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メモリーリーク ~記憶の封印と仮想世界~  作者: 物ノ草 八幻
第一章
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04 手術の分岐点

 おおよそ50mの立方体の内側で、白く無地な空間に白衣をまとった老人の男性と黒いスーツをまとった同じ顔の男が20人ほどいる。


 私も、その黒いスーツの1人であり、いま、老人の話をうかがうところだ。


ここは最先端の医療を目的とした仮想世界である。


「それでは、私達の研究成果をご覧いただこうかの」


 老人は、はっきりとした声で告げる。

 すると、白い長机が5つほど出現し、その上に液体の入ったコップが置かれていた。


「まずは体験していただこう、テーブルの炭酸飲料を飲んでみてほしい」


 うながされるまま、コップを口元に近づける。

 ほのかに甘い香りがする。

 そうして、口に含むと、口のなかで炭酸のはじける感覚が広がる。味覚の再現だけではこの感触を得ることはできない。そして、飲み込む。

 食道をとおり、鼻に伝わる刺激と、胃へと広がっていく感覚はこれまで味わったことのないリアルさだった。


 周囲の黒いスーツの男達からも感嘆の声が聞こえてくる。まるで現実で飲食をしているような体験だ。


「これが人体と化学反応を徹底的に再現した成果じゃよ」


 老人は、満足そうな顔をしていた。


「この技術を利用すれば、お酒で酔っ払う現象も高度に再現し体感できる

 その最終目的はおいておき、つづいては現実の人体をどう仮想データとして読み取っているかを紹介しよう」


 コップと机は消え去り、様々な機材が現れる。

 その現象は間違いなくここがデジタルな空間であることを示していた。


「人を再現する元となるデータ、それをとるためには様々な機材を使っておる

 尿、血液、電磁波や音波、皮膚や毛髪の切り取りと、かなり膨大であり、過剰とも思える規模かもしれん」


 この部屋を覆い尽くすほど、多様な機材が出現していた。


「しかし、これらの情報をもとにしても完全ではなくてな。

 そこで不足分をコンピューターによる予測で補っておる」


 空間に予測の一致率が、部分ごとに一覧で表示される。


「その人体データ1つが皆さんが使っているアバターじゃ」


 今使っている人体は実在する人間を精密に再現したものらしい。

 それは、表面的な再現ではない。骨、筋肉はもとより、細胞1つ1つ、血液から神経にいたるレベルで再現されている。


「なかなか苦労しておる。切りきざまんとわからんことを、カメラから予測しようというんじゃからな。

 ただ、それでも実用できるところまでは、こぎつけたんじゃ」


 次にでてきたのは、白い長机にアルコールランプやフラスコなど、薬品のビンである。


「では、まずこのシミュレーターの汎用性を確認いただこう。仮想空間での科学の実験教材に使われている一般的なものじゃな。ひとつひとつ、見ていってもらおう」


 手始めに、アルコールランプに火が付けられる、続いてガスバーナー。

 既存のシミュレーターでもこれらは再現できる。

 アルコールランプのある部分で火をつける行動をしたら、火がつく、そして、火をつけ続けると中のアルコールの量が減る、そう抽象化して再現する。

 それは、アルコールの染み込みや酸化反応を厳密に処理しているわけではない。

 人間が目で見てわかる、違和感を持たない範囲で再現しているにすぎない。

 それを踏み越えてシミュレートしているのがこの空間である。


「ここで理解してもらいたいのは、おおよそ上位互換として利用できるということじゃ」


 デンプンとヨウ素液、リトマス試験紙などによる色の反応。

 金属を燃やすとき、その金属によって多彩な色で燃える炎色反応。

 液体窒素による釘を打てるほどに固くなったバナナ。

 いくつかの、ありきたりな実験を見守る。


「再現できんものもある。例えば、レンズの虚像などな、光の再現はあまりしておらん、そこは重要ではなかったからの」


 そうして、レンズの実験がうまくいかないことも確認する。


「さてさて、本題へとすすめようかの」


 すると、部屋の立方体の側面の1つがガラスのようになり、隣の空間が見える。

 空間が続いているわけではないのだろうが、3階ほどの高さから隣のエリアを見下ろすような配置になっている。

 その隣のエリアでは、4つの部屋に別れ手術が高速で行われていた。


「人体を高度にシミュレートし、外科的な手術を仮想空間で行っておる。目でおえるように、あっちで流れとる時間は4倍にしとるよ」


そこでは、早送り映像のような、妙に緩急の鋭い動きでこなされていく手術が行われていた。


「手術を行っているのはとうぜん人間ではない。コンピューターじゃ」


 そう、今目にしている光景に、人は関与していない。

 コンピューターにより自動的に手術され、仮想の人体はコンピューターによってその結果が反映されている。

 コンピューターによる手術自体はさほど珍しくない。

 重要なのは、デジタル空間で、人を全く介さずに、高度に再現されていることだ。


「こうして我々は念願の地点にたどり着いた。そう、手術で失敗の許容」


 老人の満足そうな笑みは不思議と、邪悪なものに見えた。


「人は失敗して学ぶわけじゃが、それはAIもかわらん。

 むしろ、AIにこそ失敗できる環境が必要なのじゃよ」


 その言葉から、AIへの強いこだわりが感じられる。


「この技術により、AIが新たなより良い手術を発見できるようになるじゃろう

 人間では到底なしえない早さであまたの失敗を積み重ね、未知の成功を獲得するのじゃ」


 そう、このシミュレーターの目的はただ1つ、新たな手術をAIに見つけさせること、である。

 そのためには、表面的に人として認識できるだけでは不十分だった。


 コンピューターは繰り返すことが非情に得意である。

 コンピューターの学習能力も、繰り返しが重要な基盤となってくる。

 だから、現実で1度しかチャンスがなく、同じ状態を再現して再挑戦できないものは学習が困難である。


 手術は失敗が許されない。

 だが、これからは変わるのだろう。

 新しい手術がAIによって考案される時代が来る。


 よくよく考えれば、コンピューターが新しいことを発見するというのは数学ではよく見られたことだ。

 円周率、素数、次のその数を見つけるのに人はコンピューターを活用して発見してきた。

 手術もやっとそうなったということなんだろう。



 最後に老人は言った


「じゃがの、ここまで再現してしまうと……

 はたして、デジタルで再現された人体を死なせて良いのかどうか、あんたはどう考えるかね?」

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