商人との出会い
クリセルは臆病者なのか恥ずかしがりなのか、まるでこちらの目を見て話そうとしない。本当にこれで商人をやっていけるのかは甚だ疑問だが、今のアリエ達には関係ない。
「お二人は冒険者なんですよね? いや、疑うつもりはないんですが女性の親子で冒険者とは珍しいなあと思いまして。」
このおっさん、女子目当てだったのか... だとしたら、おばさんと子供、相当マニアックな趣味だが、、、
「だから雇われたのですか?」
「め、滅相もございません!! 私は、あなた方の目を見て雇わせていただきました。」
「目、ですか?」
「はい、目です!」
急にその場がはりつめた。いままでおどおどしていたクリセルの目が、海千山千の商人のそれへと変わったのだ。
「私は職業柄、相手の一切を見極めねばなりません。昨日何を食べたか、想い人は誰なのか、そして...この話に嘘はないのか。幼いころから親に教えられ修業はしていましたが、まさかこんなことが起こるとは…その力がスキルとなって表れたのです。」
急に饒舌かつ威圧感を放ちながら話し始めるクリセルに戸惑いながらも、問わなければならない、
「スキルですって?」
「はい、他者の目を見れば、その者の歩んできた道、そして歩むであろう道が見えるスキル、ジャッジメント・アイです。」
長年ギルドで働いてきたアリエでも、聞いたことのないスキルだった。
そもスキルとはあらゆる人に先天的ないしは後天的に身につくもので、ほとんどのものがその存在すら知らないまま終わりを迎えてしまう。魚釣りが上手になるといったようなしょぼいものから、魔法ダメージを増大させるといった強力なスキルもある。しかし、そのすべてはほぼランダムと言われており、訓練して身につくなど聞いたこともないが、、、
「そんなのどうやって身につけたのよ、訓練でスキルが身につくなんて話聞いたこともないけど。」
「うーーん、それもそうでしょうね、私も私以外にこのようにして身に着けた人は知りません。過酷な修行に対する神様からのご褒美だと思っております。」
いままでクリセルが商人と言われてもピンとこないアリエだったが、腑に落ちた。そんな能力があるなら誰だって大商人になれるだろう。しかし、、、
「私の目を見たって言ってたけど、私そんないいい目をしていたのかしら?」
クリセルは返答に迷いながらも、口を開いた。
「もちろん、あなたもいい目をお持ちです。あなたの目からは、かなりの苦労、そして努力が見えます。信用に足りるといって差し支えない、しかしながら…」
そういって、クリセルはアリエの後ろに隠れるように座っているイリスに向き直った。
「あなたの目は素晴らしい!!今までの人生は望まぬ形になってしまったようですが、あなたの未来からは多くの光が見えます!こんな目は見たことがない! 100年に一人の目と言っても過言ではないでしょう!そんなあなたの未来を、私もともに見ていきたいのです!もしよろしければわたしの店に来てはいただけませんか!?」
「あっ、えっと、その…。」
イリスは迷っている姿もかわいい、いやそうじゃなくて
「お断りします。」
その場の空気をすべて持っていくかのような冷え切った応え、アリエの口から発されたそれは、大商人クリセルと言えど、たじろいでしまうほどだった。
「えーーっと、私はイリスさんに聞いているのですが?」
「私はイリスの母親です、まず私を説得してからにしなさい。」
数秒間の沈黙の後、クリセルは重い口を開いた。
「本当はこんなこと言いたくはなかったのですが…あなたはイリスさんの本当の母親ではありませんよね? スキルを使わずとも、二人の距離感で分かります。」
クリセルは何とか自分に空気を持ってこようと必死だが、アリエはまるで動じる気配がない。
「本当の母親かどうか、それがどう関係しているのですか? 確かにイリスは私の本当の子供ではありません、ですが今のイリスのことを誰よりも理解しているのはこの私です。そんな私を飛び越えた交渉なんて無礼にもほどがある、そうは思いませんか。」
淡々と述べられた言葉、クリセルにとっては抜いていないはずの剣を向けられたような寒気さえしたが、
「私も…お母さんと一緒にいたい…です。」
イリスには、祝福の言葉のように聞こえた。
こんなにも私を想ってくれる人がいる、私のために怒ってくれる人がいる。また知らない幸福な感情を知ったイリスは、まだ見ぬ感情に思いをはせた。
この先は悲しいことだってたくさんあるだろうし、ときには絶望することもあるだろう。しかし、きっとそんなときでもアリエさん、いやお母さんは自分に寄り添ってくれるだろう。だって、、、
『お母さんも…誰よりも強い目を持ってるよ…きっと私なんかよりずっと…』
「あ、いまイリス私なんかって考えなかった?」
「え!? い、いやそんなことないで、ない…よ?」
もしかしてこの人もジャッジメント・アイを持っているのでは? そう考えるイリスだった。




