護衛
『この二人はいったい何者なんでしょう? 親子ではないというのに親子以上の絆を感じる、ジャッジメント・アイでも読み取れないとは...』
真実を見抜くスキルでも、二人の関係は<他人>以上に出てこない。血のつながりもなければ、同じパーティーでもない。よほど何か大きなわけでもあるのだろう。
「まあ、仕方ないですね。私も強引には連れていきたくありませんし。」
「あら、商人ならなんでも力ずくで手に入れるのではなくて?」
商人は自分の欲しいものはどんな手を使ってでも手に入れたがる、町の商人と張り合っていたアリエは、痛いほどわかる。
「それは三流がやることです。まだ私自身一流とまでは呼べませんが、それくらいの分別は尽きます。」
アリエは平静を装っていたが、内心ではかなり追い詰められていた。いきなり、自分の大切なものを失いかけた。気の弱いイリスのことだ、強引に詰め寄られたら首を縦に振ってしまうに違いない。
『私が守ってあげないと…』
初めてアリエにできた、〈守るべきもの〉なのだから。
「あ、あの、私はお母さんと…」
イリスは相も変わらず、ずっと震えている。
先ほどの二人の鬼気迫るやり取りは、幼子には酷だったのだろう。
しかし、それも終わった。
「大丈夫ですよ、お嬢さん。もうあなたを連れて行ったりはしませんよ。」
優しくイリスの頭をなでるクリセルは、最初に出会った頃のひ弱な雰囲気に戻っていた。
一部始終を経験したアリエは悟った。
本物の一流の商人とは、皮をかぶって生活している。
人を油断させ、その懐に潜り込み、最高の瞬間に最高の一手をはなつ。
今までに相対していた商人など、所詮二流や三流だったのだ、最初からこちらに対し強気でいて、常に足元を見ようとしていたのだから。
『こんな能力が私にあるとはとても思えない…でもだからこそ、学ばなくてはいけない。』
将来のライバルとして。
「おーーい、アリエさん? 大丈夫ですかーー?」
思ったよりも長く考え込んでしまったようだ。
「あ、はい、なんですか?」
『いけない、今は仕事に集中しないと!』
「いえ、そろそろザクセン街道に入るので、モンスター討伐の用意をしていただこうかなと思いまして。」
ザクセン街道、ダーケルスを出てすぐにあるモンスターの出現が高確率で起こるポイントだ。
モンスターと言っても、ほとんどはゴブリンやスライムなどのFランクのモンスターだが、まれにフォレストウルフなどのCランクモンスターが現れ、注意が必要なポイントでもある。
また、モンスターのランクがそれほど高くないため、盗賊もよく現れる。
盗賊のほとんどは元冒険者で、中にはCランクに迫る強さのものもいる。
それへの対処も考えなくてはならない。
「分かりました、では少しイリスと作戦会議をしましょう。」
今回の護衛では、イリスの戦い方、そしてその強さを見ることができる。
リッジモンドの話ではCランクの冒険者と同じ強さを持つといっていたが…少し疑わしい。
イリスは子供だ。イリスのような年頃だと駆け出しの冒険者レベルで、モンスターの討伐などやっていないことが多い。
『だから本当は戦わせたくないんだけど…』
いくら低級と言えど、モンスターはモンスターだ。
スライム、ゴブリンと言えど侮ることはできない。
そして出現率は低いとはいえ、ザクセン街道にも出現するフォレストウルフは非常に危険な魔物だ。
俊敏なモンスターで移動速度はBランクのモンスターにも匹敵する。風魔法も操るなど遠距離攻撃も可能なため、ノーダメージで勝つことはかなり難しい。
新人冒険者なら、出会ったらすぐに逃げろ、と教わるモンスターである。
「いい? フォレストウルフを見つけたら、真っ先に私に報告して。そのあとで二人で協力して討伐するから。絶対に一人で戦おうとしないでね!」
「は、はい…分かりました…。」
あまりの迫力に、イリスは思わずたじろいでしまう。
アリエも、フォレストウルフには苦い思い出がいくつもある。若いころには、無茶して討伐に挑み、命からがら逃げかえったこともある。
希望に目を輝かせた新人冒険者も、何人も殺された。
アリエにとって、フォレストウルフは天敵のような存在だ。
「分かればいいわ。じゃあとりあえずゴブリンとかハウンドドッグとかが出てきたら迎撃をお願いね。」
ゴブリンもハウンドドッグもFランクのモンスターである。
Cランク冒険者には物足りない相手ではあるが、リッジモンドが嘘をついている可能性もある。
イリスの実力を見るにはちょうどいい。
「そういえば、カロ婆からぼろい杖もらってたわよね? あれ、今も持ってる?」
すっかり忘れていたが、あのカロ婆がタダで物を人にあげるなんてのはかなり怪しい。
「はい、服の中にしまってます。」
イリスが服の中から出した杖。
やはり、ボロボロで簡単に折れてしまいそうだ。
「…私にはただの腐りかけた木の枝にしか見えないんだけど…捨てちゃう?」
「いえ、なんかこの杖すごい丈夫で、ちょっと前に折れるか試してみたんですけど、全然折れなかったんです。」
『もうやってたんだ…。』
イリスは思ったよりも度胸があるらしい。
かなり意味ありげに渡していたのですごいもののようにも思えるのだが…。
「ま、まあ一回だけ使ってみて、様子を見ましょう。」
ガタンッッ!!
「ひゃあっ!」 「うわっと!」
急な衝撃に思わずよろける。これは、、、
「クリセル様、ゴブリンに囲まれました!!」
御者の叫び声が響いた。
「アリエさんっ!」
クリセルも、真剣な表情に変わった。
「はい、わかっています。」
やはり、出番が来たようだ。
「さあ行きましょう、イリス!」
「はい、お母さん!」
キューーン
「た、戦いの前はやめてっ!」
本当にお母さん呼びは慣れない、慣れる気がしない。
魔法的な何かがこの呼び方にかけられているんじゃないか、とも疑ってしまうほどだ。
「え、何をですか?」
そして、イリスは何も気にしていない。
「まあいいわ、さあお仕事よ!」




