表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/25

6.n番めの性について:TSとTGあるいは、魂と肉体の関係の話

 なろうの必須キーワードではありませんが、T(トランス)S(セックス)T(トランス)G(ジェンダー)って、必須タグだと思いませんか?

 好きという方がいらっしゃる一方で、苦手という感想も見聞きします。これらは古くからある手法ではありますが、誰もが楽しめる(ネタ)にできるかというと、難しい気がするのです。


 私にとって、TSの原点というと、ヴァージニア・ウルフの『オーランドー』です(映画化もされているので、気になる方はどうぞ)。

 性別を可変的なものとして捉えるなら、『闇の左手』やファンタジーではありませんが、ある意味ファンタジーのM.ミードのサモア諸島のお話が挙げられるでしょう(本来は人類学の本ですが、学問的価値からいうとこちらかと。男性が「女性」として生きる選択ができるという民族の話など、ネタになります)。

 実際には、考えられている以上に、男女の差(ジェンダー)性別(セックス)によって決められており、しかし、その差(セックス)は思っている以上に曖昧(あいまい)なものなのですけれど。


 虫の世界でも「女装」は存在します。代表的なものでは、オスがメスにプレゼントをして、メスがそれを食べている間だけオスがコトに(およ)ぶというガガンボモドキです。自分で十分な大きさの獲物を確保できない小柄なオスは、メスのふりをしてほかのオスに近づき、貢物(みつぎもの)を手に入れるのです。


 ほとんどの古典的女装の話は、このガガンボモドキと同じ、パターンです。古事記のヤマトタケルしかり、北欧神話のマッチョなおっさん(トール)しかり。

 女を(よそお)うという意味では、紀貫之の『土佐日記』もこのカテゴリーに入るでしょう。

 ここでポイントになるのは女性性の位置づけです。女がかよわいとされていた社会だからこそ、敵を(あざむ)くために女としてふるまい、あるいは子を失った悲しみを女々しく(堂々と)日記に「してみむとてするなり」できたわけです。

 ただし、これらの例を本来のTGの例として考えられるか、また、現在もネタとして有効に使えるかというと、難しいと言わざるを得ません。というのも、これらの話において、女装は生き方ではなく、単なる偽装でしかないというのがまずあります(いや、神様方にそういった趣味があっても困りますが)。

 それに、女らしさや男らしさが曖昧になりつつある現代において、性別を欺くこと=弱さの証明になりませんし、そもそも「正々堂々と」向き合わないなんて、「男」らしくないと思いませんか?


 一方、男装についてはどうかというと、時代による変化はさほどみられません。男装の女性が登場する話は、たいてい、やむにやまれぬ立場に追い込まれた女性が男のふりをして、男とばれないように活躍するという話です。読む側は、ばれるのではないかというスリルにドキドキして、「男」並み(あるいはそれ以上)に活躍する彼女の勇姿にワクワクして、「女装」姿(なぜか、本来の性別に戻るシーンがある)にドキマギする周りの野郎(おとこ)どもの姿にニマニマするわけです。

 ここでまず、確認しておかなければならないのは、男装の麗人としてはじめに名前が出るだろうオスカルは、例外的な存在であるということです。他のヒロインたちにとって、自分の本来の性別がばれることは、破滅を意味します(たとえば、「ボーイズ・ドント・クライ」)。ところが、オスカルははじめから自分が女であることを明らかにしています。同じ作者の作品なら、『オルフェウスの窓』のユリウスの方が、はるかに正統派の男装ヒロインといえるでしょう。


 もし、TSものなりTGものをネタにしたいと考えているのでしたら、M(メール)toF(フィメール)の方をまずお勧めします。なぜなら、こちらの方が好感を得やすいからです。

 中性的な少年を主人公にしたパターンはBL系の王道となりますし(中島梓は、「彼女」たちはむしろNL(ノンセクシュアルラブ)を好むのだろうと考察していましたが)、女性上位の社会で女に偽装した主人公が女を油断させて落としていくという話は、フェミニズム的解釈をするなら男のようにふるまう女たちへの「痛快」なオシオキでもあるので、エロ展開のこれまた王道として人によっては(たの)しめると思います。


 思うに、FtoMものが難しいのは、誰もが思う幸福な結末が存在しないからではないでしょうか。『リボンの騎士』などに見られる古典的な物語において、幸福な結末とは結婚です。耳当たりの良いことばで言えば新たな居場所を得たわけですが、今までの場所を失ったとも言えます。

 『生きのびるために』では、もっと複雑です。女性が一人で外に出られない、タリバーン支配下のアフガニスタンで母や姉を助けるために主人公の少女は命がけで(ばれたら殺されます)男装をして買い物などをするのですが、他者の眼で見ると、彼女は本来の性別に戻れたところで、幸せになれると断言できないのです。そもそもの、男性の庇護(ひご)なしに女性が生きられないという問題が解決されないままなのですから。


 舞台によっては、(少なくとも現代の日本において)学校は男女平等という幻想が認められる場所であるので、ばれたあとも受け入れられるという結末が許されるかもしれません。

 しかし、そうでないなら、オスカルのように「男」並みの働きをして、認められるほかありません。しかし、どれだけの女性(ひと)がオスカルのように生きることができるでしょうか? また、どれだけの女性(ひと)がオスカルのように生きることを望むでしょうか?

 何よりも忘れてはいけないのは、オスカルがああいった生き方を許されたのは、お貴族様の跡取りであったからだということです。そういった意味でも、彼女は、男装ヒロインの中で例外的な存在なのです。

 事実、後ろ(だて)がないままに(あるいは後ろ盾をなくしたままに)男性社会で生きることを選んだ女性たちの道は、たとえば、ジャンヌ・ダルクやシーボルトの娘がそうであったように、けっして平坦な道ではありませんでした。


 かつて、ボーヴォワールは『第二の性』で「人は女に生まれるのではない、女になるのだ」と訴えました。私たちは、このことばが必ずしも真実とは言えないことを知っています。男らしさ、女らしさは思っている以上に生まれつきの行動であり、生まれつきの性というものは考えられている以上に複雑な区分なのですから。

 『リボンの騎士』を読んで、私がいちばんわからなかったのは、なぜ一つの肉体に男と女の二つの魂が許されないのかということでした。

 T(トランス)ものを書く方、書こうとする方にお願いです。どうか、あなた様の作品が、性の、そして(せい)の多様性を無視したものになりませんように。Tにまつわる物語が、彼らのだけのものではなく、自分たちのものでもあることを忘れないでいただけると幸いです。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

TSものとTGものの紹介

※あまりにも多いので、マンガは省きます。


TS系

・ヴァージニア・ウルフ『オーランドー』杉山洋子(訳)。R15/難易度高←サリー・ポッター監督で「オルランド」として映画にもなっています。主演女優さんがかっこ良かったです。


・アーシュラ・K・ル=グウィン『闇の左手』小尾茉佐(訳)。R15/難易度中←普段は無性(ノンセクシュアル)で繁殖期にはパートナーの(セックス)によって性別を選択するカタツムリ的な人々の話。

・フィリス・アイゼンシュタイン 『妖魔の騎士』井辻朱美(訳)。R15/難易度中←性を持たない精霊(でも、普段は少女姿)が、男として人間の女性に恋をする話。

・タニス・リー『死の王』室住信子(訳)。R15/難易度高←両性具有の美青年が、女の園に変化して入り込み、男になって少女たちを落としていく、エロティックなシーンがあります。


ノンフィクション

・ジョン・コラピント『ブレンダと呼ばれた少年―ジョンズ・ホプキンス病院で何が起きたのか』村井智之(訳)。R15/難易度高←乳児期の割礼の失敗によってTSされた、元少年前少女現男性の数奇な人生と狂った博士の記録。博士の論文は一時期のフェミニストの聖典。


・なだいなだ『クヮルテット』R15/難易度中←ブルーボーイ事件(MtoFのTS願望を持つ人は精神的に不安定であり、その意思に基づいた手術は正当なものではないと、手術をした医師を優生保護法で有罪にした事件)をもとにした戯曲(ぎきょく)


TG系

解説書?

・高橋準 『ファンタジーとジェンダー』R15/難易度高←取り上げられている本は多岐(たき)にわたっています(R15から18が多いけれど)が、いかんせん文章がおもしろくない。「強い」女の話を探すのならお勧めします。

・佐伯順子『「女装と男装」の文化史』R15/難易度中←文章は読みやすいけれど、目新しさはないかも。

・中島梓『コミュニケーション不全症候群』R15/難易度高(栗本薫なら『タナトス・ゲーム―伊集院大介の世紀末』)←とにかく気力がいります。


有名どころ

・『とりかへばや物語』←中村真一郎の訳で読みました。すかっとした解決を望む方は、氷室冴子『ざ・ちぇんじ!』の方がよいと思います。さいとうちほも漫画化しています。


・ワンダ・ ガーグ/佐々木マキ訳『すんだことはすんだこと』U14/難易度中←民話「しごとをとりかえたおやじさん」(暮しの手帖社にも同じ題材の民話の再編があります)。絵本なのでR指定はありませんが、読みやすくはないです。


正統派の男装の麗人

・田中芳樹『風よ、万里を翔けよ』R15/難易度低←王道です。


児童文学から

・デボラ・エリス『生きのびるために』もりうちすみこ(訳)。U14/難易度中←タリバーン支配下のアフガニスタンで男装する少女の話。一応児童文学のため、きわどい表現はありませんが、読んでいるとつらくなります。続編もあります。

・魚住直子『超・ハーモニー』U14/難易度中←家出した兄ちゃんがねえちゃんになって帰ってきた話。結末は結構もやっと。


ノンフィクション

・キンバリー・ピアース監督「ボーイズ・ドント・クライ」R18?/難易度高←あまりにも見るのがつらくて、途中で断念しました。主人公を普通の「悪ガキ」として描いた監督はすごいと思います。ある意味、FtoMの結末の一つ。

・竹田道子『銀のさじ―シーボルトのむすめの物語』U14/難易度中←読みにくいとは思わないけれど、wikiの方が、彼女のたどった道筋がわかります。

 次回は、類人猿の話か、視点変更の話になると思います。


 本の紹介についての年齢制限表示などを修正し終えたので、前書きを削除しました。

 「ボーイズ・ドント・クライ」の年齢制限表示を変更しました。訳者を付け加えました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ