05 私の分岐点
仮想世界を快適に過ごすためにNPCの能動的な会話が研究されていた。
プレーヤーにNPCから話しかけ、なにかしら仮想世界をよりよく楽しんでもらおうという試みである。
その研究は実を結び、今では現実のビジネスで仕事を教えることや、教育でも活かされている。
その研究の過程で会話を採点する機能がうまれた。
採点できるからこそ、コンピューターは学習できるのである。
そして、いったい誰が考えたのか、採点できるなら、それをゲームにしてしまおうとしたのが、今からはじまるゲームである。
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俺はポイントのもらえるゲームを探していてたまたまそれを見つけた。
そのゲーム世界に入り、見知らぬプレーヤーと会話をするとその内容が評価され、ポイントが取得できるのだ。
そのポイントは現実のお金に換金できるので、1日のうち3時間ほどをポイント獲得できるゲームについやしている。
この仮想世界はややファンシーで、アバターもデフォルメされて等身が低い。
町の外では可愛らしい魔物が暴れており、それを退治するとアイテムが入手できる定番のRPGに、
野菜や花を育てたり、建築をしたり、釣りをしたり、魔物に乗って競争したりと、盛りだくさんのゲームになっている。
まずは、新人プレーヤーの出現場所をみてまわる。
1人、あたりをきょろきょろ見ている、初期装備の女の子が見つかった。
おそらく新人であろうから、声をかけておこう。
「やぁ、このゲームははじめて?」
「えっっと、あ……はい」
「俺はバーミンっていうんだ。案内するけどどう?
お店を少し見て、近場のモンスターを退治してみないか」
どうも戸惑っているらしい。
ここで焦って一方的に喋りすぎると、評価が下がるので爽やかスマイルで様子をみよう。
「その……私、こういったゲームははじめてで……」
言葉が途切れて続かないのを確認してから話をしてみる。
「これはゲームだから、おしゃべりも、冒険も失敗してもいいからさ。
俺には敬語とかも、気にしなくていいよ」
「そう?」
「そうそう。まずは、あの店まで行ってみよう」
そう指さしたさきには、露天の武器屋がある。
そこへゆっくりと歩きはじめる。
彼女はデジタル空間でのアバターの操作も不慣れな感じで、おぼつかない足取りでついてくる。
「このゲームをはじめたきっかけは?」
「プレゼントで、もらったの」
「いいねー、デジタル空間もはじめて?」
「うん」
「そっか、やりたいことは決まっていたりする?」
「ううん」
「だったら、俺はゲームをとことん楽しんでほしいから、まずは、10回死んでみようか!」
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私は楽しんでほしいから死ぬという言葉を理解できなかった。
とてもにこやかに青年が言うものだから、魅力的なもののようにも感じられて不思議だった。
バーミンと名のった青年に、武器のお店を案内され、
写真のとり方を教わり、そうして街の外に出た。
まるで、学校の入学式で、門の前で撮影するかのように、
街の入口で1枚の写真、スクリーンショットをとったデータが記録に残る。
すすめられるままに、乱雑にスクリーンショットをとった。
青年は、整理はあとですれば良いという。
そうして、何か会話をしながら、モンスターのところまでたどり着いた。
ぬいぐるみのようなカエルをモチーフにしたモンスターが、迫力なく威嚇している。
とても可愛らしい。
ひとまずスクリーンショットを撮っておくことにした。
「まずは俺が手本を見せるから、君もそれに続いて死んでくれ」
どうも、この世界の雰囲気に死という言葉はしっくりこない。
私は頷いてようすをみる。
青年はモンスターの前に、てくてくと歩いていき、着ているものを脱ぎはじめた。
そうして、彼はカエルさんの舌攻撃を何度か受けて、大の字で倒れた。
「大丈夫?」
「あぁ、無事に死んだ」
よくわからない会話だと思いながらも、カエルさんは次の標的を私にしたようだ。
とくに何もしなくても、私は負けてしまうだろう。
死んだのに返答できるというのも妙である。
カエルさんの攻撃がくると思ったとき、ちょっと怖かった。
学校での検診で注射をうたれるときのよう。
あたってみると、何のことはなかった。
撫でられてるような感覚に、私はこんなものなんだと思って、そうして私は死に、最初の街に戻された。
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私は5回死んだ。
「現実ではやっちゃだめだからな」
「わかってるよ」
どうして最初に死んでみろと言われたのか、わかった気がする。
デジタルなゲームと、現実との違い。
「大怪我じゃなきゃ現実でも失敗してもいいと思うけどな」
それはよくわからない。
「今日はありがとう」
「どういたしまして」
素直な返答はとても心地よい。
「もう一人でできるよ」
「あぁ、死んでこい。てきとうに武器振り回してたら運が良ければあたるから」
「うん」
「それじゃー」
そうして、青年と別れた。
楽しそうだけど、もっと難しいものだと思っていた。
ただ、負けて、倒れて、それを笑って彼と私は繰り返しただけだった。
そうしたことで、1人でできることがとても広がったような気がする。
カエルさんにやられたまぬけな青年のスクリーンショットが、今日の記念として残りつづけるだろう。
「死んだ、もう一回」
私はこれからきっとたくさん死ぬのだろう。
でも、それが、ちょっと楽しい。