37 赤い幸せ 2
私は白い髪、白いワンピース姿をして、仮想空間で、1人の女性を切り刻んできた。
その彼女は、痛みで幸せを感じる狂人である。
今も、その共有空間で彼女と2人っきりだ。
私は切り裂くことにあきつつあった。そして、私はイジワルな人間である。
「ねぇ、私、あなたを刺すのあきてきちゃった」
そういうと彼女の表情はこわばる。とてもいい表情だ。瞳がゆれている。
「お願いだから、何でもするから!」
ナイフで彼女を傷つけるより、このように懇願してくれたほうが私としては面白い。
「本当に何でもする?」
私は、これといって彼女に何かして欲しいことがあるわけではない。
こういう時は、どれほどの覚悟があるのか、確かめてみるのも、試してみるのも、悪い人になったようで心地よかった。
「します!」
彼女の目を見つめて考える。
彼女にとって、私は幸福の源泉なのだろう。でも、彼女をナイフでズタズタに引き裂くのは私でなくてもできる。
「どうして、私なの?
仮想世界で、被害者役になるゲームもあったと思うんだけど」
「あなたじゃないとダメなの」
「どうして?」
物事は必ずしも言語化できるとは限らない。それでも問う。
「そんなことを言わないで。
いつものように、お願いだからそのナイフで私を傷つけて」
質問の答えにはなっていなくても、その発言は私を幸せにした。
他者の大切なものを、壊せる状態を見せびらかせて、壊すかどうかを決めるのは私で、他者はただお願いするしかできないというのは、非常に心地が良い。
だからこそ、私はとても残念そうな、ゴミを見るかのような表情を作って告げるのだ。
少しだけ、ナイフという希望を彼女に近づけて。
「でも、私にとっては、面白くないの」
この流れは楽しいが、彼女は痛いのを喜んでしまうから、ナイフを使うことは本当に楽しくない。
「だから、家事でも、それ以外でもなんでもするから!」
「家事はロボットでも代用できるし、私は今、とても満足しているから、してほしいことはないんだけど」
彼女に微笑えんで、満足していることを伝える。あぁ、本当に楽しい。
さて、そろそろとどめを刺そうか。
「わかった、それじゃあ質問に答えて」
「何でも聞いて!」
「これ、何か知ってる?」
私は彼女に1つのアイコンを見せる。とあるゲームのアイコンである。
「知ってる」
「ふーん、あなた、人を痛めつける趣味があったんだ」
そんなことはないのだ。これは誘導、彼女を死地へと導くための。
「違うの、ほら、この共有スペースってそのエンジンでできてるって知って」
「うんうん」
もう、袋のネズミなのである。どちらを答えても結末は変わらない。
「だから、その……」
「どうしたの? これをどう使ったの?」
彼女は、目を泳がせている。どちらを答えるべきか、悩んでいるのだ。
正解の選択肢はさっきつぶしてしまったのだから。
「……ひが、被害者として……その」
知っている。そう、私は知っている。だが、彼女は私がそれを知っていることを知らない。
「もっと、はっきり言ってほしいなー」
ナイフの刃先を私の手にそわせながら要求する。
「被害者役で……参加したの……」
私は、冷い雰囲気を装って、声を低くし、大きな声で感想をつげる。
「へぇー、浮気したんだ」
「違うの!」
「私じゃなくてもいいんだ!」
「だから、違うの!」
「被害者役で遊んだんでしょ?」
そう、実はあの質問は、被害者役として遊んで幸せを得たか、仮想空間で自分を傷つけて幸せを得たか、どちらかしかない。
はじめに、殺人鬼として遊んだということを否定させたので、彼女はどちらにしても、私でなくても幸福を得る行為をしてしまったことを告げなければならなかった。
つまり、どちらを答えても、私に頼らずに幸福を得ようとした、ということになる。
「そっか、私じゃなくてもいいんだ」
「違うの。遊んだけど、でも違うの。
あなたじゃないと
あなただから、とっても幸せになれたの!
丁寧に、切ってえぐって、どこもかしこもそうしてくれるのは、あなただけなの!」
そう、私は殺人鬼の少人数のときにやるように、細かく体のいたるところを、残すことなく刻み切った。
私はあきれたように振る舞い、ため息交じりに答える。
「そっかー、あなたにとって、私は細かく切り刻んでくれる都合のいい存在ってだけなんだー。
別に私のこと、好きでもなんでもなかったんだね。
家事をしてくれるのも、別に私のことを思ってくれてのことじゃなかったんだ」
彼女の絶望した表情がとてもたまらない。気を抜くと演技の表情が崩れてしまいそうだ。
「違うの、お願いだから許して!」
「許して? まるで、悪いことをしたのがわかっているみたいじゃない」
少し彼女と距離をとる。
さらに彼女の顔は暗くなった。
さて、いつものように仕上げにしよう。
「今のこの空間で、今のやりとりを忘れてくれたら、傷つけてあげてもいいよ」
「忘れる、なんだって忘れるから!」
「ありがとう」
彼女が記憶を消したのを確かめ、
私はいつものように、彼女を傷つけはじめた。
これで、明日もまた、このやりとりができる。




