5 - ファーストステージ
■国境沿い/アルヴェイの森/無職:ユウ=フォーワード
左手が目の前に生み出された光の壁と同じように薄っすらと光っている。
そしてそれを認識すると、それが何かが、頭の中に流れ込んできた。
「これが……アビリティ……?」
眉間にシワを寄せたレッドオーガは、筋肉を膨張させてさらに力を込める。
だが面積にして大人一人通れるくらいの扉みたいな大きさの光の壁はビクともせずに、それすらも阻んでいた。
それよりも、いったいどういうことなのだろうか。
この段階でアビリティに目覚めるだなんて、奇跡か。
プレイヤー情報の収集が完了しました。
って、直接頭に響いてきた声を思い浮かべる。
……もしかしてログインしてからの時間経過が解放条件なのか?
いや、考えなくてもわかる。
本当に、奇跡的なタイミングでアビリティが解放してくれたのだ。
「ゴアアア! ガアアア!!」
レッドオーガはイライラしたように何度もなんども光の壁を殴り続ける。
横に回って蹴散らしたほうがいいと思うのだが、真っ向から叩き割ってやりたいみたいだ。
鬼のプライドみたいなものか?
いや、そんな分析している暇はない。
必死に頭の中に流れ込んできた情報を整理する。
この光の壁は、俺の左手が生み出しているようだった。
アビリティとしての能力は、あらゆる攻撃を受け止める光の壁を生み出す……ただそれだけ。
もう少し色々と説明が欲しいところなのだが仕方ない。
今のうちにステータスを確認する。
ユウ・フォーワード
メイン職業:無職 Lv0(合計値0)
その他職業:無職
アビリティ:ステージ1(-)
HP:5
MP:87
STR;10(-5)
VIT:10(-7)
DEX:10(-6)
AGI:10(-8)
MND:10
軒並みマイナス数値になっているのは、今の体がボロボロだということを表しているんだろう。
とりあえず、こうして確認している間もMPは減って行く。
どうやら前タイトルのマジックシールドのようなMP分のダメージをガードするような効果ではなく、どんな攻撃も防ぐが、その代わりに時間経過によってMPを消費するものらしい。
リアルタイムで減って行くMPを見て、そう結論づけた。
幸か不幸か。
レッドオーガの一撃で壁は砕け散りました。
ってことにならなくて済んだのはありがたい。
「ゴアアアア!!!!」
力押しして正面から叩き割ってやろうというレッドオーガを前にして考える。
残された時間は、約1分とちょっと。
神様がくれた気まぐれのロスタイム。
それをどう活かせばいい、何をしたらいい。
焦るな、焦るな。
「くっ、マリアナ……絶対守るからな……生きて乗り越えるぞ……」
見るからに光の壁の攻撃性は皆無。
もう今後に及んで奇跡は強請らない。
神様がいるのかは知らないが、こうして守る為のアビリティを土壇場で手に入れただけで十分だった。
俺は気を失ったままのマリアナをそっと寝かせる。
近場にある武器はログインした時に持っていたナイフのみ。
レッドオーガの攻撃が止まったそのタイミングで喉元に突き刺してやる。
それで倒せるかはわからない。
いや、万が一にも勝機はないのかもしれない。
でもやるしかないんだ。
足元に落ちていた唯一の武器であるナイフを拾い上げる。
すると、どういうわけかレッドオーガの攻撃を阻んでいた光の壁が消えた。
「え?」
まずい──
「──ゴアアアアアアアアア!!」
くそ、結局こうなるのか。
まさか武器を持つと光の壁が消えるなんて思わなかった。
急いで、光の壁を展開させるが、間に合うか?
──ドッ
「な──!?」
何が起きているのか、まったくわからなかった。
見たままを言えば、レッドオーガが咆哮をあげながら剛腕を振り上げる。
俺は光の壁を展開しようと咄嗟に左腕を前に突き出した。
その瞬間。
爆発が起こったように地面がせり上がり、津波のようにレッドオーガを飲み込んだ。
「ぐ、ぐあああああ!」
少し遅れて激痛が走る。
俺の左腕も、レッドオーガとともに一緒に飲み込まれていたからだ。
肘から先がぐしゃぐしゃになって消し飛んでいる。
「い、いったい何が……」
ステータスを開いてHPを確認すると、1になっていた。
まだ死んでない方が不思議に思えるほどの激痛。
致命的ではない部位欠損は死亡判定に含まれないのだろうか。
いや、今はそんなことどうだっていい!
また、とんでもない敵が来たのか?
っていうか左手消し飛んでから、光の壁が展開しないんだけど?
レッドオーガよりも明らかにやばい状況に、軽くパニックに陥っていると声が聞こえる。
「……ごめん。そこで左腕出すとは思わなくて、巻き込んでしまった」
ガシャガシャと音を立てながら、重たそうな鎧を身につけた燻んだ赤髪の女が杖をつきながら近づいてきていた。
鎧の上から、魔法職がよく身につけているようなローブを見に纏っていて、なんだか少しちぐはぐなイメージを抱くのだが、それよりも目を引いたのは、彼女が持つ杖である。
杖の中に刃を仕込んだ、“仕込み刀”って武器があると思うのだが、それのまるっきり逆。
……持ち手がグリグリと湾曲した長い杖の先に、無理やり刃をくくりつけましたって感じ。
「君達二人の戦いは、少し離れたところから見せてもらっていたよ」
「へ……?」
近づいてきた女性は、俺の前で片膝をついて屈み、肩をポンポンと叩きながらいった。
「君はなかなか骨のある男だな。愛する人のために、この絶望的な状況に抗おうとしていた。うん、素晴らしい。私が認定しよう、君は“良い男”だ」
「え……ど、どうも……」
「そして彼女も、君を一心に慕いながら戦うその姿……しかも土壇場でアビリティに目覚めてるっぽいし、実にドラマチックだね。まるで深夜ドラマを見せられた気分になったよ。手頃なところで助けようと思っていたんだけど、なんだか君たちの行く末をギリギリまで見ていたくなって遅くなってしまった。それは本当にごめん」
女性なニコニコとした笑顔でそう言いながら、手元に小瓶を二つ出現させた。
おそらくアイテムボックスから取り出したんだろう。
「良い物を見せてもらったお礼と、そして君の左腕を消しとばしてしまったお詫びに、これを使うと良い」
「……それは?」
「知り合いが特製した霊薬だよ。部位欠損とか怪我くらいだったらこれで治るから……おっと、両腕が使えない状況だったね。ごめんごめん」
そう言いながら彼女が俺とマリアナに霊薬と呼ばれる小瓶に入った液体を振りかける。
すると、みるみる内に痛みが引いていき、光に包まれて失くなった左腕が復活し、右腕も動くようになっていた。
マリアナも、変な方向にへし折れていた両腕両足が綺麗に治っていく。
「うん、これで大丈夫。彼女も時期に目覚めるだろう」
未だ意識を失ったままだが、マリアナの表情は心なしか安らかになっているように思えた。
「マリアナ……よかった……」
本当に良かった……。
「ありがとうございます……えっと、名前は……」
「ん? オルフェって呼ばれてるよ」
「オルフェさんですね」
「オルフェでいいよ? 君は“良い男”だから、ぜひ呼び捨てにしてほしい」
「え、あ、はい」
良い男かと言われても……。
マリアナには散々中二病とか、格好つけたがりだとか言われていたのであまりピンとこない。
っていうかグイグイくるな、少し苦手なタイプかも。
でも命の恩人なので今一度お礼を言っておこう。
「本当に助かりました。でも、助けてもらった上に……その、良かったんですか? えらく高級そうな代物に思えるんですけど……」
部位欠損も直す薬って、前タイトルだと神薬に匹敵するであろう効果だ。
それを二つもポンとくれるだなんて、あとで法外な値段を請求されないだろうか。
「良いよ良いよ。っていうか、この辺にモンスター誘導しちゃったの私の責任でもあるから」
「え……何してたんですか……?」
「ちょっと個人的な用事でモンスター達を追い詰めてたんだよね。うん、本当に個人的な用事」
オルフェは相変わらずニコニコとしているが、個人的な用事っていったいどういうことなんだろう。
なんとなく深く聞いて欲しく無さそうな口ぶりだったので、これ以上は探らないようにする。
「ここから少し歩いたところに村があるから、そこまで連れて行こう」
「助かります」
「敬語も使わなくて良いよ。なんたって君は“良い男”だからね」
そう言いながら、オルフェは刃のついた剣をついて森を歩き始めた。
俺もマリアナを背負って彼女の後に続く。
章の誤字は重ね重ね申し訳ございませんでした。
お恥ずかしい限りです。
でも、ノリと趣味で書いている当小説。
読んでくださる方がいて、とても嬉しいです。
頑張ります。
プロローグで端書き集と称して、書いていたように。
これからなんとなく伏線になりそうなものは、できるだけ簡単にわかりやすく、すぐに回収できたらと思っています。