14 分裂する私
私のもとに実験への協力をもとめる招待状が届いた。
報酬の金額は破格。
さらに、成功した場合に受け取れる内容は、現実ではなく仮想空間で受け取るものではないか? と勘違いしそうなものだった。
成功報酬は、私の記憶を持った機械仕掛けの人型ロボットである。
データ収集を条件に、実験施設が存続する間はメンテナンスもしてくれるらしい。
さて、どうしてそんな話が私に舞い込んできたのかというと
遊んでいる "魂の牢獄" というゲーム、そこでの私の活動が実験に適している、ということらしい。
ソロで活躍していた私には、多様な仮想空間に単独で挑戦する技術があると判断されたらしい。
ひとまず、仮想空間の共有空間で話だけでも聞くことにした。
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実験は、まずデジタル上で私の脳をシミュレートし、仮想空間で行動できるかを確認し、仮想空間で、私と立ち会うこと。
私の脳のコピーが現実の人型ロボットを動かすこと。そこに私が立ち会うこと。
複数の私の脳のコピーを仮想空間で行動させた後、私の脳に統合すること。
それらが可能であれば、私の脳のコピーを複数作り、いくつかのゲームを遊ばせ、私へと統合する。
この実験の目的は、統合時に向上する計算力と脳の構成を記録、蓄積し、蓄積したデータに基づいて、記憶の操作を行い、任意の誰かの計算力を直接向上させることらしい。
簡単にいうと、記憶操作によって、他者に計算力を付与させる技術の発明である。
今はまだ、元が同じ脳でも統合することが安定せず、まずはその研究がしたいのだという。
もし、実験が成功すれば、私はもっと上手くゲームを遊ぶことができるようになるのかもしれない。
ただ、そのために、自分の脳をコピーしたロボットが付属することに不気味さを感じる。
このロボットも1つの実験らしい。確実に成果が欲しいのは計算力の付与で、こちらは失敗前提の実験なのだそうだ。
どうしてそんな不気味な実験をしたがるのだろう。
同じ記憶を持ったロボットと私、はたして、どうなるのだろうか。
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私は研究施設へと足を運んだ。
記憶を読み取るための装置につながれる。そうして、そのまま私は仮想世界へと意識をうつした。
監視カメラのような高く部屋の角にあるような位置から、私は自分のアバターを見下ろしていた。
見下ろしているアバターは私が動かすわけではない。
私の記憶をコピーし、脳をシミュレートしたものがアバターを動かすのだろう。
灰色のなにもない立方体の内側の空間が、時間が止まったように、すべてが静止していた。
しばらくして、獣人の少女はかるくジャンプをしたり、体を動かしはじめた。
自分の手を見つめたり、何度も繰り返した回避モーション、攻撃モーションと、1つ1つ確認していく。
そうして
「すいません、私ってコピーなんですか?」
獣人の少女は、あっけらかんと叫んだ。声が妙に高い気がする。
実験施設の職員は答える。
「はい、なにか違和感は感じませんか?」
「えーっと、はい、違和感はとくにないです」
「それでは、仮想世界で対面してもらいます」
そうして、私の意識は切り替わり、目の前には私がよく知るアバター、つまり私がいる。
先程から動いてた少女である。
こうして私は、もうひとりの私と出会った。
「うーん、あなたが本物ということになるの?」
「うん」
私は、コピーの私が発する声に違和感を覚えつつ、試してみたかったことをもちかけた。
「「戦ってみない?」」
二人の誘いは重なった。同じ記憶をお互いに持っているだろうことが少し理解できた。
そうして、1対1の試合がはじまる。
一挙手一投足、すべて知っている動きに、驚きと確かな手応えを感じながら、いくつもの技を試していく。
それは新鮮だった。彼女がいれば、もっと強くなれる、そんな気がした。
しばらくして試合を終える。
「もういいですよ」
はたして、その発言はどちらのものだったのだろう。
「わかりました、それでは次の段階にすすみます」
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私の意識は、気がつくと研究室だった。
そうして私は、私を見つけた。現実の、私が、目の前にいた。
さっきまで、仮想空間で私は私と戦った。つまり、あちらが本物なのか。
仮想空間でコピーかどうか、答えを聞いても、まったくそんな気はしなかった。
でも、さすがにこれは致命的だった。
うつむいて自身の体を見れば、あからさまなロボットで、さっきまでの、コピーなんて嘘なんじゃないかという思いを見事に砕かれた。
幸いなことに涙は出なかった、そういう機能はないらしい。
「気分はどうですか?」
職員が私に聞く。良いはずがなかった。
「私は、コピー?」
私の声は、のども口も使わず、スピーカーから発せられた。それがまた、自身がロボットなのだということをつきつける。
「私もね、今のあなたの気持ちがわかるかもしれません」
「どうして?」
職員は、優しい顔で答える。
「私も被検体となり、脳をコピーし、ロボットへ接続し、私と対面しました。
そして、私はそのロボットの記憶と記憶を統合したので、まぁ、わかりますよ」
そうか、私がなにも実験の最初というわけではないのか。
ある程度の記憶の統合技術が発達するほどに、実験は行われていた。
だけど、それは何の救いにもならない。
私は、声をかけた職員を見つめる。
いったい、どういう心境でこの人は研究を続けているのだろう、続けられるのだろう。
人ではなくなってしまうという衝撃を受けても、前に進みたいなにかがあるのだろうか?
「わたしは、どうなるの?」
言うまでもない、今日の実験はここまで、終了すれば電源がおとされる。デジタルな存在となった私は、電源のオフと同時に意識もろとも消えるのだ。