07 肉会
仮想空間は一室というより、私たちのためだけのレストランというゆったりとした広さをもったお店だった。
血白あかねは緊張していた。ついつい、いつもの肉のお食事かと簡単に誘いを受けてしまったのだが、話をちゃんと聞いていなかったのが悪かった。
つい、少年の件で浮かれていて、いい感じの答えをしていたのだ。
食事相手は1人、塔道地竜、年上の男である。年下かどうかはともかく、異性であり、どちらかというと襲う側だと思う。
そう、こんな自分が用意した空間なのだ、何をされてもおかしくない、もしたとえ、現実での関係が切れたとしても、
仮想空間での出来事は法には及ばない、そう、まだ整備が進んでいないのである。
だから、一度きりの好き放題をして、蹂躙してしまう、そんな遊び方をする人がいるということを知っている。彼がそうかは知らないが。
「すまない、仮想空間はなれなかったかな……座って、さっそく肉を準備しよう」
座ると直ちに、熱々の湯気を出したとろけそうなお肉が目の前に現れた。
本当にお肉だけなのだろうか?
とりあえず、そのお肉を食べてみる。
とてもおいしかった。細かいことはわからないが、そうして笑みがこぼれた。
「はは、どうやら感想を聞くまでもないようだ」
私が心配しすぎだったのかもしれない。
「ただ、これは前菜でね……次は気に入ってもらえるか少々不安がある」
「塔道さんのお眼鏡にかなったお肉なのでしょう、きっとおいしいに決まっています」
「そう言ってもらえたらうれしいのだけど……それでは」
さっきまで食べていた肉が一瞬で消え去り、全く異質なものが出現した。私の心臓が少し早くなるのを感じる。そして混乱している。
目の前に、彼が出現させたものは、生肉だ。それも、加工も何もされていない。
「気が合わなかったら、無理に付き合ってくれる必要はないよ」
と、彼は手づかみで、いつもの彼からは想像できない荒々しさでそれを食べはじめた。ナイフも、フォークも、横に置いておいて、まるで骨付きチキンにむしゃぶりつくように。
私は唖然としていた。それは、彼の知らない一面を見たからというのも大きい。
だが、もっと違う問題があるのだ。
私は、これが何の肉なのか、よく知っている。
彼の行動に忌避感を感じているわけではない、反対だ。共感できる部分がある。ただ、はたして、私が生肉を、それもこれを口に入れて美味しいと思えるだろうか。
もし思えるのだとしたら……
カラン、思考が暴走し、いつのまにかテーブルのナイフを落としてしまった。
「もうしわけない、君なら……と思ったのだが、やはり見ていて気持ちいものではなかったか」
「いえ、ただ食べたことがないので、美味しいと感じれるかはわかりません」
そういって、彼がそうしたように、私は傍若無人に肉に食らいついて食べはじめた。ある程度小さい部位であることはそうだが、知り尽くした肉だったから、口で、という点をのぞけば造作もなかった。
そう、口を使って……そして食べることは、初めてだった。
味はよくわからなかった。ただ、ほんの少し満足感を感じているのを私は認識した。
「味は……その、よくわかりません。でも、塔道さんも表には出しにくいご趣味をお持ちだということは理解しました」
「このような食べ方は野蛮に見えるし、生肉はあまり理解されないんだ」
寂しそうに彼は言った。だが、問題は彼の言ったことではない。
「いえ、そうではありません。
その、これ、人の生肉ですよね?」
そのとき彼の驚きの顔は見事なものだった、大きく目を見開き、口がぽかんと開いていた。彼からは見たこともない表情だ。
彼の裏の一面を見れたせいだろうか、私はリラックスしていた。
「見ただけで分かってしまうものなのか?」
「私はそうではありませんが、医学方面の人だと、わかったんじゃないでしょうか。
でも、せっかくですから私の趣味もお見せします」
私は落としたナイフをひろい、フォークを持って、またたくまに彼の肩の肉を一口サイズに切り落とし、彼の口に持って行った。
「自身のお肉はいかがですか?」
「見事なナイフさばきだ、だが、残念なことに私は食べる側でいたいのだ」
「気が合いますね」
ちょっと帰って試したいことができてしまった。肉を食われるというのは、どういう恐怖を生むのだろう。




