15 統合する私
私の脳のコピーをもつロボットが目覚めて発した「わたしは、どうなるの?」という声に、私はいたたまれない気持ちになった。
彼女の姿は、ロボットとはっきりわかる白い表面で、どこのだれともわからない女性型のマネキンである。
その感情は、たとえデジタルなものでも、生み出したのは私なのだ。
私が実験をうけたから、悲しんでいる彼女がいる。
とはいえ、いったい私は彼女に何ができるのだろう?
彼女ののぞみがあるとすれば、人間にもどることだろう。それは不可能だ。
できたとしたら、私は差し出せるのだろうか?
もし、私がそれをできる人間なら、彼女はきっと後悔していない。
でも、きっと後悔しているのではないだろうか。
だから、私はその思いを、受け止めなければならないと確信した。
「実験を、統合まで進めてください」
私は、職員に頼んだ。
「いいのかい? 彼女は強いショックを受けている、後遺症を残すかもしれないよ」
「かまいません」
そうして、彼女は停止され、私へと彼女の記憶は統合された。
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私にとって、人間ではなくなるという現実は非常に衝撃的だった。
私に身体的なコンプレックスがなかったわけではない。だが、人間でなくなってしまったという経験、その記憶は
今の、ただ人間であるということに感謝の念をいだかずにはいられなかった。
私にとって、現実の体はかけがえのない大切なものだったらしい。
ロボットになってしまう記憶によって、私はさまざまな、あたりまえとしてきたものの大切さを知った。
それでも、実験は私の心を待たずに進んでいった。
私のデジタル脳コピーが複数創られ、仮想世界を遊ぶ。終了したら私に統合される。
ロボットにコピーされ、しばらくすると、私に統合される。
そうしたことが永遠と思えるほどに繰り返された。
私はどれくらいの時間を生きたのだろう。
コピーの脳は100台ほどある。それらが仮想空間で生きて、死んで、私に帰ってくる。
もちろん、すべてを覚えているわけでもない。
でも、確かに、着実に、私は変わり続けた。
私はロボットの私とお話をした。
「ねぇ、私はいつになったら彼氏をつくるの?」
人間ではなくなってしまったせいか、デリケートな部分をロボットはついてくる。
さっきまで私だったくせに。
「えーっと、ほら、出会いがないじゃない」
「ゲームであれだけ知り合いがいるんだから、もっと、現実へ誘えばいいのに」
「もう、無理だってわかってるくせに」
「うん」
なんだろう、少し慣れたのかもしれない。
そうして、私は私のコピーがなんども死ぬのを見た。
なんの感動も演出もなく、静かに電源がおとされ、コピーは静かに消えていく。
私は、しだいにコピーされ、死ぬことを受け入れていった。
現実の私も、いつかこういうふうに死ぬのだろうか。
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"魂の牢獄" で、とあるパーティーが話題になっている。
変幻自在の華麗なコンビネーションでダンジョンを踏破する彼らは、一気に注目を浴びた。
実は、それは私のコピー達である。
私の脳をデジタルにコピーしシミュレートしたそれらに、様々なことをさせた。
その1つの実験として、このゲームでのパーティープレイだ。
一躍有名になった-パーティーの噂話を聞くたびに、私はどうしても顔をニヤニヤさせてしまう。
あれは実は公式が作ったAIによる特製NPCなんじゃないか?特殊部隊かなにか、現実でそういう仕事をしている人達じゃないのか?と、おもしろく話が広がっていく。
パーティーを組んで遊ぶことが苦手だったが、私であり、経験を統合できたことで、飛躍的に協力プレイも上手くなることができた。
おかげで、私も獣人の少女としてソロではなく、パーティーに参加することが増えつつある。
同時に多数の経験を積み、統合することができるため、私のゲーム経験値はうなぎ登りとなった。
とても残念なことに、この実験が上手くいってしまうと、この経験値は、お金で購入できるようになってしまいかねない。
計算力、判断力の記憶の差分データを抽象化し、他者へと付与することがこの実験の目標なのだから。
ちなみに、この実験でわかったことがある。
バーミンは、思いの外顔が広いのだ。
コピー達の数名がバーミンと接触していて、そのときどきにはじめましてを装うのは非常に難しかった。
同じ人物であるとはバレてはいないと思う。
いったい彼はどれだけの仮想世界にアバターをもっているのだろう?