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霞む朝陽の、その向こう  作者: 叶生 寧愛
2.二〇〇七年七月二七日(金)──B
6/7

第五話「甘くない現実」

(夜月……)

 こちらに背を向けゆっくり遠ざかっていく彼女の後ろ姿に、息が詰まりそうになる。できれば、すぐにでも追いついてこの腕で抱きしめてやりたいくらいだ。

 しかし今日の日付も判明しないうちは迂闊うかつに手出しはできない。何より、この世界においては夜月とは兄妹でなくただの他人だ。変に接触でもしようものなら通報でもなんでもされて二度と近づくことなどかなわなくなってしまうかもしれない。

 だから今は、じっとこらえる。最悪今日が、夜月の誕生日────七月二七日でさえなければいい。

 そしてここからは、靴もない状態で自由な行動もできない以上その日でないこと前提で動くしかない。さしずめ今日は、こうしてただ遠くから様子を見るだけの日だ。

 周囲に人がいないことを確認すると、電柱の影から半分顔をのぞかせてみる。夜月は中学校の制服を着ていて、持っているのはセカンドバッグひとつだけ。学校へ向かっているのはわかるが、授業か終業式か、はたまた部活のためかは、わからない。ただ辺りに気を配りながら、彼女が見えなくなるまでしばらくそのままこそこそと見守り続ける。

 夜月。その身体が小さく見えるのは、自分だけ彼女を置いて成長したからか。

 あんなことさえなければ、二人で健康に育って、普通の兄妹として暮らせていたはずなのに。ただそれだけでよかったのに。

 生きていれば、夏で十八歳になる高校三年生だった。ちょうど進路について深く考え始める時期だろう。

 普通の高校生のようにそういうことで悩む未来も奪われてしまった。それは事件の犯人だけでなく、周りの大人や、自分にも非があるだろう。本当に大事なら、何かと物騒ぶっそうな世の中で彼女をひとりになど決してしてはいけなかったはずだからだ。

 胸のどこかで、この罪を少しでも軽くしたい自分がいるのかもしれない。それでも今はただ、夜月の死を回避したい。彼女を助けたい。

 約束のことは正直、二の次でいい。()()()()()()()()()()()()()()()、というのが本当なら、むしろそれでより多くの夜月を救える可能性だってある。

 朝陽は歩きだす。ひとまずは日没にちぼつまで身を潜めたい。目指すのは人目につかなそうな場所だ。

 捕まりさえしなければ、夜月と接触できる可能性は十二分に確保できるだろう。

 冷えたアスファルトの上をひたひたと歩き続ける。裸足はだし砂利じゃりが食い込むが、気にしない。

 自慢の視力で遠方にも注意しながら、朝陽は探索たんさくを続けた。



 xxx



(どうしてこんなことになってんだよ……)

 土管から顔を覗かせ、百メートル以上向こうの時計を確認してみる。現在時刻は、午後五時を回ろうとしていた。

 そのまま視線を真正面へと落としていく。距離こそ離れているが、よく見える。

 遊具ではしゃぎ回る子供たち。そしてそれを見守る────夜月。なぜだか、彼女もその中にいた。

「……」

 大量の無垢むくな感情が視界を埋め尽くす。頭が重い。鼓動こどうは加速し、不穏ふおんな汗がひたいからにじみ出てくる。

 朝陽は一旦顔を引っ込め、丸みを帯びた壁に背をもたれかける。風通りがよく真夏でも涼しいこの土管の中では、能力を酷使こくしした後でも回復は早い。

 一体なぜこんなことになっているのか。


 あれから朝陽がこの場所を見つけるのに、さほど時間はかからなかった。せいぜい一時間か、二時間と言ったところだろう。

 それからは今の今まで、身動きを取らずにいた。しばらくしたらやたら外が無邪気むじゃきに騒がしくなり始めたため様子を見てみれば、まさか夜月がそこにいるとは。都合がいいのか悪いのか。

 そして彼女の周りで各々おのおのたわむれている子供たちは、何やら年齢にばらつきがあるようで、小学校高学年くらいの子供もいれば、明らかな幼稚園児までいる。確か、あの事件の夜月以外の三人は皆、養育院に預けられていた子供だと聞いたことがある。まさかとは思うが、彼らも同じように、複雑な家庭事情によりここにいるのだろうか。

「ん?」

 更に観察していると、夜月が男と話しているのが見えた。大学生くらいでさわやかな雰囲気ふんいきの青年だ。なんだか、胸がむかむかする。

「あいつ……男の話なんて聞いたことなかったぞ、いつの間にあんな……」

 なんだか悔しくて、とても見ていられなくなってしまう。殺風景さっぷうけいな向かいの壁に視線を移すと、大きなため息をついた。

 見えはしても会話は聞こえない。それがとてつもなくもどかしい。

 本当ならそこに出ていって混ぜてもらいたいくらいだ。だがここはぐっと堪える。

 なんにせよ今は、夜月から目を離したくない。元気に動く彼女の姿を見ていたいというのも多少はあるが、あわよくば誘拐犯が接触してくるかもしれない。少しでも怪しい人物の目星がつけられたなら、上等だろう。

 両手で挟み込むように頬を叩き、「よし」と気合いを入れる。手を前につき、外側へのめり込みながら半分顔を覗かせた。

(……あ?)

 しかしどれだけ見渡しても、夜月の姿が見つからない。この一瞬のうちに、まさか。そんなことが頭をよぎる。

 ゆっくりと体勢を戻しながら、冷静に考える。まだ空は明るい。それにこれだけ人の目も多ければ、大胆な行動はできないはずだ。もしかしたら、家に帰ったのかもしれない。

「いや、まさか……」

 帰路きろにつく瞬間こそ、ひとりになる。考えれば考えるほど、様々な可能性が頭の中を駆け回る。

 それならどちらにせよ、まださほど遠くへ行っていないはずの彼女を探しに行くべきか。実際動くならば、ちょうど夜月が姿を消したこの瞬間しかない、そんな気もする。


 だが結果的に、これらの危惧きぐは全て杞憂きゆうに終わることになる。

「気づかれていないとでも思ってました? ()()()()()

「え」

 懐かしく甲高かんだかい声に呼びかけられ、土管の口に小柄な少女が立ち塞がっていることに気がつく。

 朝陽は思い出す。夜月は、かくれんぼが得意だった。特に鬼役なら、誰にも負けないと思うほど。

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