9.反転する世界の善と悪:sideを希望します
今回の話は、なろうの書き方ででそれなりに話題になるもの、視点変更(side)についてのお話です。
さて、4人姉妹の物語といえば、どんな話を思い浮かべますか?
『若草物語』という方がほとんどだと思いますが、世の中には、メグ、ジョー、ベス、エイミー以外の4人姉妹も存在します。今回紹介する、「ヒルクレストの娘たち」シリーズもその一つです。
この話の舞台はイギリスの中流階級の家庭で、時代は『赤毛のアン』とか『キャンディ・キャンディ』と同じくらい。4人の姉妹が、牧師館の幼なじみの少年たちとの初恋や別れを通して、大人になっていくというストーリーです。
で、なぜおすすめかというと、末娘視点、長女視点、次女視点、三女視点で語られているのですが、それぞれの立場などによって、体験したことと感じたことがここまで違うのかということを表す、いわば、sideとはかくあるべしというある種の見本だからです(それぞれの視点で、一冊ずつ書けるというのがすごいです)。私のお気に入りは、次女視点ですが、三女視点も切ないです。
もっとも、「ヒルクレストの娘たち」シリーズは、家庭小説というか少女小説でもあるので、もうちょっと別のものを……という方もいらっしゃると思います。
ということで、次におすすめしたいのはこの方、西澤保彦。
もともと、ミステリーには語り手によるトリックがあるのですが、ロジックミステリーの名手と言われるだけあって、彼の場合、伏線の回収と視点変更による謎の説明がとにかく鮮やかなのです。たとえるなら、アタック25クイズで最後のパネルが開かれたとたんに、色が変わっていく状況でしょうか。すべてのパネルが開かれ別の色に塗り替えられると、だまし絵を見せられていたかのように別の絵が浮かび上がり、これまで「善」とされていたものが「悪」となり、これまで「美」とされていたものが「醜」となる、反転した世界が現れます。その様子は、吐き気がするほどすざまじいとしか言い様がありません。
よく、人間の心の深淵を描く(=後味の悪い)小説家として乃南アサや貴志祐介、湊かなえなどが挙げられますが、彼らの描く悪というものは、世界の外に存在するものです。不条理に巻き込まれたとしても、読んでいて自分がアチラの人間とは違うということを確認できます。または、そこに正義はないにしてもどこかにあるだろうと希望は失わずにいられます。しかし、西澤保彦は違います。世界が裏返ると同時に、存在の不確かさを突きつけられるのです。
ただし、彼の作品は基本的に官能的だったり、暴力的だったり、猟奇的だったりするため、苦手な方にはおすすめしません。少なくとも、A、Vへの、できればLGBT表現への耐性が必要です。
でも、そこまで自信がないけれど、鏡に映った自己の中の深淵をちらっと覗き込んでみたいわという方もいらっしゃると思います。そんな方はぜひ、『春にして君を離れ』をお読みください。これも、反転する世界の物語ですので。
自分の物語のsideを人は知ることができません。ほとんどの人は、当たり前ではありますが(あるいは幸運なことにではありますが)、自分がこう思っているだろうと相手が考えているだろうことを推測して、自分が思っていることと擦り合せることができます。
しかし、中にはそれが困難な人もいます。彼らにとって、生きるということは落丁のある本を読むようなものです。ページが抜けていることはわかってもページごと抜けているため何が書いてあるのかを推測することが難しく、いつどんでん返し(ざまぁ)があるのか、そもそも話が続いているのか不透明な状況で読み進めるしかありません。
物語を読むということは、別の視点を知るということでもあると思います。私の話も読んだ人に、新しいsideを提供できていると良いのですが。
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★4人姉妹の話いろいろ
・L.M.オルコット『若草物語』翻訳はいろいろあるのでお好きなものを。翻訳によって読みやすさは微妙に異なりますが、おおむねU14/難易度中で。言わずと知れた名作ですが、良妻賢母な母親と生活能力のない父親という観点から読むと、さらに味わい深いです。続編もあります。
・谷崎潤一郎『細雪』R15/難易度中。意外に読みやすいです。姉妹ものだと川端康成の方が内容がない割に読ませるのでおもしろいですけれど。
・向田邦子『阿修羅のごとく』R15/難易度中。ねちっこいのがお好きな方に。映画もドラマも見ていないのですが、小林薫にちょっと惹かれます。
・吉田秋生『海街diary』 4人姉妹ではありますが、末娘が異母妹なので、ちょっと系統は違うかも。未読のため、紹介だけ。ノベライズ版は読みました。文章は結構硬いです。
映画のカメラワークのように切り替えられるコマが好きで、一時期よく読んでいました。どちらかというと、『河よりも長くゆるやかに』などの少年たちの「日常」の話の方が好きでしたが。
・R.E.ハリス「ヒルクレストの娘たち」シリーズ(発行順だと、末娘『丘の家のセーラ』→長女『フランセスの青春』→次女『海を渡るジュリア』→三女『グウェンの旅立ち』。いずれも、脇明子 (訳))
←次女さんだけR15でほかはU14/難易度中(少女小説系児童文学なので)。続編も書くと4巻の後書きにあったのですが、いわゆる「この話は約○年の間、更新されていません」状態なのです。もう、待ちくたびれたよ……
★西澤保彦(基本的にR18/難易度高)
・神麻嗣子の超能力事件簿シリーズ←『幻惑密室』とか。超能力を使って行われた犯罪のwhyを追求するミステリー。かなり重い。
・腕貫探偵シリーズ←『腕貫探偵』とか。それなりに重い。
・匠千暁(タック&タカチ)シリーズ←『彼女が死んだ夜』とか。非常に重い。
・森奈津子シリーズ←『両性具有迷宮』(官能的なTSを読みたい方に)とか。それでも重い。
・『黄金色の祈り』←地味に重い。ヒロイン的な主人公(男)が主人公。
・『いつか、ふたりは二匹』←子ども向けのシリーズの一つのはずなのですが。かろうじてR15。いや、このシリーズは「担当さん、どうしちゃったの」と問い詰めたくなるくらい、小学生に読ませられないものばかりなのですが。
★アガサ・クリスティ
『春にして君を離れ』中村妙子(訳)←クリスティらしくないが、名作(でも怖い)です。いわゆるヒロインさんのお話のようなもの。R15/難易度高。
★人称いろいろ
・アゴタ・クリストフ『悪童日記』堀茂樹(訳)。R18/難易度中。さらっと残酷な場面が描かれています。最後は、あっと言わせる結末。人称の文体を学ぶなら、まねしたい文章の一つ。続編があります。
・有島武郎『一房の葡萄』U14/難易度低。きつねがすっぱいぶどうを食べられなくて……という話ではもちろんなくて、級友の絵の具を盗んでしまった少年の苦悩と再生のお話。「彼」とか「彼女」とかこれまでの日本語では一般的ではない人称の使い方(翻訳文学のような)の代表だそうです。