5.皇帝の箱庭:動物園と博物館の話
何かで聞いた話によると、動物園というのは、生涯で3回行くところだそうです。すなわち、子どものときと、子どもを持ったときと、孫を持ったときと。
カテゴリーとしては、動物園は博物館や美術館と同じ、博物館法に定められた資料などの保存や研究のための施設なのですが、扱われ方をみていると、遊園地と同じ「娯楽施設」ではないかと感じます。博物館や美術館で「子ども向けの」展示をするとニュースになるということからしても、博物館や美術館が子ども向けの施設ではないと思われている証拠ですし。まあ、動物園で「大人向けの」展示をしたら、それはそれで話題にはなるでしょうが。いえ、「夜の動物園」はそういう企画ではありませんけれど。
動物園や博物館というと、どうやら国を問わずファンタジーのネタにはなりづらいようで、あるにしても、人がいなくなった後の「夜の動物園」の話が大半です。夜に動物たちが脱走する話とか、剥製たちが動き出す話とか。まあ確かに、かばの園長さんの話といい、旭山動物園の話といい、おもしろくないわけではないのですが、こういう話を読んでみたいとか書いてみたいかと聞かれると……
そのほかにも、ファンタジーではありませんが、動物園や博物館(美術館)を舞台にした話はそれなりにあります。『クローディアの秘密』では、メトロポリタン美術館が家出先になっていましたし(大貫妙子の「メトロポリタンミュージアム」という歌は、このお話に着想を得ているのではないかと思います)、『ぬいぐるみを檻に入れられて』では、著者は子ども時代にブルックリン動物園に家出をしています。今、読み返すと、著者にとっての動物園は、家族で行くところ=幸せな家族の象徴なのだと読み取れるため、切なくなりますが。いや、こちらも「夜の動物園」の話でしたけれども。
むしろ、ファンタジーとしてネタにできそうなのは、未来の動物園の話、「種の方舟」としての動物園の話でないかと思います。
実際に、アラビアオリックスなどは、動物園で保護されることで絶滅を免れたわけですし(ただ、その後の保護区の話は……ですが)、種の保存先としての動物園というのは役割としては「あり」なのでしょう。ただ、実際の「生きた動物」を展示する意味はあるのか、バックヤードで繁殖させ、観客から見えるのは画面でもCGでも良いのではと言われてしまうと、何ともいえませんけれども。……夜に吠えたりしないし、においだってしないし、脱走だってしないし、エサだって簡単! ただし、これを善しとする未来って、どんな社会なのでしょうね。
さて、美術館というか画廊を舞台にしたお話で忘れてはいけないのが、『ギャラリーフェイク』です。主人公の藤田は、かのメトロポリタン美術館の学芸員だったという設定になっておりますが、そのメトロポリタン美術館の元館長さんの話がこちら、『にせものの美術史』です。贋作の歴史や見分け方、だまされたときの話などがおもしろいです。何でも、金は劣化しにくく、優れた贋作の材料なのだそうです。う〜ん、ミスリルとかオリハルコンとかヒヒイロカネとかで贋作を作ったらどうなるのでしょうか? 時間魔法のある世界では、放射性炭素年代測定法とか意味がないですよね。
動物園や博物館はかつて、世界征服の証でもありました。権力者にとって、自分の所有する動物園などに世界各地の、とりわけ属国のめずらしい動物や美術品を収集することは、自らの権力の証だったわけです。そう考えると、文化財の返還問題は、属国とされた国の最後の独立なのかもしれません。
動物園や博物館は人類の英知と同時に愚行を展示する場所でもあります。動物が檻の中に閉じ込められているのが嫌だと動物園を好まない人たちがおりまして、そういう方には動物園の最近の役割というのをせつせつと語りたくなりますが、「人間動物園」のエピソードだけはどうしようもないです。
そして、それをもっともよく突きつけてくるのが、骨格標本として博物館へ展示された父親を取り戻すための「エスキモー」の少年の戦いを描いた『父さんのからだを返して』でしょうか。かなり、精神を削られるので、体力と気力のあるときにお読みください。
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★動物園の話(紹介するけれど記憶にないもの)
・西山登志雄『ボクの先生はカバだった』とか。←内容は覚えていないです。カバの話でした。
・旭山動物園の話←小菅正夫やあべ弘士の本などを読んだのですが、覚えていません。
★家出しちゃう話
E.L.カニグズバーグ『クローディアの秘密』松永ふみ子 (訳)。U14/難易度中。いや、児童文学ですし特に読みにくいとかはないのですが、作者自身によるイラストといい、何か感情移入しにくいモヤモヤ感があるのです。はまればはまるかも。
ジェニングズ・マイケル・バーチ『ぬいぐるみを檻に入れられて』塩谷紘(訳)。R15/難易度中。アメリカの少年の成長を描いた話。子どもへの暴力の描写とか、貧困家庭の抱える問題とかちょっとやるせないです。ですが、最後は幸福な結末なんで!
←フィクションとしては、A.シアラー『魔法があるなら』(U14/難易度低)野津智子(訳)が似ているかもしれません。いや、こっちは徹頭徹尾、少女漫画風ですが。
★動物園の未来を考える
・川端裕人『動物園にできること―「種の方舟」のゆくえ』R15/難易度中。日本とアメリカの動物園の違いを考えるのにはいいかも。ちょっと、話はずれている気がしますが。
『大人のための動物園ガイド』成島悦雄 (編纂)も合わせてどうぞ←未読。
・C.タッジ『動物たちの箱船―動物園と種の保存』大平裕司 (翻訳)。R15/難易度高。読んでいてつらくなります。そこまでしなければだめなのか……という気持ちになるので。ちょっとだけ、光瀬龍『銹た銀河』を想像させるかも。
★戦う学芸員
・細野不二彦の『ギャラリーフェイク』R18/難易度低。話はおもしろいのだけれど、ベッドシーンとか青年漫画的な場面が苦手です。ラ・トゥールとかフェルメールとか、好きな画家が取り上げられているので、うれしかったです。
・T.ホーヴィング『にせもの美術史―メトロポリタン美術館長と贋作者たちの頭脳戦』雨沢泰 (訳)。R15/難易度中。元メトロポリタン美術館の館長さんのお話。
彼も見破ってばかりではなく、ときにはだまされたりもしているわけですが、「頭脳戦」と副題にあるだけあって、贋作を見破っていく過程には(別に「贋作はこれだ!」とかするわけではないですが)実にどきどきさせられます。
・E.ヘボーン 『お騒がせ絵師自伝―わが芸術と人生』立原宏要 (訳)。R15/難易度中。『にせものの美術史』で紹介されていた、イギリスの稀代の贋作画家の自伝。孤児院で育った彼が、ときには体を売りながらも、画家としてのしあがっていく話と考えられなくもないです(描いていたのは贋作だけどさ)。この酔っぱらったナルシスト的な文章ががまんできれば、おもしろいです。
→あとは、レニー・ソールズベリー /アリー・スジョ『偽りの来歴 ─ 20世紀最大の絵画詐欺事件』中山ゆかり(訳)とか、R.K.ウィットマン/J.シフマン『FBI美術捜査官―奪われた名画を追え』土屋晃/匝瑳玲子 (訳)とかがこの辺りだとおもしろいです。
★博物館残酷物語
・K.ハーパー『父さんのからだを返して―父親を骨格標本にされたエスキモーの少年』鈴木主税/小田切勝子(訳)。R15/難易度中。北極探検家に案内人として雇われアメリカに「研究資料」として連れてこられ、死んだ後もなおも骨格標本として展示されていた父親を故郷に戻そうとする少年の話。
少年が故郷に戻ってめでたしめでたしでないのがさらにつらいです。ちなみに、「少年」は「故郷」になじめず、結局アメリカに戻り1918年に死亡しています。父親の「遺体」が故郷へ帰ったのは1993年で、その理由は、1990 年にネイティブ・アメリカンの墓地保護および返還に関する法が成立したからだとのことでした。
ゴリラやチンパンジーなどの類人猿の話は、また改めて書きます。次回は、類人猿の話にしようか、TS(というかLGBT)の話にするか、考え中です。
・年齢制限や読みやすさなどの表示を変更しました。
・紹介する本をいくつか増やしています。




