プロローグ その６
さっきまで初老の男性だったが、その人は徐々に姿を変えていき、やがてアニメや漫画で見る、「魔族」や「魔人」と言われる怪物になった。初めて実際に見た魔族という存在は、ほとんど人間に近い姿をしていたが、所々で異なる種族なのだということがうかがえた。耳が尖っていたり、爪が長かったり、普通の人より一回り体が大きかったり。そして、真っ黒な翼を双肩から生やしていた。
偵察用に送られたということは、きっとそこまで強い奴ではないんだろうけど、それでも、ただそこにいるというだけで圧倒的な威圧感をそいつは放っていた。
まったく、この世に母さんよりも怖い存在がいたなんて。僕はまだまだ無知だなあ。
こんな軽口が叩ける程度には僕は落ち着いているらしい。怪物と同じ空間にいるというのに。それは僕の隣に彼がいるからだろう。そうーー
高宮君が！
もちろん彼を主人公だと考えているのは僕だけだし、クラスメイトやこの国の人、彼自身もそんなことは微塵も思っていないだろう。しかし、彼のスキルの「補正+１」こそが彼を主人公たらしめてくれるだろう。
何故ならそのスキルの正体は……
さぁ、君の真の力を見せてごらん！
というわけで始まりました。「異世界転移」における外れ枠の高宮君VS謎の魔人によるデスマッチ。高宮君はこの勝負に勝利し、自分が主人公であることを示せるのか！実況と解説は引き続き、僕がお送りします。……僕は戦わないのかって？やだなぁ、もう。僕が参加すればこの部屋が吹き飛ぶかもしれないでしょ。だから僕はここでじっくり観ているさ。まあ、場所的に高宮君が魔人と対立する感じになってただけなんだけど。運が良かったのか、テンプレを進めるためなのか分からない。
さて、それでは両選手を改めて見て見ましょう。まず魔人の方ですが、体格もよく、不吉なオーラが漂っています。どんな戦いかたをするのか予測がつきませんね。
対する高宮君は、おーとっ！脚が震えている上にへっぴり腰だぞ！まあ、無理もありません。彼は昨日この世界に召喚されたばかりの新米勇者。おまけにステータスは貧弱ですからね。恐らく一発強力な技を受ければ即時ゲームオーバー。そうなれば僕の身も危ない。何とか勝ってほしいところです。
魔人が何か話しています。正直どうでもいいので聞いてませんが。っと、魔人の言葉を聞いた高宮君が一度こちらを振り返ったと思えば、向き直り、無謀にも魔人に向かって突撃していった。もしや何かしらの挑発を受けたのでしょうか。魔人、待ってましたとばかりの豪快なスイングで右手を突き出すが、当たりません。高宮君、小柄な体を活かして、横をすり抜けていた！しかし魔人はこれに反応しすぐさまふりかえる。
そこに数本のメスが飛んできていたー。何と高宮君、先生用の机に何故か手術用のメスが置かれていたのを覚えていた！なんたるファインプレー！何で、魔法が使える異世界にメスがおいてあるのかとかの質問は受け付けません。
とっさに両腕をクロスしてガードする魔人。知っての通りメスは皮膚を簡単に切り裂いてしまう切れ味抜群の武器。魔人といえどもダメージが通ってしまう！
何と先制攻撃が決まったのは高宮君！誰がこの展開を予想したでしょうか！しかし、傷は浅い。魔人、余裕の表情です。……いえ、少しイラついていますね。
っおおっと！何と、魔人が何も無い空間から剣を取り出しました！流石異世界！これぞ異世界！
先制攻撃を決めた高宮君。これには驚きを隠せません。
そこに、その強靭な脚で一気に加速をつけた魔人のキックが突き刺さったー！高宮君、あまりの勢いに壁まで吹き飛ばされてしまう！さらに追撃と言わんばかりに、先程取り出された剣でお腹を一刺し。口から血を吐きながら高宮君、苦痛の表情を浮かべてます。アニメでよく見るシーンですが実際に見ると中々お腹にきますね。
さあ、高宮君！ここから反撃できるか！主人公になれるのか！
っと、魔人が何か言ってますね。拾ってみましょう。
「弱い！弱すぎる！こんなんだったら、こいつを殺して、もう一人も殺して、ついでに召喚された勇者を全員殺してやる！そしたら私は大出世だ！魔王様の側近になれるはず！」
……高宮君を殺す？
何言ってんだ。三下風情が。無理に決まってんだろ。
何故なら彼は……主人公なんだから！
次の瞬間、高宮君の雰囲気が変わったような気がした。
