3 - ハードモード
■国境沿い/アルヴェイの森/無職:ユウ=フォーワード
「──はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……うそだろもう!」
ほんの1時間前、意気揚々と新たな冒険の世界へ歩みだした俺とマリアナだったのだが……そこに待ち受けていたのは最悪というなの厳しい洗礼だった。
現在、俺とマリアナは必死に足を動かして走っている。
なぜ走っているか?
理由は簡単、森の中で遭遇したゴブリンみたいな小柄でくすんだ緑色の肌を持ったモンスターに追われているからだ。
自分のステータスを閲覧することは可能だが、他人のものは不可能。
ということは、モンスターの名前すら出てこないのも当たり前なのだろうか。
わからん、わからんけど、今は逃げるしかない。
「はぁ、はぁ、マ、マスターダメです……追いつかれそうです!」
「いいから喋らず足を動かせ!」
「は、はい!」
カンスト廃人ゲーマーだった俺が、たかがゴブリン(本来の名前はわからないが、なんとなくゴブリンっぽかったのでそう呼称する)程度に必死に逃げ回るっていうこの状況。
本当にくそったれだな!
まさか、最初に遭遇したモンスターがあんなに強いとは思わなかった。
確かに俺たちはまだ職業にもついてないレベル0。
最初のログイン地点に、最初の試練としてどのゲームでもオーソドックスなゴブリンを出してくるのはまだ理解できるのだが、それにしても数が多すぎる。
二人相手に遭遇したゴブリンが目算でも30体以上とか、なんだよそれ、ゴキブリかよ。
そもそもの話、プレイヤー自体のレベルがなく、職業レベルっていうシステムがある時点で、無職であるプレイヤーがモンスターに勝てる見込みは薄い。
例え弱いゴブリンであってもだ。
前タイトルのゲームでは、プレイヤーは職業レベルを上げて行くことで強くなる代わりに、職業を持てないモンスターは種族レベルというテーブルが設定され、その種族レベルを戦闘経験によって蓄積しあげて行くシステムだった。
プレイヤーは職業を複数掛け持ちすることでレベルをどんどん上げていけるが、モンスターは種族ごとにレベルの限界値が決まっていたりする。
だが、その分元からのステータスが高かったり、レベルアップ時のステータスアップの振れ幅が大きかったり、適度に調整が施されていたわけだ。
ってことは……無職と間に絶対的に越えられない壁が存在する。
それを考慮した上で言わせてもらうが、それにしたって大量のゴブリンに囲まれるのはやり過ぎだ!
でも逆にありがたかったとも言える。
一、二体がぽっと現れて戦闘して無残に殺されるよりも、こうして最初から二十倍近い大きな戦力差で会敵してしまえば、なんの迷いもなく逃げて生き残るという選択肢を取れるからだ。
「マスター! ここは一度、二人仲良くデスペナ覚悟で玉砕してみるのはどうですか?」
フフっと笑う、マリアナ。
「馬鹿言うな! どうせログイン地点の木樵小屋に戻っても何も変わんねーよ! ゴブリンと遭遇した場所はそこからあんまり離れてないんだから、結果俺たちは殺されるだけ殺されてチュートリアルの無限ループになるかもしれないだろ!」
この世界のデスペナがなんなのかはわからないが、基本的に自ら死ぬなんてことは避けたほうがいい。
基本的にリアル重視ゲームの死んだ罪は重たいからだ。
「確かにそうですね……っていうかさっきからなんとなくなのですが、ゴブリン達の視線がいやらしいので、私もできるだけ捕まることは避ける方向でいきたいです」
「だったら走るぞ!」
「ああ、こんなことならログインしてマスターと同じベッドで寝ている時になし崩し的に捨てておけばよかった!」
「ふざけたこと言ってないで前だけ見て走れよお! 頼むからさああああ!」
流石にこの状況でど直球すぎる下ネタ発言をされても、まともに返す自信はない。
あったらすげぇよ……。
っていうかこの状況で両頬おさえていやんいやんと首を振りながら走れるマリアナの精神力すげぇ。
「そういえばマスター、肩の傷は大丈夫ですか?」
「心配すんな、掠っただけだ!」
ゴブリンお手製のお粗末な弓から放たれた矢によって受けた傷である。
お粗末ゆえに命中精度が悪かったのか、俺の体に直接当たらずに済んだのは幸運だった。
だが、掠っただけでHP半分近く減ったんだから、もうこの状況がいかに絶望的かがわかる。
ハードモードかよ。
チュートリアル、ハードモードかよ。
ラストコンテンツをクリアした奴らは他に大勢いるが、そいつらもみんなこんな感じにモンスターがいる地域にいきなりポッと情報も何もなしに放り込まれた形だったのだろうか?
でもまあ、レイドパーティ複数のレギオン単位でゲームスタートな訳だから、ゴブリンが30体以上いたところで問題はないのだろうな。
っていうかもしかしてこんなにゴブリンが多いのって、先にログインした奴らがとんでもない数でゴブリン蹂躙したから、こうやって戦力整えて虎視眈々と新しく現れたプレイヤーを狙うようになったとか、そんな感じのストーリーか?
なんにしてもこの状況はクソ!
チュートリアルもへったくれもない!
そうしてだいぶ走ったところで、後ろが急に静かになったことに気づく。
「撒いたのか……?」
「どうなんでしょうか? 前のアンドロイドの体であれば、いくらでも索敵可能でしたのに……今、無性に歯がゆい思いです」
「それは仕方ないって……それより、撒いた感じがしない? 追ってきてないよなもう?」
一息つきながら、木の幹に隠れてそっとゴブリン達が押し寄せてきていた方向に目を凝らす。
「いやいますね」
「まだいるのか……どうして追ってこないんだろう」
「うーん、わかりませんね。むしろ慌てて引き返して逃げているようにも思えます」
マリアナがそう言ったところで、後ろからガサリと茂みを踏みしめるような音がした。
「……マリアナ」
「なんでしょう」
「なんとなくだが、ゴブリンが引き返した理由がわかった気がする」
「ええ、私もなんとなくですがその理由を察しています」
振り返りたくない、できれば現実から目を背けていたい。
だが、振り返らないと死ぬ。
ゴブリン達が踵を返して一目散に慌てて引き返し始めた理由。
それは、彼らよりも上位のモンスターが存在位することを意味している。
「──ゴアアアアアアアアア!!!!」
「うわっ!」
3メートル級の巨大な赤い鬼がそこにいた。
強烈な咆哮だけでも立っているのがやっとなほどの衝撃を生む。
レッドオーガ!?
前タイトルでは、ゴブリンよりも相当上位に位置するモンスター。
「マリアナ、逃げろ」
これは死ぬ。
なんだかわかんないけど脳がそう理解した。
そしてその瞬間。
俺はレッドオーガに向かってアイテムボックスから取り出した斧を投げつけていた。
「マスター!?」
それ信じられないという表情で見るマリアナ。
「早く逃げろ、ここは俺が引きつけるから」
斧をぶつけられたレッドオーガは、怒りの咆哮を上げて猛然と接近する。
「引きつけるから、ではありません。私も一緒に──」
「──こういう時は黙って男を立てとくもんだぞ!!」
剛腕が振り下ろされる前に、隣にいたマリアナを横に強く突き飛ばした。
そして俺もギリギリまで引きつけ回避するべく全身を投げ出して横に飛ぶ。
読んでいただきましてありがとうございます。
明日も更新です。