17.戦うお坊さま:正義と信念のあいだで
戦うお坊さまというと、ゲームに親しんでいれば、モンク、歴史に親しんでいれば、僧兵が思い浮かぶことでしょう。アーサー王にも詠われる騎士の中にも、聖書でぶっ叩くようなやつはいましたし、中世の修道院を舞台にした物語にも、元傭兵の僧侶というのが登場します。
筋肉もりもりの僧侶、拳で熱く語るぜ! 萌えませんが、燃えます。
だが、しかし、忘れてはいけないのが、退魔師です。誰がなんといおうとも、私の中でのはじまりは『孔雀王』で、日本の伝説と怪異を絡めた話がおもしろかったのです。後から、ソーダイなお話になってしまいましたが、はじめの頃の「解決、日本の怪異」編は本当に好きでした。特に覚えているのは橋の話で、最後に橋が崩れていくのが巧かったなあと思います。キャラクターの設定としては、王仁丸の方がツボなのですけれど。
そして、退魔師といえば夢枕獏です。あのおどろおどろしいバイオレンスでエロティックでアクションな世界は、拳で解決するためか、スカッとします。一方、京極夏彦も退魔師系の話を書いていますが、スタンスはだいぶ違います。
もし、退魔師に憧れているのでしたら、バチカンへの就職をおすすめします。エクソシストとして活躍できるかもしれません。詳細は、『バチカン・エクソシスト』をご覧ください。
僧侶は何も悪霊や悪魔とばかり、戦うのではありません。ときには「未開の地」へ行って、医療や教育を武器に戦うこともあります。彼らは、救済者であると同時に侵略者でもあり、記録者であると同時に記録の破壊者でもありました。
異世界へ転移や転生をして様々な改革をする人たちの話を読むたびに、こういったことが頭に浮かびます。この人たちにとって異文化は、興味や尊敬の対象にはならないのだなあと。
怪異、あるいは謎を解いただけでは、問題は解決しません。
先ほど、京極夏彦に登場する退魔師(拝み屋)の位置付けが他と違うといったのには、ここに理由があります。京極堂の世界では、すべての「怪異」に合理的な理由があります。京極堂はすべての謎を解き明かします。なぜ謎になったのか、それも含めて。
悪霊も悪魔も背景を持つものです。それらは、かつて(そして今も)世界を理解するための物語の一部でもありました。怪異を解体するということは、その世界を破壊するということでもあるのです。たぶん、京極夏彦を読んでおもしろいと思っても痛快だと思えないのは、解体された物語の残骸を前に、行き先を失った人々を思い浮かべるからなのでしょう。
その世界に留まろうとする異世界人は、あるいは京極堂よりも誠実なのかもしれません。たとえ、その行き先が、その世界では許されているという奴隷ヒロインによるハーレムの形成だったとしても。
私が通っていたのはミッション系の学校だったため、各地の神父さまが、帰国した折に話をしてくださることがありました。
中でも印象深かったのが、南米に派遣されていた方のお話です。治安が非常に悪いため、どんな安物であったとしても、腕時計は略奪の対象となるのだとか。
車に乗っていても、信号待ちの間に襲われて取られてしまうので、反対側の腕にはめてみたところ、タバコを押し付けられ、手で押さえたところをやはり取られたので、腕時計をすることを諦めたそうです。
およそ、ミサの前にする話ではなかったのですが、話はおもしろかったです。
後日、何年か後の話ですが、乗っていた飛行機(ヘリコプターだったかも)が麻薬の生産地と思われる土地の近くで不時着し、行方不明となったと聞きました。
「したいこと」と「できること」、「しなければならないこと」は、必ずしも一致しません。
もし奴隷制度も戦争もある異世界へ転移なり転生なりしたとしたら、自分に絶対的な信念とそれを行う圧倒的な力がない限り、正義を貫こうとは思えないと思います。
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★肉体派僧侶
・多分、元祖は武蔵坊弁慶?
・エリス ピーターズ「修道士カドフェル」シリーズ。カドフェルは元傭兵。中世のヨーロッパの修道院とその周辺を舞台とする推理小説です。残念なことに、肉体を駆使した推理はありませぬ。
★退魔師たち
・荻野真「孔雀王」シリーズ。深く考えるとR18。軽く考えると、R15/難易度低。
・夢枕獏「闇狩り師」シリーズ。R18/難易度低。
・夢枕獏「陰陽師」シリーズ。R15/難易度中。
有名なので、紹介だけ。官能的伝奇活劇小説。短編の方が好き。
・京極夏彦「百鬼夜行」シリーズ。R15/難易度高。とにかく分厚い。シリーズ名が「京極堂」シリーズでないことを知ってびっくり。でも好きなのは、『どすこい』なのです。
★子どものための退魔小説
・平岩弓枝『平安妖異伝』。続編『藤原道長の冒険 平安妖異伝』もあります。R15/難易度低。 道長と天才少年楽師の組み合わせに萌えます。
・田辺聖子『王朝懶夢譚』R15/難易度低。平安時代を舞台にした、恋と冒険と怪異の物語。
・沢田徳子『陰陽ふしぎ伝 妖怪ぞろり』U14/難易度低。これは全年齢向け。しかし、他の本は結構トラウマもの。道長の大冒険。敵が安っぽいのがマイナス。
・三田村信彦「風の陰陽師」シリーズ。U14/難易度低。ライトなイラストでライトな内容です。真っ当なオカルト系の児童文学も書ける人なのですが……
・香月日輪「地獄堂霊界通信」シリーズ。U14/難易度中。悪ガキどもが我らの町と学校を舞台に駆け回る……児童文学ですが、オカルトな話は本当に怖いです。作者の主張らしきものがわりとどきついので、ある程度、「毒」を含めて楽しめる人に。コミカライズもされていたはず。
★現代の退魔師たち
・トレイシー ウィルキンソン『バチカン・エクソシスト』谷口誠/訳。ネタとしてはおもしろいのですが、話としてはおもしろくありませんでした。R15/難易度中。
・スティーブン ハッサン『マインド・コントロールの恐怖』浅見定雄/訳。R15/難易度高。資料として古く、訳も読みにくいのですが、とりあえず古典として。キリスト教のお坊さま方は、こういったものとも戦っています。




