竹ノ弔一言舌
私は神宮寺御琴、二十二歳、先月大学を卒業して晴れて今日から公務員となったんだけど……。
「あの非科学的捜査室に配属になったんですが、何処にありますか?」
前髪が揃った長い黒髪の女性が受付と書かれた場所に座る女性に聞いた。
「はあぁ…」
受付の女性はよく分からず、生返事をした。
「君〜!」
そこへ白髪混じりの細身の中年男性が走ってきた。
「神宮寺御琴君だね」
「はい」
「ちょっと来たまえ」
「あのちょっと!」
細身の中年男性は御琴の手を引っ張り、扉が開いた誰もいないエレベーターに乗り込んだ。
「ちょっといきなり何なんですか?」
細身の中年男性はエレベーターの扉を閉じ、地下へのボタンを押した。
「何だじゃない、0課の事は秘密だと言っただろうに」
よく見ると私が面接に来た時の面接官だった。因みに0課というのは非科学的捜査室の通称です。
「全く最近の若い子は軽率過ぎていかんな」
「すみませんでした」
「まあ、こちらも0課の場所を言っておらんかったのも悪いのだが」
エレベーターが止まり、扉が開くと切れ掛かった蛍光灯がちらつき、壁際に物が乱雑置かれた薄暗い通路が現れた。
私はその通路を男性に着いて歩いていくと磨りガラスの嵌まった木戸に着いた。
磨りガラスには『非科学的捜査室』と書かれた半分剥がれかけた紙が貼られており、倉庫という文字が見えていた。
私はその文字を見た瞬間、帰ろうと思ったがすぐに思い改めた。
細身の中年男性は扉を開け、中に案内すると地下だというのに暖かな木漏れ日のような光に照らされた部屋の中にアンティーク調の黒皮張りのソファーや両袖机、片袖机などが置かれていた。
「いや、待ち侘びたよ」
部屋に入るとすぐに清楚なスーツに身を包んだ男性が気さくに話しかけてきた。
「私がこの非科学的捜査室、通称0課の室長代理の音宮酉詞だ、宜しく」
私はこの時、いい人そうだなっと思ったが後々その考えは間違えだと気付かされる。
「早速で悪いけど事件の捜査だ」
「あのちょっと…」
酉詞は私の脇に腕を通すと有無を言わさず連れ去った。
「あの…ここは?」
「見ての通り神社の境内さ」
私はあっという間に0課から程近い小高い丘の上にある神社までつれて来られた。
「事件って何なんですか?」
「窃盗だよ」
「それって他の課の仕事じゃないんですか?」
「普通の窃盗事件ならね」
酉詞は摂社に置かれた真っ二つに分かれた賽銭箱に近付いた。
「これを見てごらん」
酉詞は私にそう言うと賽銭箱の周囲に散らばる二つに分かれた小銭を示した。
私は賽銭箱と小銭をよく見るとどちらも逆立つ部分が無く、鋭利な刃物で切られたように滑らかなことに気付いた。
「こんなことが人間の手で可能だと思うかい?」
「いえ…」
「それがこの事件がうちに廻された理由さ、さて、君はこれを何の仕業と読むかい」
私は音宮に聞かれて、ある獣の姿が頭を過ぎった。
「…鼬」
こういうことは小さな頃からよくある、不思議なことが起こるとその出来事を起こしたものの姿が見えたり、感じたりするけど此処まではっきりと見えたのは始めてだ。
「鼬ね…」
「私の考えは感みたいなもので当てには…」
「君の考えは間違っていないよ、それは鎌鼬…その身に鋭い刃を宿し、中には身体の何倍もの刃を持つという妖怪さ」
酉詞は私に説明すると話を続けた。
「ここらにいた鎌鼬は絶滅したって聞いてたんだけどまだ生きていたとはね、いや、それとも渡りの奴か…何にしろ妖怪のことなら妖怪に聞くのが筋だな」
「ちょっと、また…」
酉詞は私の腕を掴むとまた有無を言わさず連れ去った。
「さあ、次に行くよ」
その様子を境内の林の中から見詰める二つの眼があった。
今度は古びた煙草屋に連れて来られた。
「元気か?三瀬の婆さん」
酉詞は煙草屋の番台に座る歳老いた女性に声を掛けた。
「あんたは音宮の、今日は何の用だい?」
三瀬は無愛想な態度で聞いた。
「須賀宮神社で起きた事件について知っていることを話してもらいたい」
三瀬は少し間をおいて答えた。
「…いいだろう、あがんな」
音宮と私は番台の脇にある扉から中に入った。
「そっちのお嬢ちゃんは?」
「私は新人の神宮寺御琴です」
「そうかい、大変だけど頑張んなよ」
三瀬は御琴に優しい声を掛けた。
「はい」
酉詞は懐から煙草を取り出し、一本を啣えた。
「しまった」
酉詞はライターを落とした事に気付いた。
「済まないが、ライターを探してきてくれないか?恐らくはさっきの神社にあるはずだから」
私は番台の近くの棚に山積みにされたライターが目に入ったが大事なものなんだろうと思い取りに向かった。
「さて、何で此処へ来たんじゃ?神社の事件ならわしに聞かぬともわかるじゃろうて」
「新人の紹介と顔合わせのつもりで」
酉詞は懐から銀色のライターを取り出し煙草に火を点けた。
「ふん、性根が曲がっておるな」
煙草を啣えたまま出て行った。
「一体、何処に?」
私は神社への階段を昇りながら探した。けど何処にも見当たらず、神社まで辿り着いた。
「どうされましたか?」
神社の境内を探していると狩衣、差袴を着た穏やかな面持ちの男性が声を掛けてきた。
「ライターを落としたので探しているのですが」
「一緒にお探ししましょう」
「そんないいですよ、私一人で」
「構いませんよ、氏子の為ならばこの位のこと」
御琴は手分けして境内を探していると後ろから鋭い刃が振り下ろされた。
突然、金属がぶつかり合う音が聞こえ、私が振り返るとそこにはチェックのシャツにジーパン姿の男性が狩衣、差袴を着た男性の手から伸び出た鋭い鎌を直刀で受け止めていた。そして、二人の顔を見ると互いに同じ顔をしていた。
「全く…何をしているだ?京」
「いや、これは…」
口重そうに言うと鎌を納めた。
「大体推測はつく…」
そう言う神社の入口にある鳥居の方を見た。
「…代理、そこにいるのでしょう」
「全く神楽君は…」
鳥居の陰から酉詞が現れた。
「いつも早とちりを」
突然、境内と外の境界から光が弾け、境内の木々が倒れた。
「それで京を…」
神楽は一瞬、見えた影で悟った。
「君はそこから動くなよ」
「は、はい」
神楽は私にそう言うと京の姿が尻尾が複数ある狐へと姿を変えた。
京は前に向けて炎を吐くと大鎌が炎を切り裂くように現れた。
京は後ろへ飛び退くと前傾姿勢で身構えた。そして、炎の中から黒い毛並みで尻尾に大鎌を携えた鼬が現れた。
「我等を取り締まる人間にどうして与する」
「無抵抗な人間に危害を加える君のような者を捕まえる事が代々伝わる我が血族の役目」
空に暗雲立ち込み、雨が降り始めた。
「大層な名目だな!」
尻尾の大鎌を振りかざした。
「大人しく捕まる気はないようですね」
「そんなもの端からするつもりもない!」
鎌鼬は身体を捻り、大鎌を振り下ろした。だが、それを阻害するかのように稲妻が鎌鼬を囲むように落ちた。
「方呪封印」
神楽は直刀の刀身の背を人差し指と中指で沿わせると刀身に刻まれた文字が光り、指を鎌鼬に振り向けた。そして、鎌鼬を包むように立方体が現れ、収縮して小さな黒い立方体になった。
「さすがは西厳院の血筋ですね」
酉詞の言葉に神楽の表情が少し曇り、酉詞は小さな黒い立方体を拾い上げた。
「神楽君、報告書と新人の事は頼むよ」
酉詞は明るく言い残し、去って行った。
「はぁ…」
神楽は溜め息をついた。
「…京」
京は狐の姿からオコジョのような小動物に変わり、神楽の首元に巻き付いた。そして、神楽は神社の裏手の方へ向いた。
「あの…」
「ついて来い」
私は神楽についていくと神社の裏に真っ直ぐ延びた細い階段があった。
「俺は神楽宜優司、でこの肩奴が京だ」
神楽が階段を降りながら言ってきた、私も同じく名乗った。
「あの私は神宮寺御琴です」
「神宮寺……」
神楽は名前に聞き覚えがあるような反応をしたがその事については何も言わなかった。
「……一つ、忠告しておくけど代理は信用しない方がいい」
「はい、それはさっきのやり取りで何となく分かりました」
「仕事の説明は…」
「それなら大学の公務員資料で」
「それは表向きのだからな、忘れろ」
神楽は溜め息をつき、続けて言った。
「やっぱり一から教えないと駄目か…」
神楽と私は階段を降り終えると木々に囲まれた平地に古い藁葺き屋根の民家と白塗りの蔵が建っていた。そして、神楽が蔵の重い扉を一人で開けると御札だらけの引き戸が現れた。
神楽は首元の京をその場に降ろし、普通に御札だらけの引き戸を開けると私だけを蔵の中に案内した。
私は蔵の中に足を踏み入れた瞬間、ひんやりとした冷たい空気を感じて身体中に懐かしいような感覚が広がるのを感じた。
「さて…」
神楽はそう言うと引き戸が突然、勢いよく閉まった。その音に私は驚き身体が少し反応し、蔵の中は暗闇に包まれた。
「…あの…」
私は声を掛けたが神楽の声は無く、獣の息遣いが聞こえた。
「…なにかいる?」
暗闇からぼんやりと青白い炎に包まれた狼が浮かび上がった。
「この感じ…」
私はその狼の姿を見て怖さより先に親しみを感じた。そして、不意に昔の事を思い出した。
『泣くな、御琴、もう逢えないという訳ではないのだから』
屋敷の門前で泣く私に兄はそう言い、頭に手を乗せて撫でてくれた。確かその兄の後ろに座った青白い炎をその身から放つ狼が穏やかな瞳で見詰めていたけど名前は……。
「星銀」
私がそう呟くと青白い炎を纏った狼は遠吠えをした。すると私の身体を青白い炎が包んだけど、炎には本当の炎のような熱が無かった。
私が炎に気を取られているうちに狼の姿が消えていて、私を包んでいた炎もすぐに消えた。
神楽は蝋燭が灯った蔵の中、立ち尽くす御琴を壁に寄り掛かり見詰めていた。すると御琴は崩れ落ち、神楽は倒れかける瞬間に御琴の身体を支えた。
「近くで見るとよく似ているな」
「神宮寺家の正統な血筋の者だからな」
「久しぶりだな、星銀」
御琴を抱える神楽の背後に星銀が現れた。
「久しぶりという程まで時を経っていないが、随分と雰囲気が変わったな」
「……」
神楽は悲しい表情をした。
私は畳の匂い香る客間に敷かれた布団の中で目を覚ました。
「私、どうして…」
身体を起こすと布団の上に丸まって京が寝ていた。
私は京を起こさないように布団から抜け出し、柔らかな光が射す障子戸を開けた。扉を開けると外は夜になっており、月明かりに照らされた縁側と日中に訪れた蔵があった。
「そっか、此処は昼間来た」
「起きたか」
薄手の着物姿の神楽が縁側に座り、月を眺めながら猪口を片手に聞いてきた。
「これでお前はこちら側の人間だ」
「何を言って、それにあの銀色の狼は」
「やはり、何も覚えていないか」
銀色の髪の若い男が銚子を持って現れた。そして、神楽の頭の中に星銀の声が響いた。
「今の御琴には本来の神宮寺家の記憶は失われている、あの時の記憶も共に…」
「そんなことは分かっている」
神楽は星銀の言葉に思った。
「あの…」
「あぁ、今のは気にしないでくれ」
「気にしないでってもうよくわからない事ばかり、何なのよもう!」
神楽は突然、気性の変わった御琴に驚き、猪口を落としかけた。
「落ち着いて下さい」
「星銀は黙っていて」
御琴はぴしゃりと障子戸を閉めた。
「さすがは神宮寺の血筋だな、正体も明かさずにお前の本質を見抜いたのだからな」
「あれは神宮寺とは関係のない彼女自身の資質によるものだ、神宮寺の力は…」
星銀は縁側に座り、銚子の中のものを床にある猪口に注いだ。
「私…どうしてあの男の人の名前を…」
障子戸を閉めた御琴は自分の言動に驚いた。そして、その情動を落ち着けるため布団の上に寝ている京を掬い上げて抱えた。すると御琴は何故か瞳から涙が流れでた。
「どうして涙が…」
抱き抱えられた事に目を覚ました京は御琴の表情を窺うと頬に頭を擦り寄せた。
「ありがとう」
私は京に御礼を言った。
音宮酉詞
課長代理を勤める本質を掴めないいつも清楚なスーツを着た男。
神宮寺御琴
公安0課に配属された新人。前髪が揃った長い黒髪の少女
日野靖國
白髪混じりの中年男性。
神楽宜優司
飯綱使い、西厳院の血筋。
西厳院
飯綱使いの直系、総本家。
京
管狐、神楽の式神。
三瀬
煙草屋の婆さん、情報屋。