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霞む朝陽の、その向こう  作者: 叶生 寧愛
1.都市伝説
2/7

第一話「残り続けるもの」

 明日野あすの朝陽あさひは、幼い頃から人の感情が視覚化される能力を持つ。

 正確には、肉眼で他人の姿をとらえた時────手書きの文字や絵を見た時にも該当がいとうするが、今回はおいておこう────その人物がどんな感情を抱いているのかが視覚情報として網膜もうまくを通して直接脳に流れ込んでくる。

 それは視界に入った全ての人間が対象になり、何人であろうと関係ない。


 一言に「える」と言っても、どのような形で表れるのか。それは本人にしか知り得ない。

 ただひとつ確かなことは、「共感覚」とも呼ばれるこのたぐいの能力は脳にただならぬ負担をかけ、激しい疲労をもたらすということだ。

 朝陽自身、それは身をもって理解している。

 何より怒りや悲しみ、ねたみやそねみといった負の感情を見ることも多く、それは決して目に入れていていい気分がするものではない。


 そんな事情もあって、このような能力を持つ者は大抵が眼鏡を所持している。

 視力が悪いわけでもない。そもそも眼を使う能力ゆえなのか、視力検査では決まって両眼A判定だ。

 それでも常に眼鏡は離せない。支障ししょうのない日常生活を送るためには必要不可欠なアイテムだ。


 だが朝陽は時々眼鏡を外し、街を見渡してみる。そしてそのたびに同じことを考える。この世界はうわつらだ、と。

 笑顔の裏には大抵がそれとは程遠い感情を有しており、都合によっては涙を流したり目の前の相手に同調したりしている。

 朝陽が周囲に心を開かず、他人とのコミュニケーションを好まない理由のひとつがそれだ。声をかけられれば適当に機嫌きげんをとってあしらえばいいし、その時にどう対応をすれば相手の気にさわらないかも文字通り眼に視える。


 人との関係は最低限に保ち、意義のない会話は極力きょくりょくける。

 表面的な信頼関係などなくても人並みの世渡りは可能である。

 そんなことを考えながら、朝陽は今日こんにちもまた、世界との間に透明の壁をへだてるのだ。


 xxx


 ────パラレル・ワールドに行く方法があるらしい。

 そんなうわさを聞いたのは、九年ぶりにばったり再会した旧友との話の中でだった。


 彼女の名は星海ほしみ癒鞠いまりかろうじて肩まで達しない程度の黒髪で、前髪をほんのひと握りい上げている。服装は清潔せいけつに整っていて、柔らかい印象を与えられる。

 朝陽が小学五年へと上がった頃に両親が他界し、妹と共に祖母の住む遠い街へと引っ越してから疎遠そえんになっていたが、それ以前までは彼女とは毎日一緒に下校したり遊んだりするほどの仲だった。

 当時自宅が隣同士であったというのもあるのだが、それを差し引いても朝陽にとっては珍しい、心を開ける相手だった。


 さて、朝陽は喫茶店きっさてん内のひとすみにて、向かいに座る彼女の話に耳を傾けていた。

「結局、誰にでもやり直したい過去はあるものよね。胸中きょうちゅうわだかまり続ける後悔に惑って、苦しんで。噛み殺しながら、今を生きてる。

 ならもし、本当にやり直せるとしたら……あなたはどうする? 朝陽」

 そんな風にふとかれると、沈黙ちんもくが訪れる。しかし朝陽が口を開くのに、さほど時間はかからなかった。

「そんなの……やり直すに決まってるだろ。でも世の中、都合よくできちゃいない。過去が変えられるなら、初めからあんな事件、起こってるはずがないんだよ」

 五年前、夏。通称・女児連続誘拐殺人事件によって、四人の少女の命が奪われた。被害者の中には、朝陽の妹────明日野夜月よづきも含まれていた。

 当時の状況から事件は同一犯によるものと結論づけられたが、以降これといった手がかりもなく解決には至らなかった。

「パラレル・ワールドか……それでまたあいつの元気な姿が見られるもんなら、行ってみたい気持ちはあるがな」

 口元をゆがませ、自嘲じちょう気味に朝陽はそう続けた。

 そんな様子を見せる彼に申し訳なく思いながら、癒鞠は再び開口する。

「やっぱり……興味あるのね、パラレル・ワールドのこと。……夜月ちゃんのことは、本当に、悔やまれることだと思う。

 朝陽……あなたが心から望むなら、あたしの知る限りのことは教えてもいいわ。でも頭に入れておいてほしい。知ってしまえば後戻りは出来なくなるかもしれないし、何より────この現実を変えることは、いかなる力をもってしても不可能なのよ」

 重く響く彼女の言葉に一瞬、息を呑む。しかしおもむろに窓から差し込まれてきた夕陽に気がつくと、そちらを見上げ、ひとつ嘆息をすると朝陽はまた話し始めた。

「一番星」

「え?」

よい明星みょうじょうだよ。学校で習っただろ? 恒常こうじょう的に観測できる天体の中でも、太陽や月を除けば地球ここからは一番光って見えるんだとよ」

 それでも、と続ける。

「結局あの金星や向こうの月も、太陽がなけりゃ輝けないんだよ。自分じゃ光を放つことすらできない。まるで、俺と夜月みたいだ。

 いつだって俺の心を晴らしてくれたのは、あいつの輝きだった。それをうしなってからはずっと、霧がかかったようにどす黒いものがとどこおってる。俺ひとりじゃどうしようもないものだ」

 思わずこぼれてしまいそうになる涙をこらえながら、朝陽は再び癒鞠に向き合うと、何か決心したように申し出た。

「一度約束を守れなかった俺に、その権利はないかもしれない。それでも、果たすべきなんだ。そうでなけりゃ、納得できない。たとえこの現実が変わらないとしても、あの日をやり直せるのなら、俺はなんだってする。

 なあ────癒鞠。その話、詳しく聞かせてくれないか?」

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