさを増してしまっている。
イリスは相変わらず下を向いたままだ。
ゴブリンの討伐がうまくいかなかったからだろうか、いやもっと根深いところに問題がある気がする。
「イリス、ちょっといい?」
諭すようなその声は、普段のアリエの声とは似ても似つかぬ調子である。
「…はい。」
「少しお話をしましょ?」
「…はい。」
その場に重たい空気がのしかかる。
『この二人、私がいることを全く忘れているような気がしますが…。』
クリセルはソファの端っこのほうで肩身が狭い思いをしていた。
『ですが今だけは、口出しはしません。』
ジャッジメント・アイによって、イリスの過去をおぼろげながらも知った、いや、知ってしまった。
今は見守ることしかできない。
二人が真の親子となるために乗り越えなくてはならない壁。
イリスの過去…
そこに向かう二人を。




