5 - 単独討伐報酬
■エンドコンテンツ/静かな最果ての地/ユウ=フォーワード
「……終わった、ソロ討伐達成だ」
エンドコンテンツのボスである【最果て】を、単独討伐した実感を噛みしめていると、隣にいたマリアナが青い髪の毛を揺らしてギュッと俺の手をそこそこ大きな胸に押し当てた。
「わぁっ」
『単独討伐、おめでとうございますマスター!』
潤んだ瞳を見るところ、俺と同じような気持ちをこの支援型アンドロイドも胸に抱いているらしい。
プレイヤー単位で言えば単独討伐だが、実際マリアナがいてくれたから二人で一緒にって感じなんだよな。
ちょくちょくいらんセリフを間に挟んでいたから、割りかし余裕なのかと思っていたが、どうやら内心はそうでもなかったようだ。
そりゃそうだ、エンドコンテンツのラスボスだし。
『しかし、最後のあのスキルはすごいですね。光の爆発の時点でダメージ測定不可能表示でした』
《デイブレイク》は、残存する全てのMPを使用して攻撃する究極の殲滅魔法。
そして使用したMPに応じて、ダメージ倍率が大きく変わる効果を持つ。
俺とマリアナの合計はMP150万。
まず、この時点で基本ダメージが150万になり、寸分の狂いもなく満タンMPでボーナス付いて十倍ダメージだから……、
「だいたい1500万ダメージくらいしてるんじゃないかな?」
『最初にそれをかませばよかったのでは?』
「いや、MPマックスで、さらにマリアナのMPも使わないと、ここまでのダメージは出せない」
それに、何度も何度もHP回復させて、どんどん硬く速くなっていく相手だ。
初手で全力かましてたら、こっちが息切れしている間に復活してやられる可能があった。
相手の手札を晒した上で、生き残り、こっちの大技をぶつける。
これが、ボス戦の基本だ。
使用アイテムのレベル制限があって、死亡回避系のアイテムを持ち込めないから実は攻撃を避けるのに必死だった。
「やっぱ、敵のフラグは早めにへし折っておくことに限るな」
『なるほど、だから途中途中余裕ブッこいてカッコつけていたわけですね』
「いや、あれは……」
こうしたゲームをやっていると、なんだかんだ感情移入してきてな。
激しい戦いをしていると、まるでアニメや漫画の世界みたいにノッてくる時があるんだよ、男には。
まあ、説明しても理解されないだろうし、とりあえず言葉を濁しておく。
「よし、報酬受け取りだ」
ボスを討伐すると、ドロップアイテムとともに宝箱が出現する。
その宝箱が、イベントクリア報酬のようなものだ。
単独討伐は、その難易度から初討伐よりも良い報酬が準備されている。
【最果て】戦で使用した〈御鏡の玉杖〉や〈獄門の首輪〉、そして切り札として温存していた〈混沌の指輪〉がいい例だ。
パーティ単位でのクリア報酬では固有スキルを“二つ”も保有しているアイテムは得られない。
「ドロップ品は……無いみたいだなぁ、運が悪いのか? いや、それは無いな」
コンテンツ系の最終ボスともなれば、確定ドロだ。
落ちてないところを顧みると……この最果ての地のボスにはドロップ品が用意されてないのかもしれない。
第一に、あらかたカンストを終えた特別職や唯一職が挑戦可能となるエンドコンテンツだし、今更武器や防具の強化素材が出たところで、何を倒すというのか。
公式も、これ以上のボスは出さないと公式的にアナウンスしてるみたいだし。
なんだかんだ、連絡が取れなくなった旧知の廃人連中はこの【最果て】との激闘を終えて真っ白に燃え尽きて別げーに行ってしまった。
なんてことがありうるのかもしれない。
もともとリアルの顔も連絡先も知らない奴らだ。
まあオンゲを続けていればなんだかんだ目立つ奴らなので、連絡が取れないことを気にもとめていなかった。
「それでも、寂しいもんだよなあ……こうして終わってしまうとなると……」
オンゲに、出会いと別れはつきものだ。
始まりがある場所には終わりがある。
PRG系のオンラインゲームは、さらなる高みの追加コンテンツがなければこうして全てをクリアしてしまった際、プレイするのをやめてしまうことが多い。
完全燃焼引退は、廃人の最も映えある引退論だ。
……なんてジハードと言い合ったこともあったのが懐かしい。
「そろそろ大学行かないとな……」
そう独りごちるていると、マリアナが反応した。
『大学……現実世界の学び舎のことですね? 制作主から聞いております、マスターはその大学生ですが、ログイン時間を考慮すると、全く通ってない学生ニートだって』
「うるさいな、いいだろ別に」
ゲームで強くなると、現実が悲惨になる。
反比例しているとよく言われるが、ありゃほんとのことだよな。
俺が実証してみせた、と胸を張って言ってやりたいくらいだ。
『……お別れ、ですね』
「……」
不意に、マリアナがそんなことを言うもんだから言葉に詰まってしまった。
「いきなり何を」
『私の制作主、ウィンストンから改造された仮想人格をインプットされた時点で、その知識は入っております。……マスター、名残惜しいですが、私に引き止める権利はありません』
「……」
『ここはあくまでゲームの世界、そしてプレイヤーであるマスターにはしっかりとした現実がある、と学ばされました』
俺が言葉を返す前に、マリアナはどんどん言葉を重ねていく。
少しばかり改造し、色々な知識を後付れ埋め込まれただけのAI、それがアンドロイド。
『私はマスターが大切だからこそ、エンドコンテンツをクリアした段階で、そう促そうとこの鉄の冷たい心臓に決めていました。マスターが大切だからです。最後に言います──マスター』
なのに、なのに、なんでこうも彼謹製の心臓を持ったアンドロイドは、こうも変な方向に人間味を持っているのだろうか。
『私は貴方のことが──』
「その前にクエスト報酬の確認と行こうぜ!」
とりあえずベラベラベラベラ自分本意なことを語るアンドロイドを静止すると、箱を開けることにした。
『……最後に用意されていたセリフなのに』
「だったら尚更言ってんじゃねぇよ」
ウィンストンほんま、ぶちころがしたろか。
ドキドキした俺がバカみたいである。
「まあ、とりあえずだけど。多分引退しないよ、それだけこのゲームが楽しかったし、なんだかんだ情が移ってっていうかね……?」
エンドコンテンツのクリアだけで、引退と決め込むのは勿体無い。
別に、ボス討伐、狩りだけが全てのゲームではない。
割と専門ちっくで自由度の高い生産要素だって豊富なんだぞ、この【ユグドラシル・ワールド・オンライン】はな。
「途中で挫折していた錬金術とかその辺りを極めるのもありだ」
『ああ、薬師丸様に依存してましたからね、マスター』
「ほんとだよ、いつのまにか廃人連中みたいにログインしなくなって……おかげで神薬の在庫がラスト二個だったんだ」
討伐失敗して、もう一回倒せみたいな展開だったら無理だった。
薬師や錬金極めてってなると、なんだかんだ最速でもあと二年はニートしなきゃいけない。
『ギリギリでしたね』
そう言って笑うマリアナは、どう見てもAIには思えなかった。
さて、変な雰囲気も払拭したところで、イベントクリア報酬を確認する。
「ん? なんだこれ?」
宝箱を開けると、そこには一つのプレートのようなものが入っていた。
単独報酬にしてはちゃっちと言うか、なんと言うか。
とりあえず詳細の仮想画面を開き、詳しく見てみることにする。
〈追加コンテンツ - 【Unlimited Another-link】キャラクター移行エクストラクーポン〉
■世界の主を乗り越えたプレイヤーだけに送られるクーポン。より、世界が現実となった、まさに最果てを越えた別の世界線へと、貴方をご招待します。
■エクストラエディションはスペシャル・ノーマルとは違い、所有するアイテムを二つ、キャラクターと一緒に移行することが可能になります。(スペシャルは移行特典アイテム一つ、ノーマルは特典なしです)
■なお、新たな世界線への移行の際、保有のメインジョブとスキルは【固有能力】として昇華され、リセットされます。慎重にご選択ください。
「は、ははは……なんだよこれ……」
乾いた笑いが漏れた。
なるほど、廃人連中がこぞってログインしなくなったのは、この追加コンテンツを始め出したからだったわけだ。
別の世界線、それは別サーバーで運営されている全くの別ゲーであると揶揄しているのだろう。
なら、なぜその情報が今まで出回らなかったのだろうか?
あくまで最果ての旅路をクリアした者のみに送られる追加コンテンツだから、その辺の情報漏洩が御法度にされているとか、そんな感じなのかな?
とにかく──、
「朗報だ、マリアナ! ゲームに続きはあった、こりゃ大学に通っちゃいられねぇ!」
『それは……喜んで良いのか悪いのか、反応に困る言葉ですね。でもここは素直に、きゃっほー』
声のトーンが全くきゃっほーしてないけど、まあいい。
「とにかく、単独報酬はエクストラクーポン。所有するアイテムを二つ、追加コンテンツの世界に持っていくことができるから……」
『と、いいますと?』
「アンドロイドアバターとその心臓で、ちょうど二つになるだろ?」
そう言うと、マリアナは急に神妙な顔になった。
『……マスター、本当に良いのですか?』
なにやら迷っているようだが、マリアナ自身はチートロイドとして名を馳せたサポートロイドの一人なわけだ。
イベント期間中のみ開放されるクエストにて、膨大なゲーム内通貨をつぎ込んで取得できるのはアンドロイドアバターのみ。
その心臓部は、生産職の技能のいくつかを特別級にまであげたプレイヤーしか作れなかったりする際物だ。
「ぶっちゃけマリアナの価値って、俺よりももっともっとあるぞ」
それこそ、他のプレイヤーに売り飛ばしたらとんでもない額のゲーム内通貨が積み上げられる程。
『私を売るんですか……ひい』
「んなわけあるか。言っただろ、情が移ってるって」
それだけ言って、迷うことなく追加コンテンツのダウンロードを行う。
ダウンロードを行う前に、指定しておかなければならないようだ。
「となると、アイテム化しなきゃだな。じゃ、マリアナ、少しだけ待っててくれ」
『はい』
マリアナは目を閉じ、俺のインベントリーに収まった。
そして心臓とアンドロイドアバターを追加コンテンツの移行アイテム欄に入れておく。
「とりあえずまだ時間もあるし、ダウンロードだけやっとくか」
まず、ログインしてみんなを見つけたら、お前らが初討伐したあのボスを、俺は単独討伐に成功したと言ってやりたい。
俺以外誰もいなくなった最果ての地で、少しだけニマニマしながら追加コンテンツの項目にこのエクストラクーポンを利用して【Unlimited Another-link】の追加を選択する。
「よし、あとは適当に放置して……」
と、ログアウトするべくメニュー画面を操作した時だった。
「あれ……反応しない……」
視界の右下に意識すると出現するメニュー画面が出てこない。
っていうか、全然反応しねえ。
「なんだこれ、バグか?」
おいおいおいおい、ここで終わってまた最果て攻略し直しになったりすればしこたま面倒なんだけど。
勘弁してくれと、思いつつゲームマスターコールの緊急項目を探すが、それも出てこない。
慌てふためいている間、周りの世界が刻々と変化していることに、俺は気づかないでいた。
「──ッッ!?」
気付いた時には遅かった。
唐突な浮遊感に包まれ、忽然と姿を消した最果ての地を真っ逆さまに落ちていく。
「う、うおああああ────────!!!」
やっと物語が進み始めます。
ラスボス戦長かったです。
タイトルもあらすじも特に考えていませんでしたので、若干変わるかもしれません。
それについては本当に申し訳ありませんです。
趣味とノリの産物になります。