15.雌ライオンは逆ハーレムの夢を見るか:彼女に逆ハーが許される理由
さて、ハーレムときたら、逆ハーレムにも触れなければなりません。
逆ハーレムというと、あれですね。転生したり転移したりしたヒロインちゃんとか悪役令嬢様とかが、ボヤッキー(頭脳派)だのトンズラー(肉体派)だのみたいなのとウフフしたり、ナニカと戦ったりするお話(俺様役は、ドクロベーで)。
あの衣装を着こなす勇気と努力、 そして、健康な胃腸は、すべての女性の夢といっても良いかもしれません。
しかし、お好きな方には申し訳ないのですが、逆ハーレムを「ちゃんとした」話として楽しむのは、ハーレム以上に難しいのです。
娼館や学園を舞台にしているのなら良いのです。娼館は多くの男を手玉にとる、ある種の夢の国ですし、学園はまだ何者にもならない人たちが集まる、ネバーランドですから。
ですが、たいていの逆ハーレムにおける、女性が少ない世界です→女性は貴重です→一妻多夫制ですという展開だけは、受け入れることができません。
子どもを産める女性が少ない→子どもを産んでもらいたい(産ませたい)という展開であれば、良いのです。多くの政治家さんが、失言していますから。しかし、複数の夫、これだけはいかんのです。
まず、妊娠可能な女性が貴重だとしましょう。しかし、なぜそこで分け合うという発想が出てくるのでしょう? まずは、権力のある男性がハーレムを作って囲うのではないでしょうか。ヒャッハーな方々のボスって、きれいどころを抱えているものですよね?
女性としては、非常に不快な表現ですが、「トロフィーワイフ」ということばが示すように、いつの世も、囲う女の質と量は、富と権力の象徴なのです。
ついでにいうと、子どもを産める「能力」が歓迎されるというなら、まず求められるのは、20代後半から30代前半の経産婦です。チンパンジーなんて、熟女の方がモテモテです。
次に、子どもを産んでもらいたいがために、複数の夫を……という展開。いや、男がたくさんいても、妊娠して出産するのが女である限り、生涯に産める子どもの数は変わりませんよね?
これが、たとえば、タマシギのように雌が複数の雄の巣に卵を産み、雄が孵して育てたりするような、あるいは、タツノオトシゴのように雌が雄の体内に卵を産み、雄が子どもを産んだりするような生態の動物の話なら別ですけど。
何よりも引っかかるのは、なぜ、子どもが必要かという視点が抜けている点です。そもそも、「子ども」という概念は、近代になって作られたものです。それ以前は、ある意味、子どもも大人も豚!も「平等な」存在でした(とある法社会学の本で読んだのですが、中世ヨーロッパでは子どもでも殺人罪に問われました。人を殺したということで裁判にかけられ、絞首刑だか火刑だかで死刑になった、豚の記録もあるそうです)。
資源が限られた状態では、生産性の低い子どもは優先順位の低い存在、つまり口べらしの対象です。
逆に、機械や魔法が発展した社会では、労働力はやがては不要になります。消費を生み出す子ども(と金持ち)はそれなりに歓迎されますが、成長したら、若者も大人(中高年)も仕事を求めて争うことになります。
こうして、高度に技術が発達した社会では、増えた失業者を取りまとめ、仕事を与えるために、ギルドが誕生しました。うん、モンスター討伐は雇用創出のための公共事業なんだ、みんなでワークシェアリングしているんだ……
とりあえず、話を戻しましょう。1人の女性が産める子どもの数は、夫(男)の数と関係ありません。しかし、育てられる子どもの数とは大いに関係があります。
一夫一婦制のとある鳥の話ですが、通常は雄と雌がペアになるところ、雄同士で求愛をし合い、ペアを組んだカップルができたそうです。当然、産卵も子育てもできないはずなのですが、そこに現れたのが一羽の雌。ちゃっかりと男たちの愛の巣に卵を産み、やがてヒナが孵ります。
二羽の「父親」は競って子どもたちに餌を与え、子どもたちは「普通」のカップルのヒナより、はるかに強く立派な若鳥となったそうな。
こう考えると、第1世代の子どもの数(と質)には、逆ハーレムは役に立ちませんが、第2世代以降には立つかもしれませんね。立派な個体は、より良い条件で相手を選べますから。
実際のところ、逆ハーレムは作るのも(作ったことはないですが)、受け入れるのも難しいです。特に、当事者たちが不自然さを感じていない場合には。
一妻多夫制のお話って、たいていアダルトなものなので、なぜエロに合法化というか正当化がいるのだろうと考えてしまうからかもしれませんが。
多分、ドロンジョ様は悪役だから、そして、おしおきされるから、逆ハーレムが許されるのです、きっと。
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★逆ハーレムな動物の話
・タマシギ。一妻多夫で有名な鳥。雌の方が、デカくて派手。ただ、クイナ科の鳥たちの方が、関係は派手らしい。
・フランス・ドゥ・ヴァール『利己的なサル、他人を思いやるサル : モラルはなぜ生まれたのか』西田利貞, 藤井留美(訳)かJ.M.マッソン, S.マッカーシー『ゾウがすすり泣くとき : 動物たちの豊かな感情世界』小梨直(訳)。多分、前者に逆ハーレムした鳥の話が出てきました。読むなら、後者の方が普通に感動できます。どちらもR15/難易度中。
※ちなみに、雌ライオンにとって、逆ハーレムの夢は悪夢だろうと思います。何か「のび太さんがいっぱい」というタイトルで文が書けそう。
★逆ハーレムなお話
・マーガレット・アトウッド『侍女の物語』斎藤英治(訳)。R15/難易度高。逆ハーレムの夢を打ち砕いたSF。子どもを産める女性が貴重になったら、どうなるかという話。
仕事を奪われ、自分の財産を持てなくなり、子どもと離され、字を読んだり書いたりすることを禁止され、名前も奪われて(「オブ○○」というように誰かの女という呼び方をされる)……という状況で、生き抜こうとする主人公は強いですが、気力のあるときに読むことをおすすめします。
この世界にも、娼婦という逆ハーレムな状態は存在します。権力のある男が複数の女性を囲い込み、あぶれた男たちが一人の女性を共有するという、システムはヒトの世界では並立するのでしょう。
★ホームメイド教室
以前の職場の近くにあったもの。新人君がキラキラした瞳で、どんなことをしているのですかねと話題をふってきたので、新婚さんとか行くかもねと想像力をかきたてて、真実を教えてあげました。
★子どもの位置付けについて
・フィリップ・アリエス『〈子供〉の誕生―アンシァン・レジーム期の子供と家族生活 』杉山光信/杉山恵美子(訳)。R15/難易度中。中世から近世の様子を知る上で、役に立つかも。基本です。
・エリザベート・バダンテール『母性という神話』鈴木晶(訳)。R15/難易度高。フェミニズムの本なので、はじめは読みにくいかも。中世の乳幼児死亡率の話や、夫婦の理想的とされていた愛の形(「友情」だそうです。これって、もちろん「男同士の」という意味ですよね)の紹介だのの、膨大な資料が楽しいです。
★ギルドと雇用
新井紀子『コンピュータが仕事を奪う』とか、マーティン・フォード『テクノロジーが雇用の75%を奪う』(秋山勝/訳)とかどうでしょう? 両方とも未読なので、紹介のみですが。興味のある方は、「テクノ失業」で調べてみてください。




