29 俺が与えられるもの
脳のコピーと統合の実験は終了し、ロボットの私は、元の私の所有物となった。
それ以降、彼女との脳の同期、統合はしていない、しないことにした。
あからさまなロボットとわかる少女のような姿で私は、変わりなく仕事として廃病院にかよっていた。
掃除、洗濯、料理、ちょっとした卓上での遊びの付き合いと、少しずつできることが増えていった。
あの最初の日、あることを言われて動揺していたものの、傘を返さなければならなかったので2日目も行くことになり、その後もなし崩してきに行くことができた。
彼は怯えているようだった。
確かに、彼の一言で、無視し続けてきた問題に直面することになったが、それは遅かれ早かれだと思う。
彼が気にすることではない。
だから、つとめて明るく振る舞った。そうして、2人でできるアナログのカードゲーム、トランプや将棋、ジェンガなどで遊んだりした。
そうした日々が何日かたった、オセロの勝敗が決まったときだった。
唐突に、彼の告白は始まった。
「俺はな、いろんな犯罪をしてきたんだ。
盗みもやった、賭博も、悪い薬を売るのも、騙すのも、人を殺すことも、いろいろな」
私は、聞いてはいけない気がした。
どうして、そんな話をするんだろう。
「上手く逃げているつもりだったが、結局は捕まってな。ひどいめにあった」
私は、少しずつでも、やっとなにかできそうだと思える居場所から、追い出される、そんな気がして怖くなった。
「記憶を一部封印したり、消したりといった技術があるだろう。その技術はどんどん進化していてな」
犯罪者。確かにうさんくさい男だとは思ったが、ロボットの少女にすら怯える人がそんな事ができるのだろうか。
「感情をダイレクトに与えることができるようになったらしいんだよ。
俺はその実験で、恐怖を与えられ続けた」
感情を、よりにもよって恐怖を与える実験だなんて、なんとも恐ろしいことをしているのだろう。
その技術は、私が感じた絶望を何倍にも凝縮して与え続けることができるのだろうか。
「そうして、俺は人を見るだけで怖くなっちまった。
仮想空間でもダメだ。だから、俺は世捨て人にならざるをえなかったんだ」
人間嫌いではなく、人間が怖いから、避けて生きるには機械しかなかったのか。
「だからな、俺はなんで生かされてるんだろうって、思うんだよね」
「それでも、私は生きる理由がほしい」
「まるで人間みたいだな、おっかない。
そうだなぁ、君のことを俺は何も知らない、何を悩んでいるのか、何が好きなのか、どういう経緯で作られたのか。
だからまずは、教えてくれないか、一緒に悩むくらいはしてやるよ」
何故だかわからないが、私は、話してもいいか、そう思いいたって、少しずつ、ぽつぽつと話はじめた。
私がゲームを無邪気に死んで楽しんでいたあのころから。
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俺はロボット、いや、彼女の話を聞いていて、たまに彼女を恐ろしいと思った理由に納得がいった。
人間の脳をコピーしてシミュレートしているんじゃ、行動はまさに人間のようになるのだろう。
その人間らしさを感じて、俺は怖いと思ったのか。
「なるほど、元の人間としては生きられないから、理由がほしいのか」
「うん」
「理由がないと、生きていてはいけないのか? 俺は、もう何にもないぞ」
「それでも、私は理由がほしい」
「今でもゲームは楽しいと思うのか?」
「うん、楽しいよ」
「ここに来たり、他でロボットとして仕事して、ゲームを楽しんで、それでいいんじゃないか?」
「でも、それは元の私と同じことをやっているだけだから」
なんとなく、悩んでいることは分かった。
彼女は元の人間に戻りたいと願っている。それがかなわないから、まったく別のなにかになりたいわけだ。
自身の居場所がちゃんとあって、それで良いと誇れる自分だけのなにかを持った、そんな人間になりたいのだろう。
そんな特別な人間なんてそうそういないんだけどな。
だいたいは、誰でも代わりがきく、一芸に秀でたとしても、世界規模で見たら凡人なんてことはよくある。
だからこそ、何をやったっていい。
といって、言葉で納得できる話でもないのだろう。
たぶん、まったく別のなにかになれそうな、そんな希望が必要なのかもしれない。
そして俺が与えられるものは限られていた。
「じゃあ、犯罪者にでもなってみるか?」




