03 魂の牢獄
意識がはっきりすると、篝火の前に座っていた。
俺は「魂の牢獄」のシリーズ3作目のこのゲームで、期間限定イベントダンジョンへ挑戦しようとしている。
敵を倒して財宝を奪う定番のアクションRPGで、たまたま時間があわす一人でプレイすることになった。
俺のアバターは、手持ちの武器は弓と短剣、鎧は軽装で、盗賊やレンジャー系の構成をしている。
だから、一人でも倒さずに奪って戦利品を得ることはできるかもしれない。
周りは色あせた土に崩れたテント、木の柵、そしてレンガの道の先には、わずかだが砦の一角が見えている。
「サーチ」
「もっちちゃん起動、周囲をサーチします」
発言とともに、サポートAIが反応し、周囲の注目すべきオブジェクトを確認していく。
見えている景色から地図が生成されていく。
この「魂の牢獄」では、サポートAIによってUIのカスタマイズや探索・警告表示・攻撃予測などを自在に表示させることができる。
あつかえる情報は、プレーヤーが認識できるもの、に限定される。
具体的には見えている景色、チャットやステータスで表示される内容、音声、事前に登録しているデータ、といったものだ。
今のは見えている景色をもとに、物体や地形検出のAPIを利用して地図を生成している。
このゲームは、AIによるサポートを創意工夫でカスタマイズし、自身に見合った冒険スタイルを構築して遊ぶことができる。
矢の装填などの行動もAIから実行でき、アバターに弓を装填するという動作をうながすことができる。
そうして、サポートAIと自身の判断力や反射神経の両面を育てていくことが、このゲームの醍醐味である。
「警戒しながら、不意打ちのみオート回避で」
「もっちゃん警戒モード、不意打ちの時の身体制御を受領」
ひとまずは、砦の入り口まで進もう。
このイベントは難しい。その理由はイベント期間終了まで、挑戦した記憶を封印されるからだ。
繰り返し覚えて対処するということができない。
挑戦の結果で、わかるのは「達成度」「時間」「戦利品」である。
持ち込んだアイテムは消耗しない。
このネタバレ封じにより、攻略情報の共有不可という、デジタルネットワークが武器にしてきた集団による攻略を封じてしまった
その面白さは大きく2つある
1つは、初見プレイでどこまで達成できるか、という楽しみ方だ
1つは、イベント終了後の結果発表と答え合わせ
イベント終了後はリプレイを公開できるので、その共有も楽しい
それらのためにも、まずは挑戦しなければはじまらない
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記憶を封じられてもできることは少しある。
ゲーム開始前に行動方針を時間で決めておき、それに対する結果を記録していく。
開始10分は慎重に進む、何かアイテムをゲットしたならすぐさま帰る、と予めゲーム開始前に行動方針を設定しておくのだ。
そうすることで、全く同じ繰り返しを抑制することができる。
今回は、アイテムが取れたら一目散に篝火まで逃げて帰還するつもりだ。
砦に近づくと、門は閉まっていて、上から監視している骸骨のモンスターが二体見えた。
サポートAIによりモンスターの情報がシステムに表示されるスクリーンを閉じながら、壁まで進む。
モンスターは相手にせず、物陰から物陰へうつりながら。
壁伝いに、監視の薄そうなところを探して、壁の上まで一気に跳躍する。
跳躍系のスキルは、こういうときに便利である。魔法はエフェクトが光ったり、発声が必要で不向きなことが多い。
隠密系のスキルによって、跳躍時や着地の音をかなり下げているので、そうそう気づかれないだろう。
周囲を一瞥して、壁上で身を隠す。
音の変化はなく気づかれていなさそうと確認し、水晶のマジックアイテムを起動する。
自分を俯瞰するような映像が、水晶に映し出される。
その向きを調節して、壁の内側の建物を観察する。
この道具なら、自分の頭を出すより安全で、落ち着いて周囲を見渡すことができて便利だ。
砦は3階層で、いびつで複雑な構造をしている。
そのため、ベランダのような空間があり、2階から侵入することもできそうだ。
サポートAIの予測による、発見している敵の現在位置と行動ルートを参考にしながら、タイミングをみはからって砦2階へと跳躍した。
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砦2階を隠れながら、落ち着いて探索をすすめた。
経路、部屋、モンスター、そして宝箱の位置が一通りでそろう。
モンスターは鎧を着た骸骨で統一され、それらにはばまれて宝箱へ隠れてたどり着くのは難しい。
どれくらいの攻撃量でモンスターが倒れるかわからないので、倒すことは考えない。
どれかの宝箱を開けて中身をぬきとって一目散に逃げるのが無難だろう。
どの宝箱にするかは、手順に従って順番をつけた宝箱の1つ目を狙う。
そうすれば、記憶がなくても、次は2つ目にしよう、3つ目にしようと、ゲーム開始前に調整できる。
俺がやるのは、北から時計回りで番号をふるという、単純なものだ。
これで、やることも狙いも定まった。
近くの障害になる敵は3体、気づかれることを覚悟して全力で宝箱まで駆け抜ける。
気づいた敵1体は、弓を撃つ。
気づいた敵1体は、剣をもって追いかけてくる。
もう1体は、他を警戒して動かない。
パーティープレイだと、陽動に全員が引っかかってくれないのは面倒だが、今は都合が良い。
放たれた矢が背中を抜けていき、その勢いのまま宝箱までつめる。
木でできた素っ気ない四角い宝箱、鍵をスキルで開け、とにかく中身を袋に詰め込んだ。
内容を確認している暇はない。
とにかく、脱出しないと。
剣をもった骸骨がやってきた、帰り道を塞ぐようにいる。
それに構わず、振り返り全力で走り抜けるように進む。
骸骨は上に剣を構えて、タイミングをみはからっている。
その骸骨から5mほど離れた地点で、壁の上部に向かって跳躍する。その5mほど勢いで壁を走り、剣の骸骨をすり抜ける。
ここからは追いかけっこの勝負だ。
後ろから敵2体が追ってくる。矢が放たれ、3本ほどが俺に命中するも、致命傷ではない。
ベランダになっている外まで来たら、何も気にせず、壁へ跳躍する。
壁の骸骨もこちらに気づいたようだが、もうここまできたら逃げるだけだ。
壁から跳躍して飛び降り、篝火まで一気に駆け抜けた。
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俺はゲームの待合室として作られた酒場のような空間に帰還した。
挑戦した記憶は封印されているが、アイテム欄にはしっかりとした手応えが残っていた。
「よぉ、ソロで挑んだんだって?」
「あぁ、いいアイテムが入手できたよ」
「持ち帰ったのか!やるなぁ、さすがシーフ系ビルド!」
歓迎してくれているのは、酒場の店主っぽいロールプレイをしている仲間だ。
「今回は難易度が低いかもしれないな」
調子にのって言ったわけではない。
普段のイベントは一人で挑んでもだいたいアイテムを持ち帰るような事はまずできないのだ。
「最近は、新規プレーヤー向けのキャンペーンがおおかったからなぁ、新人に配慮したんだろう」
「なるほど」
「そうすると、例の獣人は今回はクリアーしてしまうかもな」
「あー、あるかも」
獣人でトリッキーな戦い、一人で挑戦する少女のプレーヤーがいる。
隠れる気がない、怒涛のようにその移動力、反射神経を活かして突入し、敵の持ち物さえ強奪して武器として扱い宝もろとも強奪していく。
その嵐のような攻略のリプレイは何度見てもワクワクする。その突き抜けたあり方に憧れる。
だが、さすがに一人ではイベントボスの撃破は今まで成功していなかった。
「とりあえずウィスキー」
「あいよ」
仮想世界で飲むお酒はとても珍妙だ。味しかしない。
アルコール特有のカッとくる口の中の感覚はなく、酔うこともない。
好みで顔を赤くするようなエフェクトはあるが、別に飲まなくても使えてしまう。
とはいえ、こうやっていると、何か一仕事終えたような気分にひたれる。