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霞む朝陽の、その向こう  作者: 叶生 寧愛
0.二〇〇七年七月二七日(金)──A
1/7

プロローグ「五年前」

 夏休み前日の昼は、どうも騒がしい。学校が早く終わって、多くの生徒がさっさと帰り始めるからだ。

 もちろんほとんどが大勢で固まって歩くし、休み中はどう過ごそうかなどという談笑だんしょうもあちらこちらで飛び交っている。

 眼鏡のレンズ越しでも痛いほどに降りかかってくるしに眼を閉じかけながら黙々もくもくを進めるこの少年のように、ただひとりで長い帰り道をやり過ごす人間など、中学校ではなかなか見られないだろう。

 しかしそんな中、背後の喧騒けんそうをかき分けて甲高かんだかい声が少年を呼んだ。

「お兄ちゃーん! 待って待って、一緒に帰ろうよ」

 妹だ。きらびやかな紺色のツインテールを揺らしながら駆けてくる。当然、すぐに追いつかれた。

「ひどいよ、先に行くなんて。今日は部活がないから一緒に帰ろうって、朝言ったじゃん」

「他学年の昇降口で待ってると視線が痛いんだよ。ただでさえひとりなんだし。ていうかお前は別に友達と帰ればいいだろ」

「だめだよ、一緒に帰れる時は一緒に帰らなきゃ。校長先生も言ってたじゃない? できる限りひとりになるなってさ」

「そうだっけ」

 咄嗟とっさにそんな反応をしてしまったが、その通りだった。

 そもそも集会の場では大勢の教師たちの目が眠気をさまたげ、嫌でも校長の長話は耳に入ってくる。

 おかげでその内容はしっかり覚えているものだ。


 ちなみに今回の談義だんぎおおむねは、こういうものだった。


 長期休暇に浮かれてハメを外さず、事故や事件には敏感びんかんになること。


 実際に未成年者に関係する事件の類は近年増加傾向けいこうにある。

 更に言えば、ここ日本国ではおよそ四人に一人の確率で近代科学では解明出来ていない不思議な能力や体質を持つ者が存在する。

 それは他国のものと比べて大半が脅威きょういではないが、昨今さっこんの未解決事件の多くはこの能力者により引き起こされたものとされている────。

 とまあ、あたかも犯罪者=能力者とでも言うかのように片付けられていることが多いが、所詮しょせんどれだけ専門家が考察をしても、未解決事件は真相が分からないから未解決であるというものだ。要するに、特異能力の有無うむ関係なく犯罪者の思想を持つ者はどこにでも潜んでいるため、考えて生活をするように、と言うのがこの話の趣旨しゅしであろう。


 さて、少年は隣を歩く妹の面白くもないそんな話のおさらいを聞き流しながら、足元から伸びる短い影に眼を落としていた。

 どうにかして話題を変えたいものだが……顔面を陽に焼かれながら、ぼうっと思いを巡らせる。


 ────と。そうだ。

「なあ。お前、ちょうど来週誕生日だったよな。特別にひとつだけ言うこと聞いてやるから、考えといてくれよ」

 高い買い物はなしな、とこっそり付け加えると、少年は耳をかたむける。

「うわ、出た。一番困るやつかぁ、そうだなぁ……海、遊園地、お祭りに、映画や水族館……うーん、悩むなぁ」

「今決めるのかよ」

「だって、忘れちゃいそうなんだもん。今考えとかないとさぁ」

「はあ」

 空を仰ぎうーむ、とうなりながら長考する彼女を横目で見る。

 直後、何かひらめいた様子で彼女は少し先を行き、こちらを振り返ると、満面の笑みで応えた。

「星! 星を観に行きたい! 見晴らしのいい丘に登ってさ、こーんなに広がった星空、一緒に観に行こうよ!」

 幼気いたいけに鼻歌を鳴らしながら再び歩き始めた彼女の小さな背中を見つめながら、少年はしばしその場で立ちすくむ。

 慌てて追いつくと、また話を切り出した。

「いいのか、そんなことで。もっとゆっくり考えてもいいんだぞ」

「ううん、もう決めたよ。お兄ちゃんと一緒ならどこに行ったって私は楽しいからね。それで思い出したんだ。お兄ちゃん、星に詳しいじゃない? だから()()()楽しむならって考えたら、真っ先にこれが思い浮かんだんだ」

 最後まで聞き、少年は照れくさそうに鼻を鳴らした。

「わかったよ。楽しみにしてな」

「うん! 晴れるといいね、お兄ちゃん!」

 談笑を続けながら、残りの帰路を共に歩く。


 この日も翌日も一週間後も、ありきたりで当たり前に過ぎていく────はずだった。


 xxx


 一週間後、約束の日。少年の妹は、日中に外出してから、帰ることはなかった。


 それから丸一日も経たないうちに、彼女の遺体が発見された。


 xxx


 少年は彼女との星見の約束を、守れなかった。

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