16 美味しい肉
ゆったりと配置されたテーブル、どの調度品も高級品だろう。
眼の前に並べられた料理にひとまずの満足を得て、私はナイフとフォークを持ち、肉を切り、口へと運ぶ。レアな焼き加減と、とろける食感がたまらない。
やはり肉はいい。生きていると感じさせてくれる。
少し赤みがかった黒のスーツの私は、静かに食事を進めていく。肉、ワイン、肉、ワイン、肉……他は何もいらない。
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そんな私も仮想空間のゲームをする。
私はそこで魔獣となる。
なかなか、ここまで成長させるのには苦労した。俊敏さ、嗅覚、知覚など、獲物を捉え、食らうための能力の向上をさせてきた。
舞台は、中世ファンタジーで、水晶などがきらめき、少し機械の発達した都市である。
40体ほどの悪魔である私達がそこに突如現れ、破壊と殺戮を繰り広げるというのがこのゲームだ。
カウントが0となる前に、どこに出現するかを選択しておく。
このゲームは色々な楽しみ方がある。
基本となるルールは簡単だ、モンスターとして暴れまわり、恐怖を振りまけば良い。
恐怖を与えれば与えるほどにポイントがもらえる。
モンスターとなる私達はチームプレーをする必要はない。
それぞれが思うままに、破壊し、殺し、喰らい、非道を楽しめば良い。
都市の住民の中には抵抗する傭兵や冒険者、魔術師もいる。
正義の味方に絶望を与えるのもなかなか楽しい。
さらに私は、この世界をより楽しむために現実の記憶を封印する。
そうして完全な魔獣へと私は生まれ変わるのだ。
虎よりも二回りほど大きな巨体に、頑丈な顎、牙をもつ四足の魔獣は、空こそ飛べないが、地上での俊敏さと破壊力をもつ。
カウントが0に近づくにつれて、私の人間性も薄れていくような錯覚を覚える。
さぁ、狩りの時間だ。
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街に出現した私は、手近な人間にかぶりつく。すぐには噛み殺さない。
状況を理解させなければ恐怖のポイントがつかないからな。
食らいつきながら、左右にゆらして周囲に見せびらかしつつ、牙をめり込ませ肉と骨の砕ける音を聞かせてやる。
「バ、バケモノ!」
あぁ、美味しい、どうして人間の肉はこんなにもうまいのだろうか。
屈強な戦士、美しい女性、なにかしら資質をもった者たちはもっとうまい。
逃げ惑いはじめる頃合いを見計らって、次に飛びかかる。くわえたまま、家の中へ逃げたほうへ、壁を壊すように頭から突っ込む。
縦横無尽に暴れ、破壊するこの感覚がたまらない。
やはり、豪快に硬さと力で潰しながら、俊敏さでとらえる私の体はとても良い。
小細工抜き、火を吹かず、直接食い殺すことが何より心地よい。
そうしていると、遅れて傭兵たちがやってくる。
私にとって彼らは邪魔者ではない。美味しい美味しいとっておきの肉だ。
重装備のいかにも回復役ですよという僧侶から食っていく。そう、私の俊敏さには隊列など何の意味もなさない。
大きな盾を密集させて横に並ぼうが、飛び越えてしまえば良い。人間は小さいのだ。
次は、軽装のものから順にたいらげていく。
焦る必要はない、ゆっくり味わいながら、すぐに死なぬように食べたほうが恐怖ポイントは獲得できるのだ。
あぁ、うまい、うまい、うまい。
我慢できずに私は天をあおぎ、咆哮をあげる。
その声に、またいっそう恐怖ポイントは増えていく。ポイントのためではなく、叫びたかっただけなのだが。
そうして目につく人間を殺して回ったら、私は都市の外へとでて宴を終了した。
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「ふぅ」
現実の私室で、私は考え事をしていた。
そこから見える街並みは、夜でも点々と明かりがついて綺麗だ。
ふと思う、この街にあのゲームのような魔獣が突如出現したらどうなるのだろうと。
警備の人間やロボットもいるが、そうそう簡単に止められるものではないだろう。
軍も、そうそう早く動くまい。
なにぶん、そんな状況はこれまで起こったことがないのだから。
機械、コンピューターが発展し、それによる監視は社会を一段と安全にした。
そうそう街中で大量殺人など起こすことは難しい。
魔獣のような人外の力でもなければ、成しえないが、機械を使えばあるいはと考えてしまう。
それでも、機械を使うがゆえに監視網があり容易ではない。
ただ、ここ昨今、そういうことを題材にした映画も増えてきた。
街中での虐殺、人類とコンピューターとの対決、それは普遍的なテーマではあるが、昨今そのたぐいの映画が流行っている。
食われる側にはなりたくないな。