09 アルバイト
「「いらっしゃいませ」」
ここは現実の軽食店で、俺はウェイターのアルバイトをしている。となりの女性ウェイターも、元気よく挨拶をしていて魅力的だ。
それも当然だ、現実とはいえ、個々人ごとにARによるデジタルなUIが表示され、良い仕事をすると加点されるのがわかるのだから。
挨拶を元気よく、聞いていて心地よいように大きな声でやれば、AIにより評価され給料として反映される。
お客さんの席への案内などは、コンピューターがやってしまうので、ほとんどやることがない。
丁寧に食事を運べば、またそれで加点されるのだが、機械にまかせても良い。
運ぶのに失敗しても一定回数は評価されるので、下手でも挑戦することに意味がある。
僕の正直な感想は、ゲームと仕事、勉強の区別がいまいちつかない。
デジタル空間であれなんであれ、数値的に評価される。
良い対応ならGoodとすぐに反応があり、点数化される。
1日に1回はこれをやろうというクエストじみたもの、1週間にはこれを、1月にはこれをと課題が提示されるのはゲームとかわらない。
もちろん、課題を達成すれば加点して給料アップだ。
「「またおこしください」」
きっと、一緒に働いている女性も楽しみながらやっているのではないだろうか。
彼女の笑顔に見惚れないように気を張りながら、機械がちゃんと動いているかチェックリストにチェックを入れていく。
機械の調整は、ボックスまるごと入れ替えて本部でメンテナンスするので、そういった知識も不要だ。
「ヒガキくんは、3時であがり?」
「うん、ゲームでイベントが終わったから打ち上げがあるんだ」
「いいなぁ、私もなにかやろうかな」
「なんでもいいからトライしてみたらどう?」
「それじゃぁ、こんどいいゲーム教えてよ」
「いやだよ-、ゲームは自分で探してチャレンジしなきゃ」
心細そうに俺を見つめる同僚は、助けを求めている。
だが、俺は絶対に手をかさない。
ゲームは、失敗してもいいし、とことん自分の好きを探索できる。
そして、俺は1人で、ゲームをやりはじめてしまう挑戦心が不可欠だと考えている。だから、背中はおしても、一緒にやりはじめる気はないのだ。
「ヒガキくんのいけず」
「食器さげてきまーす」
「あ、逃げた……」
#
私は、ほぼコンピューターが対応してしまう軽食店のアルバイトに疑問を持っている。
本当に、人間は必要なのだろうか。
同僚のヒガキくんは、楽しそうに振る舞っていて実に充実していそうだ。
私の目的は、お金は2番、1番はなかなかうまくいかない。
てきぱきと食器を下げていく彼を見ていると、手応えのなさに虚しくなる。
このゲームのような仕事であれ、元気よく挨拶をするというのは、まるで自分も元気なんだと錯覚をさせてくれる。だから、充実感もある。
だが、今の最優先事項はまったく私の釣り針にかかる気がないらしい。
彼とはこの仕事で出会った。どんなことにも楽しそうに挑戦して、失敗があっても前向きで、話をするうちに好きになっていた。
そうして、彼が仮想空間での遊びを楽しんでいることを話題で聞きだせたのはよかった。だが、そこから全く進められない。
最初は、一緒に遊べばもっと一緒にいられるから、参加させてもらおうと考えた。
だが、彼は妙に頑固でゆずらなかった。
どうしても、1人でゲームに入ってみて、失敗してもいいし、惨敗でもいい、それを楽しんで、より楽しめるゲームを探したらいい、と言ってくれるのだが、同行はしてくれないらしい。
このアルバイトをしたきっかけも友人が誘ってくれたからだった。だから、できた。
いきなり、1人でゲームに入ってみるのも不安だし、なにより私はヒガキくんと遊びたいのである。
「「またおこしください」」
「それじゃ、みっちゃん、先あがりまーす」
「はーい」
やや不満げに返事をしても、彼はきっとわかってくれないのだろう。
そして、彼の仕事の時間は終了し、お店を出ていってしまった。
彼がいないと、仕事の挨拶もあまりやる気がおきなくなる。
「いらっしゃいませ」
この仕事は1人でもこなせるし、機械だけでもお店はまわる。
私達のようなウェイターのアルバイトは、オプションというか味付けのようなものだ。
とはいえ、ウェイターがなるべく途切れないようにAIがいろいろと調整していて、そうそう0人になることはない。
私はヒガキくんに良いかっこを見せたいという思いが強い。だからこそ、彼がいないとやる気が落ちるのだ。
最近はよく彼と一緒に仕事ができるので楽しい。だけど、もう1歩踏み込みたいと思うのだが、どうも思うように行かない。
私は出来上がった料理を、慣れた、意識しなくてもできる動きと笑顔で1つ運ぶ。
「ご注文の、牛丼大盛りとサラダです。
ごゆっくりお召し上がりください」
機械は割といい点数をつけてくれた、少し給料が増える。
けれど、私の心はあまり満たされなかった。
機械ではなく、ヒガキくんに褒めてほしいし、一緒に仕事がしたいのだ。