好きなようにやって何が悪い!わたしはわたしのやりたいことをやる!
「お前今日で、くびね。」
ギルド長、ロブレスから呼び出され、ギルド長室に来ていたアリエ・ロロットはわが耳を疑った。
「え・・・今なんと?」
「だーかーらー、くびだって言ってるの!」
突然のロブレスからの死刑宣告ともとれる発言で、アリエは思考停止してしまった。それから一呼吸おいて、
「なぜ、わたしがくびなんですか!」
そうだ、くびにされる理由が見当もつかない。アリエはギルド嬢では最古参である。だからといって、特別偉ぶったりはせず、ベテランなりの苦労を味わってきた。この間だって、新人のギルド嬢と冒険者が言い争っていたところを、間に立って冒険者に平謝りしてなんとかその場を乗り切った。そのような役目を負わされていることはつらかったが、それもギルドのためだと必死に働いてきた。それなのに・・・。
「ばれてないとでも思ってんの? お前が、あのパーティーと裏でつながってるのは分かってんだよ。」
「あのパーティーって・・・いったいなんのことですか!?」
「はっ、まだ白を切るつもりか? あのパーティーってのは、スカーレットメシアスカーレットメシアのことだっ!」
スカーレットメシア、この町、ダーケルスの冒険者ならだれでも知っているパーティーだ。
その実力は折り紙付きで、町で三つしかないSランクパーティーの一つ。
重戦士のルーク、魔導士のシェリア、狩人のジェラルドの三人がメンバーで、三人とも冒険者としては最上位ランクのSランクだ。
そして何より、スカーレットメシアは冒険者としてはめずらしく、慈善活動をよく行っている。
ギルドの依頼が終わればその足で貧民街へと向かい、炊き出しを行う。
貧しくて、ギルドに依頼が出せない人々には、格安で依頼を受けるなど、まさに正義の味方のようなパーティーなのだ。
Sランク冒険者ともなればその稼ぎもすさまじく、豪邸などをたてて、奴隷を何人も従えているものも少なくないが、彼らは小さな家で共同生活をしている。
そんなことも、スカーレットメシアの人気を押し上げている要因の一つだろう。
そして、アリエはスカーレットメシアのメンバーとはよく会話する仲だった。しかし、裏のつながりなど、まったく身に覚えがない。
「裏でつながってたって・・なんのことですか・・・。確かにスカーレットメシアの方々とはよくお話していましたが、ただそれだけですっ!! よくないことなんて何一つしていませんっ!!」
「おかしいとおもってたんだよなぁー、実力もないくせにSランクにまで登りつめたあいつらのこと。確かスカーレットメシアのSランク昇格を確認したのはアリエ・・・お前だろ。そのときに書類を偽装しちゃったんだよな?」
冒険者は個人・パーティーともにS~Fランクまで存在し、上のランクに昇格するためには決められたポイントを獲得する必要がある。
ポイントがたまったか確認するのはギルド嬢の仕事で、そのさいギルド嬢と結託して書類を偽造しランクアップするパーティーもごく一部だがいる。
しかしながら、アリエは書類の偽造などやったこともないし考えたこともない。
「確かにスカーレットメシアさんのランクアップを承認したのはわたしですが、偽造なんかしていませんっ!! 証拠でもあるんですかっ!?」
「はぁぁーーー、素直に認めてくれたら考えてやってもよかったんだが・・・まあいい、入れ。」
「はい、失礼します。」
ロブレスの声の後に入ってきた人物は、アリエもよく知る顔だった。
「あなたは・・・エマ・・・なぜあなたがここに?」
「おれが呼んだからだ。」
ロブレスの低い声が部屋中に響いた。
「それで、エマ。調査結果を報告しろ。」
「はい、スカーレットメシアの昇格時の書類をもう一度確認したところ、偽造された可能性があることが分かりました。そのあと、過去のアリエさんによるスカーレットメシアのポイントの確認の資料を一通り見てみましたが、ほかにも偽造された可能性が高い箇所が見つかりました。」
「そんな・・・なにかの間違いですっ!!」
「うるさいっ!!!」
ロブレスの声は空間を震わせるかのごとく響き、アリエは雰囲気に押され立ちすくんでしまった。
「エマ、下がっていいぞ。」
「はい、失礼しました。」
エマが部屋から出ていくとき、その口元が緩んでいたのを見て、アリエはすべてを悟った。
「なにはともあれ、これでおまえの悪行は明るみに出た。これでもまだ白を切るつもりか、ん?」
「それでも・・・わたしはそんな大それたことなんてやっていません・・・わたしはこれまでギルドのために一生懸命に働いてきました・・・どうか、もう一度調査しなおしてください!!」
「だめだ、分かったらとっととこの部屋から出ていけ。おれもひまではないからな。」
そういうとロブレスはアリエに背を向け、パイプを吸いながら大事にしているブロードソードの手入れをはじめてしまった。
こうなるとなにを言っても無駄なことはアリエもよく知っている。
『ほんとはひまなくせに・・・いっつもわたしにギルド長の仕事を押し付けているのはあなたじゃない!』
「あ、もちろんギルトの寮からもでていけよ。もうギルドの一員ではないからな。」
「分かりました・・・。」
アリエも予想しなかったわけではないが、これで今日帰る場所もなくなってしまった。部屋から出てどうしようかと悩んでいると、急にエマが目の前に現れた。
「エマ・・・あなた、なんであんなことを・・・。」
もはや、エマにはめられてギルドをやめさせられたことは明らかだが、せめて彼女がなぜ、でっち上げの調査報告をしたのかは聞いておきたかった。それに、彼女を説得できればもう一度正確な調査をしてくれるかもしれない、そう思って問い詰めると、
「なんでって、本当に身に覚えがないんですね・・・。」
「あなたは新人を指導する立場を利用して、上に取り入っていっつもおいしいところばかりもらっていたじゃないですかっ!! 高ランクパーティーとの取引はもちろん、ギルド長の補佐まで。いつになってもわたしは下っ端のまま、あなたがいる限りずっとそうですっ!!」
エマはアリエの二つ下にあたり、年齢的には新人指導を任されてもよいころである。
しかしながら、アリエがそつなくなんでもこなしてしまうこと、そしてエマが少しだけ気が弱く、自分からあまり意見を言わないということが災いし、彼女は今でも平扱いされていた。
もっとも、そんな彼女がこんなに不満を抱いていたことなど、アリエは全く気付かなかったのだが。
「だったらわたしに言ってくれれば・・・新人指導とかもさせてあげたのに・・・。」
「させてあげる、とかそういう上から目線のところも大っ嫌いです!! でも、これで今日からわたしがギルド嬢を仕切ることができます。やっと、長年の願望が叶いました! だから早くわたしの前から消えてください。」
これは説得は無理だ、と瞬時に理解したアリエはおとなしくその場を去ることにした。しかしその前に、
「こんなやり方でわたしの地位を奪ったって、むなしいだけじゃない? そんな覚悟でこの地位にしがみつこうとするなんて・・・いつまでたってもあなたは成長しないわね・・・。いつか後悔する日が来るわよ。」
「負け犬の遠吠えなんて聞きたくもありません。さっさと出てってください。わたしはギルド長のお手伝いをしなきゃいけないので。」
『なんで・・・・・そんなこというの・・・・・。』
声に出そうと思ったが、うまく声に出せない。心の中で小さく発されたその言葉は、泡のようにぷっつりと消えてしまった。
今までの人生でこうも大きな裏切りを体験したことがないアリエは、まだ頭が混乱しなにも考えることができていない。
それほどまでに、エマに裏切られたことがショックだったのだ。
アリエは幼い時に冒険者であった父を亡くし、母一人の手によって育てられてきた。
そんな母も病気で亡くし、18歳の時に天涯孤独の身となった。
翌年からギルドで働き始めたが、当時のギルドは荒れ放題でギルド嬢にもからんだり暴行を加える冒険者が非常に多く、決して人気な職業ではなかった。
そんな仕事でも、必死で働きギルド長に何度となく改革のお願いをして、昼夜問わず働き、やっとのことでギルドを落ち着いたものにし、ギルド嬢も人気の職業となった。
それもこれも、妹のようにかわいがっていたエマがいつも手伝ったり、励ましてくれたから乗り越えてこれたのだ。それだったのに・・・・・。
『これから、どうしていけばいいの・・・。貯金だってそんなにないし、この年でやれるしごとだってそんなにないだろうし・・・。』
アリエは今年で45歳になる。決して働けない歳ではないが、新しい職を探すには厳しいと言わざるを得ない。
『いっそのこと、誰もいないようなド田舎にでも行って死ぬまで静かにくらそうかな・・・いや、でも。』
田舎では、都市に比べて冒険者が少なく、騎士などもほとんどおらず、魔物に襲撃されることが往々にしてある。
アリエも、冒険者のために発行するクエストでよく田舎の魔物討伐があったことは知っているが、距離も遠いため、よほど報酬がよくなければ放置されることが多い。
冒険者が討伐に向かわず、野放しになったモンスターがどうなるかは想像に難くない。
『お母さん・・・どうしたらいいの・・・。』
ギルドで働いていた26年間は感傷に浸ることもなく必死に働き続けていたアリエだったが、それがなくなると急にむなしさ、そして母親への恋しさが浮かんでくる。
ふとその時、アリエは幼いころの母親との会話を思い出した。
「アリエは、大きくなったら将来何になりたいのー?」
「うーーんとねぇ、アリエはおおきくなったらアリエだけのおみせをつくりたいなあぁ! それもせかいでいちばんおおきなおみせ!」
「じゃあそのお店ができたら、ママはお客さんになろうかしら!」
「いいよーー! ママにはとくべつにやすくうってあげるねー!」
『世界一大きなお店か・・・そんなものできるわけないじゃない・・・。でも、どんなに小さくてもいいから自分の商店を持つっていうのはいいかもしれないわね。』
簡単に言っているが、それは無謀とも思える夢である。
商店を開店するには設備投資やら場所代やらで、とんでもない額が必要になる。
また、都市といえども商店はそれほど数がなく、小さな商店は大規模な商店との競争にやぶれてなくなっていくのがふつうである。
持てば終わりではないのだ。
『それでもわたしは・・・』
もはや同僚からの裏切りはなかったことのように、彼女の眼は輝いていた。
『どんなに無茶だろうが、だれかに裏切られようが、そんなことはどうだっていいっ!! わたしはわたしの信じたいことだけを信じる、そしてわたしはわたしのやりたいことをやるっ!!』
「アリエ・ロロットの人生の第二幕、スタートかしらね!」
心の中で言ったつもりの言葉は、口から漏れ出ていた。
彼女のことを一部始終見ていたものは、さぞいぶかしげに思ったことだろう。ものの10分ほどで彼女の表情は絶望から希望に満ち溢れた顔になったのだから。
しかし、もはや彼女には周りの目はほとんど気にならない。
さきほど、自由に生きていくと決めたのだから。
まさに唯我独尊、その言葉が今の彼女にはよく似合う。
そしてここから、45歳元ギルド嬢の夢は始まるのである。