26 白恐怖症
僕のことを馬鹿だっていうやつもいるかも知れない。
大げさにそれっぽく振る舞っていれば、高い評価がもらえて、簡単にお金が稼げたんだ。
痛覚のレベル、感度は最初は低く設定していたんだよ。
だけど、慣れてくると、もっとちゃんとしたほうがいいかなって、そう思うっていうかさ。
そうしているうちに、仮想世界で痛みを感じることに抵抗がなくなっていったんだ。
そのほうが、それらしく振る舞えるし、都合が良かったんだ。
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仮想世界でお金儲けができて、そのときに嫌なことがあっても、簡単に忘れることができる。
昔の人は言っただろ、嫌なことを進んでしなさいって。
コンピューターの発展により、数値化できることはなんでもゲームになって仕事になった。
そうした中で、悪いことを楽しいと感じてしまう人がいる。
そうして、仮想世界のゲームの中だからと、悪さをできるゲームが作られた。
僕は、別にそのプレーヤーになったというわけじゃないよ。
逆だ。
僕は、その悪に蹂躙されるキャラクターになったんだ。
コンピューターであるNPCがやればいいものを、わざわざ人にやらせるんだよ。面白いだろ?
恐怖を感じているであろうと、演技し、それらしく振る舞えば振る舞うほどに、高い評価がされ、お金がもらえるんだ。
さいしょはね、これほど簡単にお金が手に入るものはないと思った。
賭け事と違って、痛みっていうのは確実に感じるからね、それをただ、痛いって普通につらそうにすればいいだけなんだもん。
これほど手軽で美味しい話はないと思ったんだ。
被害者になるといっても、いろいろあるよ。
殺人鬼が街中で暴れまわるとか、巨大怪獣が暴れる世界、拷問をするゲームといろいろ。
血を見たら、悲鳴をあげて逃げまどえばいいんだ、簡単でしょ?
そうして、僕のアバターが切られたり、破壊されたりしたら、痛い、助けてって、ちゃんと言うんだ。
反応のしかたもいろいろあるよ。
助けて欲しがったり、痛がったり、逃げたり、抵抗したり、神様にお祈りしたり、他の人のやられかたを見たり映画を見て研究するんだ。
設定として、家族がいたり、友人がいる場合は、守ったり、見捨てたり、そのあたりは臨機応変にやったよ。
お金をもらっているプロだからね。
そうやって調子に乗っていたんだと思う。
あと、見えも貼っていたかな。
お金を持ってると、モテるし、裕福そうなイメージをもたれるのが楽しくってさ。
お金を皆の前でパーッと使うことが気持ちよかったんだ。
痛いことを繰り返すのは辛くないかって?
記憶を削除できるからね、装置で簡単に忘れられたんだよ。
辛いのを少し我慢していれば、その記憶は消えてお金だけが手に入るんだ。まるで魔法や錬金術みたいだろ。
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気がついたら、食事のときに手が震えるようになったんだ。
サラダを食べようとフォークを持っていたんだと思う。
でも、その時は理由がわからなくて、何か重いものでも持って疲れたかな、そんなふうに思ってたんだ。
それが続いて、周りがいろいろ言うのがうっとうしくて、それを隠すために、食事は1人でとったり、パンとか、手で食べられるものに限定するようになっていった。
手で直接食べるとか、ゼリー系の飲むものなら問題がないっていうのは、いろいろ試して気がついたんだ。
フォークやナイフはだめだった。カレーライスはスプーンだから大丈夫。
でも、しだいにお箸でも手が震えるようになって、本当に困ったよ。
そうだね、お箸がダメになったころあいに、鉛筆やボールペンでも手が震えるようになったんだ。
刃物を見るだけで気分が悪くなってさ、ハサミとかカッターナイフも見ているだけで吐き気がしたんだ。
映画も見れなくなった。
しだいに僕の部屋からいろんな物が消えていったよ。
キーホルダーの人形とか、ああいうのも、犬っぽいとか、魔物めいたものを恐ろしいと思うようになってさ。
そうそう、パトカーや救急車のサイレンの音を聞くだけで、逃げ出したくなるようになった。
そうやって現実に支障をきたして、他人に強引に医者にいかされるまで僕は壊れつづけたんだ。
記憶を消しても、魂は覚えているんだね。
もう、白い服を着た女性を見るだけで僕は、嘔吐してへたりこんでしまうまでになっていたんだ。
全て忘れているはずなのに、覚えているんだ。
白い女が、ナイフで、のこぎりで、チェーンソーで、僕をズタズタに切り裂く光景がイメージできてしまう。
足を切られ、指を切られ、腕を切られ、細かく細かくすり潰されていく。
その映像がずっと僕のなかで再生され続けるんだ。




