悪女と不思議なノート
※注意※金目的で複数の男と関係を持つ女が主人公です。趣味を詰め込みました。
男なんてチョロいチョロい。
私はブランド物のバッグをぎゅっと握りしめて笑顔を作った。
「わあ! これ、すっごく欲しかったんだ。ありがとう」
「そ、そうなんだね。よかったよ、君に気に入ってもらって……」
このお医者さん、最近金払いが悪くなったきたから捨てちゃおっかな。
昨日会った外資系エリートの方がイケメンだし、背が高いし、乗り換えちゃお。
「でもぉ、最近ずっとお仕事忙しいって言って会ってくれないんだもん、寂しいよぉ」
「ご、ごめん。今度埋め合わせするから。どこがいい? スイーツバイキング行く?」
もう、こいつはいつもそればっか。女の子には甘いものだけ与えてればいいなんて思ってるんじゃないの?
「ごめん。もう、私、待ってるだけじゃつらいんだ。だから……もう別れよう」
「ちょ、ちょっと……! 急だよそんな……」
「さようなら」
男は私を追いかけてもこないで、立ち尽くしていた。
*********
「はー、やっぱ男は金持ってナンボだわ。それにイケメンだとなおよし」
「もー、桜ってばいっつもそればっか。たまには本気の恋してみたら?」
会社のトイレで化粧直しついでに同僚とだべる。
事務なんてメンドーなことやってらんない。テキトーにお茶ついで、テキトーに男に笑顔振りまいてりゃ、それでいいでしょ。
若くて、可愛くて、おっぱいが大きくて、自尊心を満たしてくれる相手なら、男はみんなコロッといっちゃう。
だから私はこの外見を最大限利用して生きると決めた。
男に擦り寄って貢がせて捨てる。そんなことを繰り返して今まで生きてきた。
この美貌が続く限りはこういう生き方を続けていたい。
「本気の恋とかめんどい。私はお金がもらえて、そこそこイケメンならオッケーって感じ。それでセックス上手かったらもう最高」
「あんたってさぁ、男からは理想の大和撫子って言われてるけど、中身はホントクズだよねぇ」
こういう性格だからか、同性からは嫌われまくっているけど、この子だけはこう言いながらもずっと付き合ってくれている。
「クズで結構。あ、また弁護士の男からLINEきた。しつこー」
今は三人の男と関係を持っている。あ、昨日医者と別れたから二人か。
エリートリーマンと弁護士だけじゃ足りないし、二人共セックス下手だからもうひとり欲しいなあ。
そういえばこの前本社から社長の息子がきたっけ。そいつ狙お。
グループ本社の社長の息子で、確か社会勉強のためにこっちにきたんだとか。
そいつがあと継いだら超玉の輿じゃん。うわ、本気で狙おうかな。
確か名前は……井上彰人。
顔もいいし、優しいし、仕事ができるし、女子にモテるんだよなぁ。背が低いのが玉に瑕だけど、それを無視できるくらい金を持っている。株とかで設けたりしてるのかな。
「じゃ、お先ー。あんたも、大概にしとかないといつか刺されるわよ」
友人は不吉なことを言って去っていった。いい加減仕事に戻らないとやばい。
「何あれ。落とし物?」
ポーチをしまおうとしたら、小さなノートを見つけた。メモ帳にしては大きいけれど、ノートにしたら小さい。色は黒くて、表紙も裏も何も書いていない。
中を開くと誰かのプロフィールが細かく書かれていた。
「これ、井上彰人の経歴じゃん」
経歴だけじゃない。趣味嗜好、スリーサイズや足のサイズ、体重、身長、血圧、特技、女性遍歴。彰人に関することは何でも書いてある。
うわ、何これストーカー? 気持ち悪。でもこれは……使えるかも。女の趣味も書いてあるし、この通りの女を演じればオチるってことじゃん。
「まずはここに書いてあることが本当か確かめてみよっと」
*********
「彰人さんって、スイーツ好きなんですか? よかったら一緒にスイーツバイキング行きませんか?」
確かこいつの好きなタイプは、自分を好きになってくれる娘。そんなの全人類って言ってるようなもんじゃん。
他にもあったなぁ……確か、お母さんに似ている娘。うわ、マザコンかよ。
でもー、条件いいからプラマイゼロ。
甘いものが好きで、本当はスイーツバイキングに行きたいけれど、男だから躊躇っている。ならこっちから誘ったらデートワンチャンじゃん。
「君は確か、総務部の子だよね。名前は……」
「東条桜です。セントリリィ女学園卒の」
男はこれを言うと大抵いい印象を持ってくれる。地元で有名なお嬢様学校に行ったのは私の最大の誇りだ。
このいかにもな名前も気に入っている。よく男から「生徒会長とか弓道部部長とかやってそう」と言われる。
私としては凛とした侍系お嬢様を演じてもよかったけれど、色々試しているうちに清楚系天然お嬢様キャラに落ち着いた。
男は天然と清楚に弱い。これ持論な。
ごくまれにギャル系がいいってやつもいるけど、童貞なら確実に清楚系お嬢様が好きだ。そしてやたらと白いセーターやらフリルをありがたがる。
ノートを見なくてもこいつは童貞じゃないってわかるけど、感じのいい人間はあまり嫌われない。とりあえずキャラを崩さず行くか。そしてある程度仲良くなったところで意外な一面を見せて、自分だけのものアピール。
男は他の人には見せない意外な一面を見せると、自分だけがこの子の素を知っているんだという優越感にひたる。私の印象は右肩上がりだ。
表面は頑張り屋のしっかり者に見せて、時々ドジをしたり、意外なものにビビったりしてみせると、男はもう落ちたも同然。
服装も気をつけなければいけない。なるだけ胸を強調しながらも、ビッチ感を出さないギリギリのラインを狙う。女に好かれるコーデや、私が好きなコーデは完全NGだ。なるべく女しか着られないようなふわふわきらきらしたものを着る。膝丈ぐらいのフレアスカートとか、パフスリーブのブラウスとか。色は春らしい淡色で。ピンク系ならなおよし。名前が桜だから、桜色を着ていると喜ばれる。
髪は色々いじるのもいいけれど、やりすぎると遊んでるように見られて敬遠されるから、黒髪ストレートロングにする。箱入り娘のお嬢様キャラがこのオタクくさい髪型を正当化する。
「どこでその情報を?」
「えへへ、実は彰人さんがコンビニスイーツ全制覇してるところ見てました」
彼はお昼休みに必ずコンビニに行く。理由は明白。昨今激戦を繰り広げているコンビニスイーツを漁夫の利で全て美味しく平らげるためだ。
毎日毎日飽きもせず、ある時は例のロールケーキ、またある時はスコーン、フィナンシェ、チュロス、極みプリン。
甘ければなんでもいいらしく、店舗も内容もバラバラだった。
……それに、あのノートにも大の甘党と書かれていたし。
「えっと……ホントにいいの?」
「も、もちろん、お代は私が払いますよ! 行きたいって言ったのは私ですし、私のわがままに付き合わせちゃうんですから。ああ、でも、なにか他に予定があるなら……諦めます」
「そんな、女の子にお金を払わせるつもりはないよ」
私は内心にやけるのを隠せず、柔らかい笑顔を振りまいた。
「ううん、大丈夫です! 私、ちゃんと貯金してるんですよ! お嬢様だから金銭感覚が狂ってるだろうって思われるんですけど、ひとり暮らしして、毎日ご飯を作っていたらだんだんわかるようになってきたんですから」
古今東西、男は家庭的な女が好きだ。しっかり者に見せかけて実はドジ。ドジに見せかけて実は家庭的。そんな二重のギャップを用意すれば、男に限らず人は好意を持ちやすい。
「いや、でも、それでも僕に払わせて。少しでも、君にいいところを見せたいからね」
それからトントン拍子にことが進み、ついにデートの約束を取り付けることができた。常に女がたかっているモテ男にしてはやけにあっさりだけど、これもあのノートのおかげだろう。あのノートに書かれていることは全て正しかった。話が弾んで距離も縮まったはずだ。
*********
スイーツバイキングでのデートは、はっきり言って大成功だった。彼は私に好印象を持ったはずだし、なにより相手の方から次を予約してきた。
「もし君さえよかったら、またこうして僕につきあってくれないかな。もちろん、スイーツバイキング以外でもね」
そんな風に言われたら、期待するしかないだろう。百戦錬磨の彼は一体どんなデートプランを立ててくれるのだろうか。
「楽しみだなぁ、次はどんなところに連れてってくれるんだろう」
そう、普通の女の子みたいなことを思ってしまうくらい、彼は完璧だった。
――このままいけば、本当に上手くいくかもしれない。本当に彼と結婚できるかもしれない。
あと少し。あと少しだよ。もうすぐ、助けられる。
待ってて、お母さん。
*********
彼とのお付き合いは万事上手くいった。彼は私に好印象を持ち続け、沢山貢いでくれた。
ある時はブランドもののバッグ。またある時は大きな宝石がついたネックレス。なぜか彼はブランド品や貴金属など、換金しやすいものばかりをくれた。
もの自体に執着がない私にはありがたいことこの上ない。
私がお嬢様だと信じているから、質のいいものばかりくれるのだろう。私はそう信じていた。
我が家のカツカツの家計も、これで少しは潤う。
お母さんの病院代を払うと、私の給料では間に合わない。男からの貢ぎものを売って、貯金する。
そうしたら、きっといつか、お母さんの病気を治してくれる医者を探せる。
セントリリィ女学園は特待生の制度がある。寄付金でどんな劣等生も入学させる一方、偏差値を上げるために優秀な生徒を無料で受け入れるのだ。特に優秀な生徒は、学園の寮や食事も全てタダになる。だから私はお嬢様学校に通ったのだ。
その事実を言わなければ男は私をお嬢様だと信じ込む。お嬢様の価値観に見合うように、貢ぎものも高級になっていく。
彰人は決して私には身体の関係を求めなかった。今まで接してきた男の中で唯一だ。
彼がそういう行為に嫌悪感を抱いている訳ではないことは、ノートを見ても明らかだったのに。
いや、ノートなんて見なくても、彼の噂がみんな浮ついている辺りからも察することができる。
本気……ということだろうか。今まで付き合ってきた……ううん、身体の関係になった女はみんな遊びで、私にだけは本気。そういうことなのだろうか。
ううーん、私自身、本気の恋の経験がないから、判断が難しい。そもそも、そんな余裕なんてなかったし、何よりこの外見から、遊び目的の男しか釣れなかった。
タレ目の童顔も、トランジスタグラマーと呼ばれる体型も、みんなスケベな妄想を掻き立てるのだ。
男はみんな、私にえっちな印象しか抱かない。だから、それを利用してお金を稼いできた。
……本当に、このまま騙していても、いいのだろうか。
本気で私を好きになってくれているのなら、私も本気になるべきじゃないのか。
私の本当の姿のことを、正直に言う? そんなことをして、嫌われるのは当然だ。それを怖いと思うほどには、私は彼のことを好きになっていた。
お金なんてどうでもいいとは言えないけれど、それでも渇いた心は愛を望んでいた。馬鹿みたい。今まで散々男を食いものにしてきた私に、そんな資格なんてある訳ないのに。
利用し、利用される。それが私に与えられた罰なら、甘んじて受ける。私が相手を財布としてしか見ていないから、相手からも身体だけ求められる。
それで、いいんだ。
それが、いいんだ。
なのに……おかしいな。寂しい。
彰人だけは、そうであって欲しくない。罪深い、私のワガママ。
「彰人さんは、私と……その、えっちなこと、したくないんですか……?」
ある日、堪えられなくなって、きいてしまった。下品な女だと、失望されただろうか。
彰人は少しだけ目を見開いてから、ごめんねと呟いた。
「君にそんなことを言わせて、彼氏失格だよね。でもね、嫌われるかもしれないけれど、これだけは言わせて欲しい。僕は君に、そういう目を向けるつもりはないよ。もし君が、それを望んだとしたら話は別だけど、嫌がる君に、それを強要することはない」
言外に、身体には興味がないと言われた気分だ。おかしいな、今まではこれで上手くいっていたはずなのに。
そんなに、魅力がないのだろうか。
彼はどんな女の子が好きなんだろう。彼の望む女の子になりたい。彼にもっと好かれたい。
まるで恋する女の子みたいに、そう思った。
いや、まるで……じゃない。私はもう、恋する女の子なんだ。どうしようもないくらい、彼に心を寄せているんだ。
好きになっちゃ駄目なのに……。
好きになる資格なんてないのに……。
「……え……と……」
私は言葉を失った。可愛くて魅力的な女の子になりきるのは得意なのに、全ての仮面を剥がしたら、下に何も残らない。なんてつまらなくて、中身のない女なんだろう。
「――でも、キスはしたい。今の君はとても魅力的だ」
彰人の部屋。ふたりきり。
キスを拒む理由はない。
今までの男はこんな風じゃなかった。
こんな時、どうすればいいかわからない。何を言えばいいかわからない。
チュッと、軽く触れるだけのキス。
もっとして欲しいなんて、浅ましい。
「……欲しい。彰人さんが、欲しい。いっぱい、いっぱい、好きって言って。愛して。抱きしめて。そして……抱いて欲しい。気持ちよくして欲しい」
口からポロポロ零れる本音。
愛が何かを知らず求める。
顔が熱くて、心臓は痛いぐらい鳴っている。
どうか背を向けないで。嫌わないで。
例え私に、それを言う資格がなかったとしても。
「――いいよ。君を抱いてきた男達がしなかったことを、君にしてあげる。ただし、ひとつだけ……いや、何個か、条件がある」
これ以上ないくらい、背筋に寒いものが走る。彼も、今までの男と同じになってしまうのだろうか。
今はもう、複数の男と同時に関係を持ったりなんかしていないけれど、それを強く咎められるのだろうか。
最悪の事態が頭をよぎる。
「君のお母さんの手術を……僕の弟に任せて欲しい。それから、僕の唯一の大切な人になって欲しい。……結婚、してくれますか?」
「なん……で、それを……」
彼ほどの人物なら、付き合う女の素性くらい、簡単に調べられるだろう。
でも、今までの女性経験の多さから、いちいちそんなことをしていないだろうと高を括っていた。
「僕はね、君が思うほど軽薄な人間じゃないよ。それに、女の子を軽く扱う男でもない。今まで色んな女の子に手を出した悪い男だと誤解されているけれど、それはあくまで噂だ。女の子を手酷くフれないから、僕のそばにいる女の子全てに手を出したんだと誤解されているんだよ」
つまり、彼にアタックした女の子にノーを一度も言わなかったことが、全てにイエスを返したと間違って伝わったということか。
女性慣れしているのは、家庭環境の問題らしい。
それでも一応童貞じゃないらしく、程々には経験があるらしい。ただ、全ての女を食いものにしているという噂は嘘だと。
「僕はきっとこのまま社長になるだろう。ある程度歳を重ねたらグループのトップを任されるかもしれない。それは弟に自由を与えるために父親と交わした約束があるから変えられないけれど、その代わり恋する人の制限はしないでくれと頼んだ」
……つまり、私のことを知った上で、社長夫人になれと、彼はそう言っているのか。
「今まで、自分を殺してよく頑張ったね。綺麗事を言うつもりはないけれど、それでも僕は、偽りで何重にも塗りつぶされた君が好きだ。例え君が、お金欲しさに身体を売っていたとしても、それでも構わない。僕は本気で君に恋焦がれている」
過呼吸になった私を、彰人はそっと支えてくれた。口を塞いで、驚きで私を落ち着かせた。
「考えてくれるかな。お金なら、僕が出せるだけ出そう。お母さんのことは気にしなくていいし、君にも何でも好きなものを買ってあげる。だから……そろそろ僕を見て欲しい。本気の僕を、見て欲しい」
ああ神様。こんなこと、本当にあっていいのだろうか。今まで騙してきた私が、今度は騙される番だと言うのだろうか。
そのあと、お母さんが病院を移ったと聞いた。その病院の名前に見覚えがあって、彰人の言葉が現実だと知った。
*********
お母さんは、井上姓の若い医者に救われた。弟の自由って、こういうことだったのか。
お母さんの無事がわかると、彰人は婚姻届を差し出した。私の姓も、井上になった。
彼の言う約束が、全て果たされた。
あとは……私が彼に身体を差し出すだけ。
今まで散々やってきたことなのに、どれが正解かわからない。
恋に恋する女の子みたいに、酔って溺れて、何もかもわからなくなる。
純白のドレスを脱いで、丹念に身体を洗っている間、不安に襲われた。
失望されないか、この身体は汚れている。
でも……そんな私を見た彼の第一声は意外な言葉だった。
「――綺麗だ」
「なん……で……?」
「普通ね、初夜に自分のお嫁さんに感じるのはみんな同じことだと思うんだ」
ここまで、彰人と一度も身体の関係にならなかった。交際は長かったけれど清い関係だった。
私は何度も誘ったけれど、彰人はやんわり断っていた。私に魅力がないのかとショックを受けたけれど、彰人は否定した。
「君はとても魅力的で、僕は自分の気持ちを抑えるのに苦労したよ。そんな僕の気も知らないで君はあの手この手で可愛く誘惑してくるんだから、とんだ困ったちゃんだ」
「だってそれは……!」
嫌われると思った。今まで男は私の身体にしか興味がなかったから。内面なんて見ようとしなかったから。
それはわざと隠していた私のせいでもあるんだけれど、それでも無意識の内に男はみんな身体目当てだと信じ込んでいた。
彰人は……違うの?
「僕はもっともっと君を知りたい。僕の全てはもう君に教えたつもりだけど、君のことはいくら調べても満足できないんだ。だから、教えて、君の口から」
「全てを……教えた……?」
「あれ? 気づかなかった? 僕のプロフィールをわざわざノートに書いて渡したでしょ?」
あれは……彰人がわざと置いたものだったのか。
なんでそんなことを……?
そこまで考えて気づく。もしかして彰人は最初からこうなるつもりで?
「あれ、自分で書いたの?」
「うん。最初に君の噂を聞いた時から、ずっと気になってた。だから君のことを沢山調べて、君が隠し事をしていることも知った。その上で、どうやったら君と仲良くなれるか考えて、ああいう行動に出た。きっと君は、男から言い寄られても本気にしてくれないだろうから」
たしかに、私は男をなめていたかもしれない。軽い男か緩い男しか私に話しかけてこないんだと、信じ込んでいた。
だから、私から話しかけた。その方が自分が優位に立てる気がして。
でも怖がっていただけだった。怯えていたんだ。男という存在に。
何をしてくるかわからない、自分よりも力の強い存在に。
「君から話しかけてもらえるなら、きっかけは何でもよかった。あのノートを君が拾って、届けてくれるだけでもよかった。でも、どうやら僕の立場が有利に働いたみたいで、君は僕のことをターゲットとして見てくれた」
それでよかったのだろうか。本気で好きになったのなら、金づるとしてではなく、ひとりの男として見て欲しいとは思わなかったのだろうか。
「でも私……噂通りの悪女で……」
「悪女で結構。僕はそんな君だから好きになったんだよ。本当の目的を知って少し驚いたけれど、それでもやっぱり君が好きだった。男を惑わす魔性の女。そんな君だから、僕は本気で好きになれたんだ」
……なんで、わかってて好きになるんだろう。普通、私みたいな女は男女問わず嫌われて当たり前なのに。
ゲテモノ食いにも程がある。
……いや、この身体が目当てだったのだろうか。この大きすぎる胸が、小さすぎる身長が、幼すぎる容姿が、彼のタイプだったのだろうか。
事実、そういう男は多い。
いわゆる“ロリ巨乳”というやつだ。
男は大きいおっぱいも、小さい女の子も、言いなりになってくれる女の子も大好きだ。
「……その目は疑っているな。あのね、僕は今まで色んな女の子を見てきたけれど、だからこそ、君みたいな子にはなんというか……安心するんだ。もっと沢山、我儘言って。欲しいもの、教えてよ。僕が全部、叶えてあげる」
昔付き合った人の中に、人の顔色を伺いすぎて壊れてしまった人がいたらしい。それ以来、女の子の言う大丈夫とか平気という言葉は信用しなくなったと。
だからって、なんで悪女好きに……。
「僕が叶えられる範囲でなら、できるだけ沢山、女の子には幸せなって欲しい。子供の頃、僕のために命を犠牲にしたお母さんを見て、二度と女の子に苦労はさせないと誓ったんだ」
そして……と彼は続けた。
「お母さんを守るために自分を犠牲にする君を見て、ますます放っておけなくなった。君も、君のお母さんも助けたいと思った。これが僕の答え」
ノートには書いていなかった真実。きっと彼は嘘を言っていない。このタイミングで嘘をつくメリットは沢山あるけれど、それでもそう思えた。惚れた弱みかな。
「……これでもまだ不満?」
「彰人さんに……不満なんてある訳ないじゃないですか……恩人なんですから」
彰人は私の唇をつまんでムッとした。
「そのさぁ、彰人さんっての、やめない? あと敬語も。僕は恩人になんてなったつもりはないから、対等でいさせて」
今までは何も言われなかったのにそう言うのは、やっぱり結婚したからだろうか。
男女の距離感ってのは、どれが正解かわからない。
「じゃ、じゃあ、彰人」
「ん? なぁに?」
彰人は心底嬉しそうに聞き返した。
「そろそろ……気持ちいいこと……したいなぁ」
彰人はカッと目を見開いて、それから乱暴に私をベッドに縫いつけた。
「そういう可愛いことは……僕以外の人には二度と言わないで……。いいや、僕にも。君にそんなことを言われたら、最後まで冷静でいられる自信がない」
冷静でなんてなくていいのに。
この色男は知らないんだ。女がどれだけ惚れた男の獣の姿を見たがっているかなんて。
私がそう耳打ちすると、彼はいよいよ理性をなくし、噛み付くように覆いかぶさってきた。