プロローグ = 端書き集・前編
■南央の聖王国/某所
大きな円状の外壁に包まれた巨大都市。
それが聖王国ビクトリアの中央聖都。
白を基調として整えられた町並みの中に荘厳と佇む白亜の城。
その城のすぐ隣には、同じ規模の建造物、大聖堂が存在する。
そんな二つの頂点、支柱を持つ国家、それが聖王国の特徴だった。
中央聖都某所のとある三階建のアパート。
エントランスへつながる扉を神父服に身を包んだ一人の青年が開ける。
「みなさん、ご報告です」
豪華なソファの上で居眠りしていた犬(犬種的にはヨークシャーテリア?)が、ムクッと顔をあげる。
「どうしたんだい教祖様? 今日はなんか機嫌が良さそうだね」
「私は教祖ではありませんよ。教皇ではありますが」
「どっちだっていいんじゃない? で、どうしたの?」
「いや作ったわけではなく、ただ上に挿げられたというかなんというか……厳密にそこだけ違うので認識の訂正をお願いいたしますね?」
「細かいなあ……ちなみに拒否したら?」
「ドッグフードの量を減らします」
「ぎゃー! それは勘弁だなあ!」
犬はしばし頭を抱えて小さな体をソファの上で駄々こねる子供のようにコロコロ転がる。
それを見ていたローブに身を包んだ魔法使い姿の少女がため息をつきながら犬を抱きかかえる。
「ちょっと話が進まないから、ふざけるのも大概にしてよ」
「あう! 99号ちゃん、それはちょっと強く抱きしめすぎ、内臓出る内臓出る」
「そのまま燃やされないだけありがたいと思ったら? あと変なあだ名で呼ぶのやめて」
犬は魔法使いの少女とそんなやりとりをした後、「で、エリックさ」と、急に真面目な口調になって神父服の青年の方を向いた。
「ずいぶん機嫌が良さそうだけどどうしたの?」
「いえ、六王会議での顛末をみなさまにお知らせしようと思いまして……それよりも今日はこれだけですか?」
キョロキョロとエントランスを見渡す神父。
その様子に「君もなんだかんだ話が進まないタイプだよねえ」と呟きながら、犬が説明する。
「鉄男とゼンジローは依頼受けて出てったよ? ジハードは腹減ったからなんか買いに行っただけだから、そろそろ帰ってくるんじゃない?」
「そうですか」
「僕から話しておくから聞かせてよ? っていうか六王の関係上、今回も話し合いにならないと思ってたんだけどね?」
「私もそう思ってました。なんかあったんですかエリックさん?」
「うわっ、なんでエリックには敬語なの? 露骨すぎない?」
「日頃の行いが悪いからでしょ!」
「いたっ! 床に投げないで! 踏まないで! 動物虐待! 愛護団体に訴えてやる!」
「あいにくそんなもんはこの世界に存在しないのよ! うりうり〜!」
「ふふ、相変わらずですね」
犬と魔法使いのそんなやりとりを見て、エリックは微笑んでいた。
そんなじゃれ合いを眺めたのち、ようやく本題に進む。
「観測した王たちの話によれば〈異人〉が来訪しました」
「へぇ、久しぶりだね。もうラッシュは終わったかと思ってたけど?」
「小規模? 中規模? 大規模? 僕の予想ではそろそろ特大規模の〈異人〉が来てもおかしくないと思うけど」
「いえ……なんと一人です」
エリックの口から一人という単語を聞いた瞬間、犬の耳がピクリと動いた。
隣にいた魔法使いも急に真顔になる。
和気藹々とした空気が一転して静かになった最中、
「……………………それは本当か?」
ここにいる三者ではない声がアパートの扉から聞こえてきた。
「やあジハードさん、お帰りなさい」
「うむ」
いろんな食材が入った紙袋を持ったローブ姿の銀髪の男は、中から取り出したリンゴを齧りながらドカッとソファに腰掛ける。
「いいなあー! ジハードそれ僕にも一つちょうだい!」
せがむ犬に自分が齧ったリンゴをポイと投げたジハードは、
「うわひっど!」
と驚く犬を無視して、エリックと話を再開する。
「本当に一人か?」
「ええ、一人です」
「そうか……」
先ほど座って腰を落ち着けたばかりだと言うのに、しばしリンゴを咀嚼しながら黙って考え込んだジハードは、すくっと立ち上がってそのままアパートの出入り口に向かう。
そして振り返って言った。
「迎えにいってくる」
「相変わらずですねジハードさん。私としては話が早くて助かります」
「詳しい位置情報は通信デバイスで教えろ」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! ジハードさん、私も行きます!」
出て行こうとするジハードを、魔法使いの少女が引き留める。
そして彼に続こうと急いで準備を整えた。
「いや一人で行く」
強烈な殺気を込めた視線に、魔法使いの少女が狼狽える。
ちょっと待って、と魔法使いの少女が言い返そうとするが、すでにジハードの姿はエントランスから消えていた。
「仕方ないよ99号ちゃん、移動速度が段違いだもん」
「そうですよ、ツクモさん。他国も一人でやってきた〈異人〉を獲得するために動いているみたいですから、“直線距離”で最短ルートを通れるジハードさんが手っ取り早いです」
エリックはそれに。と付け加える。
「誰かと行動するよりも彼の場合は一人で勝手にやらせておいた方がいいんですよ。面倒が少なくて」
「エリックさん……まあ、それはわかってますけど……」
「ナチュラルに僕無視されてるー」
そう言いながら犬は無理やり会話に入り込む。
「99号ちゃん、行ったら必ずトラブルに巻き込まれてたよ? ジハードだけでも相当なトラブルメーカーなのに、さらにその上位互換のあいつが満を辞して、そして一人でこっちの世界に来るってんだから、むしろ災害が起こらないようにみんな大聖堂で祈ろうよ! せっかくあるんだし?」
「いやバカ犬、流石にそれは言い過ぎじゃない?」
「うーん、一応祈っておいて損はないかもしれませんね」
「エリックさんまで!? ええ!? そんなにやばいの!?」
「99号ちゃん、そんなに驚くならその慎ましやかな胸に聞いてごらんよ? この中の誰よりもあいつの下に弟子としていたわけなんだからさ? ──むぎゅ」
魔法使いの少女──ツクモは、慎ましやかと言われた分の恨みを込めて犬を踏みつける。
エリックの口から確実にそうとは言われたわけではないが、一人でやってきた〈異人〉には心当たりがあった。
犬も、エリックも、ジハードもそうだろう。
あのラスボスを一人で倒しきる、そんなことをできるやつは“あいつ”しかいない。
(私は弟子なのよ……し、師匠がこの世界に来るってことなら弟子が迎えに行っても別におかしくは……は! 一人ってことはもう横にあの罵詈雑言女ロイドがいないってこと? ってことはチャンス? チャンス? ジハードさんだったら確実に連れてきてくれるはずだし……こっちはこっちで献身的なお迎えの準備を……)
「あれあれ〜? なんかちょっと顔赤くなってない? ポッてしてない?」
「燃やすぞ」
「ちょっち、99号ちゃんの炎はまじでやばいからやめて? お願いやめて?」
「あんたもいっつも爆発させてるじゃない!」
「いやそうだけど、君の炎は消えないじゃん!」
「……まあいいわ。バカ犬は放っておいて、エリックさん」
「はい?」
「歓迎会、開きましょう! あいつとの再会を祝う歓迎会です!」
二章です。プロローグです。
趣味とノリの産物をひり出していたら長くなったんで分割投稿。
お昼頃にもう一発、後編を投稿します。