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メモリーリーク ~記憶の封印と仮想世界~  作者: 物ノ草 八幻
第一章
20/71

20 教養

 私は教師をしている。未だに、教師という職業があるのは奇妙かもしれない。

 コンピューターによる発展で、勉強も、仕事も、まるで娯楽のように反応があり、数値化され、演出され、評価されるようになった社会で、私達は一体何を教えるのか。


 「どうして勉強するの? コンピューターに任せればよくない?」という声に、真正面から答えを示せる先生はどれだけいるだろう?


 多くの先生も、教えることが娯楽的になり、楽しんで教えているのが現状ではないだろうか。


 文字の読み書きを覚えるのも、コンピューターを使ったほうが楽しく覚えられる。

 競争心に火をつけたり、成長していることを明示したり、怪我をしそうな行動を注意したり、おおよそ教師のやることはAIがやってしまう。


 私達にできることは、自分自身でどういう人間であるべきかを体現することくらいしかない。

 不完全なところもあるけれど、理想をもって、現実をみつめ、夢をおいかけ、豊かな人生をおくっていることを、体現するしかない。

 それ以外のことは、おおよそ機械でもできてしまうのだ。


 それは有名人やアイドルがみせる背中とは違う。

 アイドルは完全であって、夢をみせる。

 私達は不完全をみせて、それで良いということをみせる。

 そうでなければ、まるで、みんなこぞって機械になれといっているようなものだ。


 不完全で良いのだと思う。

 だからといって、だらしなくて良いわけではない。


 人生を楽しみたいだけなら、仮想世界で過ごしやすい世界に浸れば、それですんでしまいそうな時代だ。

 食べることが困難な時代は、食べられれば幸せだった。

 医者にかかることが困難な時代は、医者にかかれれば幸せだった。

 幸せな空間をもつことが困難な時代は、幸せな空間がもてればよかった。

 今は、食べることにも困らない、医者にも困らない、デジタル空間なら自由自在だ、人は困らなくなってしまった。


 それでも、欲するものをいだいて、社会を発展させようとしたり、壊そうとしたりする人が現れる。

 コンピューターだって完璧ではないのだろうから、それでいいのだと思う。


 さて、先生に向いているかどうか、簡単な質問でわかる。

 あなたが社会の先生だったとしよう。

 もし、生徒があなたよりも社会について詳しく賢くなったとき、あなたはそれを喜べるだろうか?


#


 そんな私は最近、中華料理を作ることにはまっている。


 デジタル空間はとても便利だ。とくに料理の勉強においては食材について悩む必要がなくなる。

 現実の料理は作ったからには食べ無くてはならないが、デジタル空間ではその心配がいらない。

 そう、失敗しても簡単に捨てられるし、材料を買う必要がなく無限に生成できるのだ。


 もっとも、料理むけのデジタル空間が充実したのはここ最近だ。

 なんでも医療関係で開発されたシミュレートエンジンが土台になっており、様々な再現のターニングポイントになっているらしい。


 これまでのデジタル料理空間は、おおざっぱだった。

 塩をふりかけたら、強制的にまんべんなくふりかかってしまったり、食感や舌触りの再現はされていなかった。

 それっぽい動作をすると、それっぽく料理が作れてしまうので面白みがなかった。

 それが、本当に細かいところまで反映されるようになった。

 まったく、いったいどれほどの料理を研究して作られたのだろうかと考えてしまう。


 ここまで再現できるなら、今までのおままごとと違い、仮想空間に本格的な料理教室だって開けるだろう。

 

 技術は進歩していく、私達も、それに応じて、ありかたを見つめ直さなければならない。

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