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メモリーリーク ~記憶の封印と仮想世界~  作者: 物ノ草 八幻
第一章
40/71

40 馬鹿の壁

 何が悪かったんだろう。


 私はなんでも全力で物事に取り組んできたのだけれど、精神的な過労として判断された。古い表現では神経衰弱やノイローゼというのだろうか。

 原因の説明を受けたが、分かりやすい解決方法はなかった。


 私は、どうしても生真面目に完璧を目指してしまうのだそうだ。医者が言うには不必要なまでに理想をもとめ、届かずに挫折することを繰り返してきていたのだという。

 そして、運悪く、よりよい理想を思い描く力に非常に長けているのだそうだ。


 考えれば誰だって分かることではないかと思うのだが、どうもそうではないらしい。確かにそうかもしれない。

 高い理想を追い求め、そして必ず失敗し、どんなことも失敗となり、成功は一度となく、全ての経験は後悔で埋め尽くされていた。


 本来は成功とよべるものや、大切に考えるべきものを当然と切り捨てて私は突き進んでしまったのだそうだ。


 私は高い理想をどうしても見つけてしまう。

 そして、見つけたなら、たどり着かなければならないと考えてしまう……ということらしい。


 どこが間違っているのか、正直よくわからなかった。


 どうしてより良い道があるのに、そちらに進まないのだろう、目指さなくて良いとできてしまうのか。

 それを良しとして、見ぬふりをして先に進めようか。


 私は、記憶を消す装置の使いどころも間違っていたそうだ。


 より勉強になることを、注意すべきことを覚えられるように、くだらない雑多なものは全て忘れるようにしてきた。

 だが、どうやら私がくだらないと判断して捨ててきた記憶は大切なものだったらしい。


 次はこのような失敗はするまいと、そう思うために、それ以外の些末なことを忘れて生きてきた。

 そうして私は、不幸だけを背負い込んでしまっているのだといわれた。


 いったいどこで間違えたのだろう。


#


 技術が確立されつつある処方より、最新の技術を試せる数少ない被験者がいたとき、科学の発展のために人は犠牲となるときがある。


 本当に、犠牲になってしまうのかはわからない。

 ただ、この場合、日常のささやかなことに幸福を感じられるように矯正すればよいはずだった。


#


 私に精神的な過労を治すために、研究途中の技術をつかいたいと打診があり、それをうけた。


 私は、理想を描く力が非常に長けているため、記憶を消す技術ではどうしようもなかった。記憶と計算力は別なのだそうだ。


 そして、最近開発されつつあるのが計算力を向上させる技術があるらしく、さらには計算力を低下させることも視野に入っているらしい。


 端的には、私の理想を描く力を低下させられるかどうか、実験したいのだという。

 もし、この治療がうまくいかない場合、代替えの治療を無償で受けることができるという話であったので、私はその実験に参加した。


#


 実験は順調に進んでいるらしいが、私にはどうでもよかった。


 夜に思い悩まずに眠りにつけて、目を覚ますこともなんの障害もなくでき、立ち上がることができ、私は非常に満足している。


 いったい私は何を今まで悩んでいたのだろうか。

 そもそも、私が思い描いていた、できるはずだと確信していたことは、ただの幻だったのかもしれない。


 悩んでいた記憶は、治療のために消去している。

 ある能力を低下させ、いままで悩んでいたことを全て忘れた私には、明るい未来が待っていた。


 全力でやりきると、満足できる成果が、思い描いた結果が返ってくるのである。


 朝ちゃんと起きたいと思ったら、それが普通にできた。私はすごい。


 ちゃんと「いただきます」をいうことができた。私はえらい。


 昨日知り合いから連絡をもらえた。とてもうれしい。


 私はこれまで非常に優秀な人間だったらしい。にもかかわらず、精神を病んで日常生活さえ一人で満足に行えなくなっていたらしい。

 なんというか、賢いのに頭は悪かったんじゃないかと思う。

 普通に頑張ったら、普通に結果が返ってくる。ただそれだけなのに、いったい何を悩んでいたのだろう。


 治療のために、どういった能力を低下させたのか、といったことも記憶から消去しているので、もう私には、今までの私の考えはわからない。


 やればできないことなんてないのに、いったい何を悩んでいたのだろう。

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