14.雄のロマンと男の現実:ハーレムと一夫多妻
なろうの必須ではないけれど、公式のキーワードの一つである、ハーレム。今回のテーマはそれです。
といっても、多くの方がこれについては論じており(それぞれごもっともなご意見で)、改めて取り上げる意義ってあるのかしらと思うくらいです。なろうのハーレム的な小説が数多くあるのと同じくらい、ハーレムについてのエッセイもあるのですよね。
ハーレム自体は題材としてはそれほど悪いものではありません。恋のかけひきとか恋愛小説の定番ですし、やはり、多種多様な美女をそろえての「雨夜の品定め」(源氏物語)などは、一度は一度くらいならやってみたいものではないかと思いますから。
ところが、ハーレム展開についてはとかく、批判が集まりがちです。現実性がないと。わかります、かけひきも書き分けもないですし。
しかし、ハーレムを作るために、それで良いわけではありません。現実的なハーレムや一夫多妻制がどんなものか、まずは現実を見てみることにしましょう。
残念なことに、動物学的な知見では、中国の後宮や日本の大奥に見られるような一夫多妻制は、一夫多妻(ハーレム)ではないそうです。第一夫人(正妻)の権力の有無といい、後継者の問題といい、一夫多妻というよりも、一夫一妻+愛人制度として捉えたほうがわかりやすいのだそうで。
ちなみに、繁殖期にハーレムを作る動物というのは、雄と雌の差(性的二型)が大きいです。ヒトはあまり大きい方ではないので、「本来」の生態からいうと、ゆるやかな一夫一妻制ではないかと思われますが。
さて、動物の中で典型的なハーレムを作るものというと、ライオンとゴリラになるかと思います(ゾウアザラシやシカについては、繁殖期だけの状態のため)。
ところが、ライオンとゴリラでは、その社会のあり方が大きく異なります。
まず、「ワタシ働く人、ボク食べる人」というのが、ライオンの社会です。ヒモです。ちなみに、稼ぎはたいそうかんばしくなく、生存率20%の世界です。雌が必死に?働いてもコレです。
といっても、雄も決して楽な生活をしているわけではなく、群れを乗っ取ろうとする雄を相手に戦わなければなりません。負けた場合、群れから追われ、子どもは殺されます。
このライオンの「異常な」行動は動物園ではよく知られており、理由は長らく不明だったのですが、ようやく、「正常な」行動であるとわかってきました。
ライオンの雄は成長すると群れから離れますが、雌は残ります。群れの雌はすべて交配の対象ですから、群れに雄がそのまま残っていると、近親交配が起こる可能性があります。群れの雄の交代(とそれにともなう子殺し)は、近親交配を防ぐシステムでもあるのです。
また、子殺しをすることで雌が発情して子どもを産むことができるようになるため、雄は自分の子どもを増やすことができます。食べ物を争う相手が同腹の兄弟以外にいないという状況になるため、略奪初年度の子どもの生存率は高くなります。さらに、生き残った兄弟が、将来ハーレムを乗っ取る手助けをしてくれるので、子孫をより増やせるわけです。
一方のゴリラはどうでしょうか?
同じ一夫多妻でも、ゴリラは自分の魅力でもって、雌を獲得します。第一夫人(古参の雌)と下位の雌との地位の差は大きく、下位の雌とその子どもをいびるという大奥並みのドロドロもあったりします。下位の雌は、他に条件が良い雄がいれば乗り換えちゃったりするらしいです。
こう見ると、ゴリラの社会はヒトと似ているかもしれません。
ちなみに、ゴリラの場合、成長したら雄雌ともに群れを出て、落ち着き先を探します。群れの後継は、遊牧民のように末子相続制ですが、たいてい維持できなくて、相続した奥さんたちをよその雄に取られるのだとか。
ハーレムなり一夫多妻(正妻+愛人含む)というのは、雄という資源を複数の雌が分け合うというシステムです。ライオンの場合、お互いに血縁関係にあることもありますし、集団で狩りをするという習性もあるので、雌同士で争うことはないのかもしれません。
しかし、そうでない(つまりたいていの)場合は、雌が増えるということは競争相手が増えるということで、すなわち、自分の取り分(雄の資産とか時間とか)、つまり愛情が減るわけですから、当然、争うことになるのです。
さて、ハーレムを正当化した社会を考える上で、決して無視してはいけない存在があります。つまり、モテない男の存在です。男性と女性の割合が同じ限り、雌を独占する雄がいれば、アブれる雄が出てきます(ライオンとゴリラには独身男だけの集団が存在します)。
よくあるのが、魔物が跋扈するために死亡率が高いので、ハーレムが推奨されるという設定です。いや、人口を増やしたいなら、男だけを戦わせれば良いのに、女魔法使いとか女戦士とか変なのですが。それに、女も戦うのに、なぜハーレムができるくらい、男がボッコされ、女が生き残るのでしょう?
ハーレムというか一夫多妻というのは、格差を前提にした制度です。雌からしたら、稼ぎの少ない雄とつがうよりも多い雄とつがったほうが、子どもの生存率が高くなるわけですから、当然余る雄が出ます。
親からしたら娘は放っておいても誰かと結婚できるけれど、息子は多くの雌を獲得できるように教育しなければならないわけですから、当然差を付けます。さらに、複数の息子に平等に財産を分けるよりも、誰か1人に家を継がせた方が雌を獲得する可能性が高くなるので、当然差を付けます。
また、雌を、結婚したい雄すべてに行き渡るようにするために、女は結婚するものだという圧力が高まるでしょう。結婚させるために、社会的金銭的に独立させないような(働けない、働いても生活できない、財産を持てない)仕組みも必要になるでしょう。
こう考えると、曲がりなりにも、教育を受けられる、働ける、生活できる、結婚しなくても良いといった選択肢のある社会に生まれたことは幸運なのだと思います。まあ、雄がすべての雌を独占しないようなシステムの社会ですら適応できなかった雄が、独占を是とする社会でどれほどのことができるのかとも思いますが。
ところで、ハーレムの象徴ともいえる、ライオンの社会でも立派に共働きする雄はいるそうです。
この前、BBCの映像で雌とともに狩りをするチャドのライオンを観ました。……言ってはいけないことなのかもしれませんが、立派にハゲしかったです。
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★ハーレム考
・杉山幸丸『子殺しの行動学 霊長類社会の維持機構をさぐる』R15/難易度中。ハヌマンラングールの社会制度の話。そんなに残酷な描写はありません。発表時の、バッシングの方が異常だったらしいです。子殺しについて触れた書籍の中で、これについて触れられていない場合が多い(ライオンとかには触れている)のにもなんだかなあと思いますが。
・長谷川眞理子『クジャクの雄はなぜ美しい?』性選択の仕組みの解説。フィッシャーの理論の紹介もしていた気がします。R15/難易度中。
・マット・リドレー『赤の女王 性とヒトの進化』長谷川眞理子/訳。R15/難易度中。動物の話がほとんどですが、ハーレムや中世ヨーロッパの愛人事情など、意外にネタになります。
・樋田慶子『つまらない男と結婚するより一流の男の妾とおなり』R15/難易度中。
著者の祖母は、かの日本の初代総理大臣(伊藤博文)の愛妾。昔(旧憲法時代)は、「妾」というのも戸籍に記載される、れっきとした身分?でした。
★ハーレム文学いろいろ
・森薫『乙嫁語り』←未読。夫を共有してハッピーになる話があるらしいです。
・中野幸隆『赤いマフラー』U15/難易度低。児童文学にもハーレムってあったという話。小学高学年の女の子がいつも冴えない格好をしているお父さんにマフラーをプレゼントして……という、人によっては心アタタマル話らしいです。
次は、雌ライオンの話です。




