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メモリーリーク ~記憶の封印と仮想世界~  作者: 物ノ草 八幻
第一章
28/71

28 理由の所在

 人間に恐怖を覚えた俺は、廃病院を改造して地下で暮らしている。


 身の回りのお世話ロボットを探したところ、安価でありながら高性能な少女型のロボットがやってきた。

 なぜか、一緒に料理をすることになった。

 それでわかったのだが、家事専用ロボットというわけではどうもないようだ。


 かなり汎用的なロボットである。

 この所有者や制作者に興味をいだくも、残念なことに人間恐怖症となってしまったので、合うことはできない。


「お兄さんって器用ですね」


 まぁ、なんでもやっていたからな。

 切る対象は野菜ではなく、人だったりしたわけだが。


「あぁ、というかなんで君は家事をするロボットなのに子供体型なんだ?」


「え?」


 そう、わざわざ踏み台を用意して、キッチンをつかっている。

 家具は、成人の平均にだいたいあわせる。もともとは家事用のロボットではないのかもしれない。


「本来の目的はなんのロボットなんだよ?」


「それは、その……」


 うつむいて考えてしまった、まるで人間みたいな反応に少し恐怖を感じる。


「目的のないロボットは、変ですか?」


「そりゃそうだ。

 でも、変わったロボットを作るやつがいたという話か」


 道楽で汎用的なロボットを作ってる連中がいる、ということなのかもしれない。

 人のように考え、人のように行動する、そんなロボットを。


 そんな話をしながら、メシを作った。


 ただ、そんな話をした後のロボットの挙動に、俺は恐怖を感じることとなった。


#


 私は憂鬱な気分で家に帰った。


 仕事先で男が言った「本来の目的はなんのロボットなんだよ?」という一言は、私をどうしようもなく暗い気持ちにさせる。私はどうして生きているのだろう。動いているのだろう。


 ただ、理由が欲しかった。


 私にはちゃんとした理由があって、この世に生まれたんだという、祝福されてここにいるんだという理由が欲しかった。

 私の記憶にも、それはあるが、それは私ではない。

 ロボットになってしまった私ではなく、元の、人間の体のままの彼女の記憶だ。


 私はどっちつかずだ。人間でもないし、機械のように生みだされた目的もない。

 それなのに、私は動き続けている。目的もなく、意味もなく、動き続けている。

 人形のように鑑賞される目的で作られたわけでもない。


 私は、同居している彼女にとってお荷物になっている。

 私が掃除をしようと、料理をしようと、彼女を手伝おうとも、結局は記憶は統合されるので、自分で身の回りの世話をしているようなものだ。

 私だからできること、私にしかできないことがない。


 実験が終わったら、統合はやめよう。

 彼女には、話す必要はない。どうせ統合するので、理解される。


 でも、例えそうしても、私は唯一無二の存在にはなれない気がする。きっと、私はコピーでしかないし、誰かのコピーしかできない。


 気がつくと、ザーザーと雨が降っていて、私は濡れていて、それでいて私に雨は降っていなかった。

 振り返れば白髪のうさんくさい男が傘をかかげていた。


「やっと気がついたか。いくら特注で錆びないからって、自分の体は大事にしろよ」


 さっきしてきた、家事の仕事の依頼主が、自分用と私用に傘を2本さしていた。


「持っていけ」


「はい、す、すいません」


 ロボットである私に傘なんて必要なのだろうか?


「機械だって手荒く使ったらすぐにダメになるんだ、メンテも大変なんだぞ」


 勉強したから、メンテナンスが大変なのは知っている。

 でも、結局は劣化したら部品を交換してしまえばいいだけのことじゃないのだろうか。


「じゃぁな」


 男は傘をわたして帰っていった。


#


 俺は恐ろしかった。

 まるで、自分の言ったことで他人を傷つけてしまったんじゃないかと思うだけで恐ろしかった。


 そのロボットがまるで人間であるかのように、たった一言でショックを受けただなんて、確信はできなくとも想像はできてしまった。

 そうすると、俺は人を傷つけることを極端に怖くなってしまっているから、いても立ってもいられなかったんだ。


 うわのそらで行動するロボットなんて見たことも聞いたこともない。

 でも、まさにそういう感じだった。

 人間をいたぶってきた俺にはわかる。あれは間違いなく動揺して、心がここにない、それでも冷静につとめて、やることだけは形だけやって、自分のことは疎かになってる、そういう行動だった。


 なんでそんな行動をロボットがするのか、疑問よりもまずは、俺がいだいている恐怖を和らげたかった。


 だから、雨の中を傘もささずに歩いているロボットに追いついて、人間あつかいして傘をさしてやって、ロボットが気がつくまでずっとそのままだった。


 気がついてもらえても、今度はその顔を見ることができなかった。

 ロボットなのだから、表情なんてあるはずもないのに俺は怖くて顔が見れなかった。

 見てしまうことが怖くて、逃げるようにその場を立ち去った。


 いったい俺は何をしているのだろう。

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