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メモリーリーク ~記憶の封印と仮想世界~  作者: 物ノ草 八幻
第二部
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30 真っ赤なクリスマス

クリスマス、11時59分、大都市も都市も小さな商店街も、いろいろな場所はにぎわっていた。


学生たちが色恋でうかれたり、うまくいかずに学友とつるんだり、大人たちもおしゃれに飾ったり、子供と手をつなぎ歩いたり。


さぁ、今日は盛大に楽しく華やかに、健やかに、もしくはドラマチックに、ロマンチックに、十人十色で過ごすだろう。


クリスマスソングが陽気に、平穏に、街を行き交う人々を祝福している。


それは、この世界にまるで不幸な人なんていないのだ、そんな証明を、表明をするかのように、眩しかった。


#


クリスマス、12時00分、僅かなどよめきと悲鳴は街の騒音とクリスマスソングでかき消える。


しかし、致命的だった。白く輝かしい世界に、赤い赤い世界が混じった。


誰かが急に、手近な刃物でもって、それまで手をつないでいた相手を刺したのだ。似たような場面がいたるところの都市で同時に発生する。


人に認知され、大きな悲鳴が上がるも、次々と刃物を持った人たちは白い世界を怒涛の勢いで壊していく。


手慣れた順路で。


手慣れた動きで。


逃げ惑う人を、当然のように殺して回る。


あまたの都市の街は、幸せな白の世界から、赤い殺戮場へと様変わりしてしまった。


血白あかねは一心不乱に殺していた。それは現実だとは知らずに。他の参加者も同様に。


仮想世界と現実を、みんなしっかり区別しているつもりだった。


血白にとっては、仮想世界で遊んでいるにすぎなかった。でも、それは現実の出来事になっていた。


現実のアバターはどうなっているのか?


簡単なことだった、仮想世界のアバターを自在にあやつる技術があるのなら、その応用で現実の人を操作することだって可能なのである。レンタルボディである。


そう、どこかの一般人をのっとって制御できてしまう。それも、自分たちはのっとっているとさえ思っていない。


のっとった人達が見ているのは仮想世界の映像で、仮想世界の感触で、いつもどおりの殺戮鬼のゲームでしかないのだ。


違うのは、周囲の人々の行動だったかもしれない。


でも、これは大規模イベントだった。ちょっとNPCのアルゴリズムが変わったところで、誰も疑問にも思わない。


ゲームでも警察は登場するし、殺戮の妨害はなされる。だから、的確に反応してしまえる殺戮者たちはとどまることを知らなかった。


殺戮に最適化された鬼達は、またたく間に街のあらゆる場所を血で染めあげていく。


あまりに短時間すぎて、規模が大きすぎて、警察は対応しきれず、自衛隊が動くまもなく、地獄は広がっていく。


気づいたデジタルなセキュリティの専門部署も、その構造に手が出しようがなかった。


ゲームはオープンなクラウドスペースで構築されている。1つ1つの通信は高度に暗号化され秘匿されている。


更に悪いことに、ゲームクライアントである個々人がインストールしているソフトウェア単品が、連結し合うとゲームが成立するように仕組まれてしまっている。


それはちょうど仮想通貨のソフトウェアのように、個別にソフトウェアを分散して共有し、1つのシステムを維持するのに似ている。


だから、外部から止めるにしても、何か主要拠点を壊せば止まるということもない。すべての個別の物理的な端末を止めるしかなく、そして誰がそれをもっているのかわからない状態だった。


大規模イベントのシステムは巧妙に作られ、人間が認識している映像を読み取り、地形を、空間を自動生成していた。


ゆえに、リアルタイムで最新の状態でもって大都市は隅々まで殺戮場となりえるのだ。それが機能しなくなるのは人がいなくなったときである。


血白あかねは、既視感のある場所にたどり着いていた。どこだっただろう。悲しさと興奮とがない混ぜになって、そんなことはどうでも良くなっていた。


ただ、見えるすべてを殺し尽くし、赤く赤く染めていきたかった。


アパートから逃げ出る住民を殺しては次、殺しては次、そうして階段を登り、誰かは飛び降りて、それはお構いなしに、世界を赤で満たしていく。


奇妙な既視感を覚えつつも、寝ている女性を一思いに串刺しにした。


すると、ぷつんと私は現実に戻ってきた。目の前には知らない血みどろの男性が私をナイフで串刺しにしていた。


私の世界は、赤く赤く染まっていった。


#


せわしなく廃病院の扉が開かれる。部屋の中で待っていた白髪の男は扉に背を向けたまま、怯えながら一言つげた。


「2階で待ってるから、ロニ、いーな、事情は分かってるけど、いーなーーーあーーー怖い怖い」


げっそりと、両手で頭を押さえた白髪の男は2階へと去っていく。入ってきた3人を残して。


守親銃而廊はつぶやく。


「外の人たちが入ってくると怖いもんねぇ、誰が殺人鬼かわからないし」


「「いや、師匠は人が怖いの」」


ついうっかり、風恋ちはりも師匠と言ってしまい、ロニとともに言葉が重なった。


「師匠は、私にとってだからねー」


「あ、うん、なんかつい……記憶が混乱してる」


外を見ると、ここはまだ静かだ。人里離れた廃病院なのである。


これから4人は乗り切らなければならなかった。各地で広がる殺戮騒動、いったい何が起こっているのか、身を守りながら、生きていかなければならない。


#


世界各地で大きな混乱が、いろいろな形で勃発していた。


ある共産国家は、静かに法案が通った。国民健康促進装置法、通称『健康法』は特殊な装置を頭に埋め込み、精神的なストレスケアなどを考慮したあらゆる国民の安全と安心を獲得することを目的として承認された。


#


あるアパートの一室では、借り主である女性が一人死んでいた。借り主が死んだのなら、早急にその部屋は片付けられ、新しく利用できる状況へと更新されるべきである。しかし、誰が「死んだ」ということを貸主に伝えるのであろう。多くの場合は、親族、仕事先、友人らによる継続的な連絡をとっていた者達が発見するか、はては振り込みされない家賃などといったところから露見する。


そうした曖昧ではあるものの、ある仕組みにも似た方式でもって正常な状況では運用されただろう。はたして、社会が混乱した現在において、それはなされるだろうか。


不死、永劫を願う人々はアナログであれデジタルであれ、存在の継続性を拡張させてきた。死も生命という全体から見れば、集団が継続していくときにおこる1個体のささやかな現象に過ぎない。


メモリーリークとは、それを超えてしまったとき、起こる予兆を、コンピューターはもしかすると示していたのではなかっただろうか。不要になった意志が残るとはどういうことか、私達は知ることができたはずだった。


死んでも、未だ亡霊のように在り続け世界に影響を与えて、その蓄積はさまざまな障害を発生させ、ともすると、全体を壊してしまうのかもしれない。コンピューターが世界を壊すのではない、残してきた人の意志が、自我が、世界を滅ぼすのである。


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