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第1部 2

翌日、西野はいつもより早く登校していた。

彼の通うM1高は茨城県内でも有数の進学校だ。進学率は過去3年間で100%に達している。秀才揃いのその中でも西野は成績上位を維持していた。だから学内ヒエラルキーでも間違いなく上位に位置していたし昨日のようないじめの現場を見過ごせるほど甘い性格もしていなかった。

「おはよ〜慎吾君。」

教室に入ると、石川梨華が挨拶してきた。同じ挨拶を西野が返すと石川は待ち構えていたように言い出した。

「昨日、長谷部とモメたんだって?」

長谷部って誰だ、と一瞬思ったが「モメた」というワードから昨日の駅での一件を思い出した。

「うん、そんなこともあったよ。」

「本当なんだ。ねえ、何があったの?」

西野は一部始終を説明した。

「そうなんだ・・・少しまずいことになるかもね・・・」話を聞き終わると石川は少し心配そうな顔をした。

「なるかも、っていうかもうなってるんだわ。実質カツアゲだし!いうこと言わないと歯止めがかからないイジメに繋がりかねない。」

「あ違うの。細谷くんじゃなくて慎吾君がまずいことになるかもって。」

「俺が?心配ないない。あんなイジメに屈するほどヤワじゃないし。」

「だといいんだけど・・・徒党を組んでる噂もあるし・・・」

「イジメをする奴特有だね。ともなれば弱点ははっきりわかってる。」

「弱点?」石川が首を傾げた。

「そう。1人なった時だ。徒党を組んでると言っても片時も離れず仲間がいるわけじゃない。その時に対決して退ければいいのさ。」

「ふーん。えらく自信満々ね。」

「そりゃあ勝てないと思った相手に叱責するほど馬鹿じゃないからな。」西野は話すことは話した、と言わんばかりに鞄の中身をあけ始めた。石川は尚も何か言いたげだったが離れていった。


西野が所属する2年G組は成績もクラス対抗等のスポーツ面も平凡だった。ただ、素行面で問題があるとされている生徒が数多くいた。

かといって「そいつら」はクラス内でイジメをしたり、物を壊したり、盗んだり、はたまた授業中に騒ぐといったことは一切していなかった。だから、高学歴が密集しているこの高校で昨日のようないじめが起きていること自体が西野には信じられなかった。そして同時に許せなかった。

「おはよう西野君。」

「んおお、細谷、くん」西野は呼び捨てにするかどうか悩んで君付けにした。自分達はまだ友達と呼べるほど近しい関係にはなっていないし、昨日のことが少し気まずかった。

「昨日はごめん。なんか気を遣わせちゃったみたいで。」

「いやいやいや。」西野は大きく首を振った。

「ずっとこれまで教室とかで見てたのに全然気づかなかった俺の方がごめんなさいだよ。次からはちゃんと拒否らなきゃダメだよ?なんかされたら俺に助け求めていいからさ。」

「別に大丈夫だって。」細谷は笑って言ったが

西野にはそれがどうも暗いものにしか見えなかった。

「そうか。今日放課後部活だからな、退屈な授業片付けて楽しみますか!」西野はわざとらしく話を変えた。

「うん。」細谷は短くともはっきりと答えた。



授業が始まってほぼ全員が教室にいるなか、ひとり教室棟から離れた部室棟の一角の部屋で堂々と椅子にふんぞり返って寝ている男子がいた。中柄な身長だが、どちらかというと細身だ。そこまでは普通だが身なりがとにかくダサかった。ジーパンにパーカー、肩にフケが大量にあり、寝癖のボサボサ髪、無精髭を生やしている。

彼の持つ通信端末が鳴ることで彼は起きた。ノロノロとした動作でズボンのどこかを操作すると目の前に画面が広がった。それをタッチすると声が聞こえて来た。

「大佐?今どこですか?」少し低い声が通話口から聞こえて来た。

「部室。」男子はまた椅子にふんぞり返り目を閉じながら答えた。

「寝てました?」

「寝てましたね。」

「今しがた教室で先生に所在を聞かれました。サボり、でいいですか。」

「いいよん。」男子はそう言って通話を切ろうとした。

「いいわけあるか!吉田!」急に違う声がした。

「眠くて体がだるいし、教室の椅子は硬いからゆっくり寝れないからいいんですよ」

「まだ先生の授業1回しか受けてないだろ!4月の時点で3回目の休みとか、出席数足りなくなるぞ!」

ここで吉田と呼ばれた男子は姿勢をゆっくりと戻して

「別に必修じゃないんで・・・古文嫌いですしおすし」さらに燃料を投下する。

「お前な!今すぐ戻ってこい!サボりを見過ごせるわけないだろ!」

「小橋、通話を切れ。」吉田が急に口調を硬くした。途端、通話が向こうから切れた。そして、また踏ん反り帰って寝だした。


「また吉田か。」こんな声が教室の各所で聞かれた。

「全くあいつは。なんとかならんのか小橋。」男性教師はメガネの男子に言った。

「無理ですね。」低い声が出た。通話口の声と同じだ。それを聞きながら西野は鼻を鳴らした。これが「そいつら」である。教師の会話に出てきた吉田、フルネーム吉田貴司は間違いなくクラスで一番の問題児だった。授業自主休講は序の口で、参加したと思っても内職したり早弁してたり爆睡してたりゲームしてたりと散々である。それでも成績がよければまだ結果を残しているから、と見逃されるかもしれないが成績はもう下の下で下から数えたほうが遥かに早い。当然、友達もほとんどいないし愛想は悪いしで教師陣から目をつけられる理由に枚挙に暇がなかった。

授業後すぐに

「小橋さん。」という声が聞こえてきた。これはもう恒例行事で、毎時間のように後輩に扮した生徒が吉田と会話していた小橋潤一の元を訪れて書類を見せては指示を仰いでいた。このご時世、ペーパーレスがほぼ行き届いているにも関わらず、書類だ。妙な点がいくつもあるが、最も妙なのは小橋が大して狼狽えもせず、当たり前のように十人十色な来客に指示を出しているところだ。

「おい岩本。」今も指示を出していた小橋は不意に隣の女子に声をかけた。その女子、岩本怜衣は面倒くさそうに顔を向けた。遠目に見ると容姿整った美少女だが、口元や目元に横向きの裂傷があった。さらに額にも斜めに走る痛々しい傷痕があり、どうしても暗い印象を抱かせていた。なにより

「違う。A帯対応は将官依頼しなくてもいい。佐官対応可能だから無駄足踏んでるから間に合わないんだよ。」

およそ女子とは思えないこの喋り方である。

「これってA帯なのか?Sまで食い込んでないか?七術師が絡んできてるみたいだし、確証はないが無難に行った方がよくないか?」

「あったとしても精々息がかかっている程度だろうし、その為にあたしや岩崎君がいるんでしょ?如何なる策を弄した所で全部無為にしてやる。だからA帯。」

「ほーう?言ったな?だそうだ、A帯で処理しとけ。」小橋はそう後輩に命じると後輩は頷いて颯爽と去っていった。

西野はそいつら、特に授業をサボりまくる吉田に注意すべきか迷っていた。吉田が長谷部のように他人に迷惑をかけているわけではないから、というのが一番の迷いの原因だった。しかし大きなお世話とわかっていても、自分の正義で変わって欲しいと思うのも、西野の年齢を考えれば致し方ないことではあった。注意とまでは行かなくてもそれとなしに言ってみようと西野は思った。

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