8.水の鳥と岩の木の実:私はサルが大好きです(2)
私は、チンパンジーが好きです(以下、略)
私は、類人猿が好きです(以下、略)。
さて、世界でもっとも有名なチンパンジーといえば、おさるのじょーじ(『ひとまねこざる』)ではないでしょうか?
じょーじのモデルになったのはヒトの子どもでしたが、主に1960年代から70年代のアメリカで、ヒトの子どもと一緒に家庭で「人として」育てられた類人猿は何人もいます。
彼らの家庭での「養育」は、主に言語や発達障害の研究のためでした。では、なぜ、このような研究が行われたのでしょうか。
その背景には、当時のアメリカの社会情勢の変化があります。かつて、アメリカはソ連に対抗して宇宙開発を行い、多くの動物たちが宇宙へと旅立ちました。
しかし、有人飛行に成功してしまうと、今度はそれらの動物たちはいらないものとなります。「余った」チンパンジーたちをどうするのか、その有効な「活用法」の一つが、言語研究だったわけです。
ヒトと同じように「コトバ」を話せるのかということから始まった研究は、やがてサインや記号を使う研究へと変化しました。類人猿は喉の構造がヒトと異なるため、ヒトのように「話す」ことができないからです(これらの研究は、ヒトとその他の動物の違いを、そしてヒトの起源を探る研究へと、心理学や人類学、生物学などほかの分野の研究と連携をとりながら発展していき、現在も続けられています)。
さて、初期の研究の中でもっとも有名なのは、ウォッショー(ワショー)の話でしょう。
彼女は、ヒト以外の動物であっても、ことばを使うことができるのだと証明しました。教えられたサインをただ繰り返すだけでなく、サインを組み合わせて伝えることができたのです(たとえば、ハクチョウを「水の鳥(Water bird)」、クルミを「岩の木の実(Rock nuts)」とサインで伝えたという話が残っています)。ちなみに、「ワショー」という名前は、ネイティブアメリカンのワショー族が彼ら自身を呼ぶときのことばで、皮肉なことに「ひと」を表すのだそうです。
いくつか、この辺りの本を読むと、ほほえましいエピソードが書かれています。
たとえば、具合が悪くて寝ている「ママ」のためにお気に入りのおもちゃや大好きな食べ物をベッドの周りにたくさん持ってきてくれた女の子の話(「ありがたいんだけど……」と「ママ」は思ったことでしょう)とか、嫌なことをされてもサインで「ぼくは怒っているんだ」と伝えることで気持ちを落ち着けた男の子の話(うちの小坊主にも見習って欲しかった!)など、チンパンジーの本を読んで、育児のシミュレーションをしたのはちょっとだけ内緒です(ばれている気がしなくもないですが)。
けれども、幸福な時間は長く続きませんでした。一つには、資金の問題です。しかし、それ以上に問題だったのは、家庭でチンパンジーを飼育することの難しさでした。
5歳児的なパワーを持つ5歳児に接するのはとても大変なことですが、超人的なパワーを持つ5歳児に接するのはさらに大変です、というよりも不可能です。中には、ヒトの子どもがチンパンジーの子どもの真似をするようになってしまったという例もありました。
そんなこんなで実験は終わりを告げ、彼らのうち、ある者は「故郷」へと「返還」され変わり果てた姿で見つかったり、ある者は牧場に送られ孤独な死を迎えることとなったり、ある者は実験動物となり名前も取り上げられ行方不明になったりしました(この辺りのお話は、「銀のクリメーヌ」『ジェニーのいた庭』をお読みください。どちらも『悲劇のチンパンジー』をもとに描かれています)。
川原泉の『ブレーメンⅡ』は、人類の労働問題を解決させるためにヒト化した働く動物たちと主人公の少女(および、相手役の青年)の、宇宙を股にかけた活躍を描く、ヒューマン・スペース・ファンタジー・ほのぼの漫画です。チンパンジーは登場しないのですが、副艦長さんがマウンテン・ゴリラで、ニシローランドではなくてマウンテンなので、ちょっとだけ胸キュンできます。
このお話は、異質なもの(「元動物」)をどう受け入れるのか(あるいは受け入れてこなかったのか)という差別の問題を考える視点からも読むことができるそうです。
現在、類人猿の研究からはさまざまなことがわかっています。たとえば、彼らの複雑な社会や文化だったり、遺伝子的な距離の近さなど。ヒトとその他の動物の違いは、少なくとも聖書で考えられていたように、はっきりとした区分ではありません。遺伝子が近いということは、同じように感じたり、考えたり、行動したりすることができるということでもあります。
しかし、同じように感じることができるからといって、同じように感じているとは限りません。ヒトはチンパンジーの赤ちゃんを見ておそらく「カワイイ」と感じるでしょうが、チンパンジーがヒトの赤ちゃんを見て「カワイイ」と感じるのか「ウマソウだ」と感じるのかは予測がつかないのです(動物園のチンパンジーならおそらく前者でしょうが、彼らは基本的に広食性で肉も食うので)。
類人猿の研究を語るときに、けっして忘れてはいけない研究者がいます。ダイアン・フォッシーです。彼女は、ゴリラに魅せられ、ゴリラの立場からヒトと闘ってしまったために、文字通り、ゴリラの森に骨を埋めることとなりました。
「悲劇」のチンパンジーたちが、結局どのような気持ちで生涯を終えたのか、今となっては知る術はありません。想像することしかできないからです。というよりも、私は理解してはいけないと思っています。
「悲劇」や「差別」を語るときに、される側の立場から訴えるのには細心の注意が必要です。ヒトとほかの動物という点について考えると、私たちはヒトです。する側であって、される側ではありません。ヒトとして折り合いを付けることから始めなければならないのです。
ここまでずっと、チンパンジーとゴリラの話だけでしたが、それだけではなんなので、ちょっとオランウータンの話もしたいと思います。
池澤夏樹のエッセイからの話です。
北海道の動物園でオランウータンの子どもがリンゴを食べているのを著者が何の気なしに見ていたら、「食べる?」というように、リンゴをおそるおそる差し出されたそうです。いいよいいよと手を振ると、こちらを伺いながらも安心したように食べ出したとか。
とあるオランウータンの研究者が嘆いていましたが、文部科学省の霊長類関係の予算のうち、ほぼ9割(当時)が某研究所のチンパンジーのために使われるのだそうです。……気の毒なので、もし機会があれば、協力してあげてください。
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例によって、サルづくしの本の紹介(類人猿はサルじゃないけど)
★絵本
「ひとまねこざる」シリーズ。H.A.レイ(作)/M.レイ(絵)/光吉夏弥(訳)。U14/難易度低。紹介する必要あるのかな……あまりにも有名なチンパンジーの絵本。チンパンジーが好きなら憤慨すること請け合い。
『すきですゴリラ』A.ブラウン(作・絵)/山下明生(訳)。U14/難易度低。←娘さんを持つ、お父さんにおすすめしたい絵本。主人公の女の子がゴリラを好きで、でもお父さんも好きなんだなというお話。
『ゴリラとあかいぼうし』山極寿一 (作)/D.ビシームワ(絵)。U14/難易度低(読み聞かせるのなら高)←ゴリラ語の絵本。さんざん読み聞かせたのに、子どもはゴリラ好きになりませんでした。ちなみに、私が唯一できる手話は、「ゴリラ」です。
★類人猿の言語研究のお話
C.ヘイズ『密林から来た養女 : チンパンジーを育てる』林寿郎(訳)。R15?/難易度高。パパ、ママ、カップ(飲み物)など、「コトバ」を話したヴィッキーの話。
H.S. テラス『ニム―手話で語るチンパンジー』中野尚彦 (訳)。R15?/難易度高。そんなに難しくなかったと思います。ニムの行動がかわいかっただけに、末路が悲劇。
岡野恒也『チンパンジーの知能』R15?/難易度高。日本でも家庭で育てた話がありました。『もう一人のわからんちん―心理学者わが子とチンパンジーを育てる』(岡野美年子。R15/難易度中)は、奥さんの本。この話の主人公?サチコには、私が動物園へ行ったときにはすでに病死していて会えませんでした……。あ、岡野先生にはお会いできました。
F.パターソン/E.リンデン『ココ、お話しよう 』都守 淳夫 (訳)。R15/難易度中。ゴリラのココ(ハナビコ)さんのお話。男子学生と「会話」をするところとか、初恋の少女のお話みたいでどきどきします。ちなみに、ネコとのお話が絵本(『ココ―ゴリラと子ネコの物語 』)として出版されています。
スー・サベージ・ランボー『カンジ―言葉を持った天才ザル』加地永都子 (訳)。R15/難易度中←「天才」ボノボのお話。ことばを伝えるためのボードは、ファンタジーの世界でも流用できるかも。顔は好みではない。
★ゴリラの本
D.フォッシー『霧のなかのゴリラ―マウンテンゴリラとの13年』羽田 節子/山下 恵子 (訳)。R15/難易度中(心理的には高なのか?)。シガニー・ウィーバー主演「愛は霧のかなたに 」で映画化。上橋菜穂子「獣の奏者」シリーズのラストにこの話をちょっと思い出しました。解説が山極寿一。
山極寿一『ゴリラ雑学ノート―「森の巨人」の知られざる素顔』U14/難易度中。『父という余分なもの―サルに探る文明の起源』R15/難易度高。チンパンジーは好きですが、かっこいいのはゴリラの方だと思います。
岡安直比『子育てはゴリラの森で』R15/難易度中。当時のアフリカの情勢もわかります。
★オランウータンの本
鈴木晃『オランウータンの不思議社会』R15/難易度中。『夕陽を見つめるチンパンジー』R15/難易度中。なんと言うかこの方らしいというか、早口でものすごい情報量的な感じ……、雑誌やコラムだと飄々(ひょうひょう)としているのだけど。
B.M.F. ガルディカス 『オランウータンとともに―失われゆくエデンの園から』杉浦秀樹/長谷川寿一/斉藤千映美 (訳)。R15/難易度高。いろいろな意味で、重い本っす。
川端裕人『オランウータンに森を返す日』U14/難易度低。密輸入されたオランウータンの子どもの話。当時は、サル仲間(ヒトの方)的にも大変でした。
★彼女たちの類人猿
S.モンゴメリー『彼女たちの類人猿―グドール、フォッシー、ガルディカス』羽田節子 (訳)。R15/難易度高。「リーキーの3人娘」たちの評伝。フェミニズムが入っているので難易度は高め。
★悲劇のチンパンジーたちのお話
E.リンデン『悲劇のチンパンジー―手話を覚え、脚光を浴び、忘れ去られた彼らの運命』岡野恒也・柿沼美紀 (訳)。R15/難易度中(個人的には高)。
ちなみに、チンパンジーなどの類人猿は「被験体」として望ましい「動物」ではないそうです。彼らの多くはアフリカから連れてこられたため、いつ生まれたのか、いままでどんな病気になったのか、どんな家族(遺伝)を持つのかなど、「正確な」実験をするにはあまりにもわからないことが多すぎるのだとか(遺伝子的にヒトに近い「動物」を「安易に」実験に使用して善いのかという「人道的」な問題だとか、稀少な野生動物を実験に使うなんてもったいないという問題もあるけれど)。
R.ファウツ/S.T.ミルズ『限りなく人類に近い隣人が教えてくれたこと』高崎浩幸/高崎和美 (訳)。R15/難易度中。動物の権利的な話が入るので人によっては読みにくいかも。
清原なつの「銀のクリメーヌ」『千の王国百の城』所収。U14/難易度中(個人的には高)。最後まで、美しいです、それだけに残酷です。登場人物や研究所の名前が露骨に実在の研究者とか被研究者とかからとられているので、生々しすぎて……
D.プレストン 『ジェニーのいた庭 』後藤安彦 (訳)。R15/難易度中。実話を知っていると、いくら実話をもとにしているとはいえ安っぽいというかうそくさいというか、構成の甘さを感じるので(多分「チンパンジー」の話として描かなかった方がよかったと思う)、それほどお薦めはしません。まあ、このあたりの「悲劇」をわかりやすくは描いているけれど。
★おまけ
川原泉『ブレーメンⅡ』。R15 /難易度中。絵柄や少し強引な展開は好き嫌いがあるかと思います(私は好きな方)。ハッピーエンドがお好きな方にはお薦め。
池澤夏樹『母なる自然のおっぱい』。オランウータンの子どものエピソードが載っていたのは確かこれ。覚えていないので難易度などは省略します。
川端裕人:Webジオの「研究室に行ってみた。」楽しいです。単行本化もされていますが、サル系はまだなのです。乞うご期待!!
無理矢理ですが、短くしてみました。タグに、「サル好き」を入れた方が良いのか、考え中……
誤字を修正しました。




